21.隠れ里

 歩くこと2時間。


 一行はとある集落の中へ入り、その中でも一際大きい建物に入っていった。

素朴過ぎず、華美過ぎずといった木造の建物はどこか和風である。

 畳敷きの大広間に通され、2人が強引に正座させられるとようやく頭の布が取られた。


 目の前には2人の獣人。

1人は年老いた老女だが、その目には力強さと威厳が滲み出ている。

もう1人は若い女。

連行してきた女らと同じ格好をしていたものの、その地位は彼女らよりも上であると推測できた。



「聞けばお主たち、先の戦場に居たそうじゃな。あれは余所者が好き好んで近づくような場所ではない。――何故、あの場所にいた? 素直に吐いてもらおうじゃないか。ん?」


 年相応に落ち着いた声は、言い知れぬ迫力が伴っていた。

この返答で下手を打てばどうなるか、なんとなく想像できるというもの。

かといって黙りを決めたところで拷問にかけられる雰囲気も漂うこの現場。

どう説明するのが正解か悩むところであるが、じっくりと考える時間はなかった。

早く答えなければテミスが余計なことを言う。

そんな確信があった怜央はこう言った。


「いやー、実はですねぇ、そちらのお嬢さんが付けてる腕輪。それを頂戴しに参りました」


 言うに事欠いた結果、正直で愚かな返答をフランクにした怜央。

それを聞いたこの場の者は全員静まり返り怜央も察した。


[あれ、俺なんかやっちゃいました?]


 テミスはゴミを見るような目で怜央を見ていた。


[馬鹿ね……。ああいった物は一族の秘伝の場合もあるのよ。それをくれだなんて言われてはいそうですかなんて渡す方が可笑しいわ。ていうか秘密を探る者は普通始末するわよね]


 怜央は事の重大さに気づき静かに老婆と目を合わせる。

老婆の目はより一層鋭いものとなり、怜央を捉えた。


「……今、なんと申されたかな。もう一度お聞かせ願おう」

「えと、あの、ですからその……腕輪を頂戴しに……」


 冷や汗たらたらの怜央はしどろもどろだ。

老婆は横に控えた若い女性になんの脈絡も感じられぬことを問うた。


「シエロや……お主はどう思う?」


 すると、隣にいたシエロと呼ばれる女性は怜央を値踏ねぶみするかのように見つめた。

フェイスベールでほとんど隠れているとは言え、目元だけでも十分美人の風格が現れていた。

真っ赤な瞳に長い兎耳。

柔らかくふわふわな体毛は指先や足先まで包んでいる。

あまりにも澄んだその瞳で見詰められた怜央はついはにかむ。


「大変……よろしいかと」


 シエロは艶やかな声で一言だけ発した。

それを受けた老婆は大きく頷き取り巻きに指示を出す。


「殿方の縄を解きなさい。これからはお客人として扱うのですよ」

[……どういうこと?]


頭の中でハテナが浮かぶ怜央はテミスにアイコンタクトを送るも、テミスも分からない様子。


「私は?」

「お主は反社会的で異常心理の人相をしておる。この里で野放しにするにはちと危険過ぎるな」

「凄い、当たってる!」


 怜央が漏らした本音に、テミスはキリッと睨み付ける。

怜央はわざとらしく口元に手を当て、言っちゃった感を演出した。


「改めましてお客人。まずは先程の非礼お詫び申し上げます。私はこの村の酋長しゅちょうをしているアデラと申します。こちらはシエロ。私の孫娘にございます」


 シエロはぺこりと頭を下げる。


「これは御丁寧に。自分は夏目怜央と申します。隣はテミス。一応私の連れです」

「……左様でございますか。ところで夏目様。夏目様からご覧になって、シエロは如何様いかようににお映りですか? お気に召されましたか?」

「え? ええ、まあ……?」


 やや曖昧に答えるも、それを聞いたアデラは何故か、ホッとした。


「それはようございました。シエロ、里の案内をして差し上げなさい」

「はい」


 シエロは怜央の元まで行くと、手を差し伸べて立ち上がらせる。

そして突然腕を絡ませ、身体を密着させると一言。


「さあ夏目様、参りましょう」


 にっこりと微笑みながら、ぐいぐい引っ張られる怜央は様々な感情が渦巻くものの、特に抗おうとすることもなかった。


 部屋を出る際テミスを一瞥しちょっとだけ謝罪した。


[すまんテミス、ちょっと行ってくる]


 テミスからの返答は無かったが、言いたい事は冷ややかな視線が物語っていた。


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