第31話 弟
「なんだ?」
反抗することの許さないようなガーラルの威圧に、真正面からヘーゼンはそれを見据える。
「……いいじゃないですか。僕はこの家を継ぐわけではないのですから、考え方の相違なんてどうでも」
この家は汚い。このハイム家は汚い。ヘーゼン=ハイムという人間は汚い。もう、それでいいじゃないか。そんな汚い者たちの考え方の違いなんて。善なのか悪なのか、清廉なのか汚濁なのかなんて、正直どうだっていい。
「……貴様はハイム家の恥さらしだ」
そう言って、再び本に没頭するガーラル。
「弟が立派なハイム家の後継者になってくれますよ。話がそれだけでしたら、失礼します」
やはり、ここに来たのは間違えていた。家族がいるからと言って、決して相入れない家族だってある。互いを尊重することもなく、互いを傷つけ合い、互いに憎み合う家族だってある。大陸中にある家族、それぞれ異なるとするならば自分の家族がそれであったということだけだ。
そのとき、ドアが再び開く。
「そうですよ。欠陥のある長男になにを期待しているのですか?」
入ってきた男の名はトーマス。ヘーゼンの1歳下の弟である。
「……久しぶりだな」
「やあ、ヘーゼン。未だに光魔法が使えないのかい?」
「ああ」
「そうか……まあ、当然だよね。10歳を過ぎて他の属性が使えるようになるケースはほとんどない。しかも、あんな穢れた血の母親を持つんだから」
満面の笑みを浮かべるトーマスに、微動だにしないヘーゼン。しかし、明らかにガーラルの表情は曇った。それは、まるでサリアを妾にしたことをひどく後悔しているように。
「……言いたいことを言えばいい。僕はもう帰るから」
ここには、自分の居場所はない。自分の居場所は別にある。アルマナに戻れば、友もいる。大切な……ぬくもりというものを自分に教えてくれた人も。
そう再認識させてくれるには、ここに戻ってきてよかったと思った。アイシャには謝らなければいけないが、自分の想いはハッキリと認識できた。
その時、ガーラルは初めて立ち上がった。
「待て。これから、来客がくる。お前には、ここにいてもらう」
「……デルシャ王国の方ですか?」
「ああ。貴様が4年前に開発した収束極大魔法の研究に興味を持っていただいた大物が来る」
「ふっ……あなたはなんにも変わっていない」
今、戦っている国がどこだと思っているのか。今にも滅亡されそうなこの場所がどこに存在すると思っているのか。
「それはこっちのセリフだ。いい加減に大人になれ。これは、依頼ではなく命令だ。家長として、父親として私はお前に命じる。まさか、聞けないということはないな」
「……わかりました。しかし、これが終わったら帰ります」
「いいだろう。私も、お前とは出来る限り会いたくない」
「ふふっ……出来損ないだからかな」
愉快そうにトーマスがつぶやく。
「……」
いつからこんなに歪んだ笑顔を浮かべるようになったのか……いや、それは過去を美化していると思いなおした。
物心ついた頃から、トーマスという存在は、ヘーゼンという存在を認めていなかった。しかし、それもやむを得ない。目の前の弟が自己というものを確立するために、『兄であるヘーゼンの否定』は不可欠な要素であったと理解する。この弟から受けた嫌がらせはほぼ毎日続いた。憎しむほどがバカらしくなるほど、この男のそれは徹底していた。
「トーマス、準備はできてるだろうな?」
ガーラルはジロリと睨みつける。
「もちろん。僕はこのハイム家の正当後継者だよ? いいかい、ヘーゼン。僕がこの、偶然、運よく発見された魔法理論を、以前とは比較できないほどレベルアップさせたんだ。あちら側から、どうしても開発者にという要望があったから、ここに呼び寄せたが、お前は、ただ黙っていればいい。ただ、黙ってさえいればね」
「……」
どうでもいい。もう、トーマスに対する怒りも湧いてこなければ、ガーラルに対する失望もない。つまりは、そういうことなのだとヘーゼンは理解する。
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