第53話 ダーツ


 ダーツが見つめるアムの瞳には恐怖の色がうかがえる。軽口を叩き合うことすらできないほど追い詰められている現状に、ダーツはなにを言ってやれるかを必死に模索する。


「……ここから挽回だ……なんせ、俺たちは無敵の特務隊だ」


「……うん」


 アムは、そう頷きながらも不安げな表情を崩さない。


「ちっ……行くぞ」


 そんな顔をするな。


 わかってる……わかってるんだよ。


 その時、突如として妙な威圧感が周囲を支配した。圧倒的な禍々しさと共に、不安と恐怖が一気に襲いくる。


「なに……これ?」


 アムも同様に胸に手を当てる。彼女も、どうやら同じような胸騒ぎを覚えているらしい。


「ほぉ……お前が仮面の魔法使いか?」


 来たというより、現れた。不気味で歪んだ笑顔を浮かべる魔法使いの横に、『不吉』という言葉でしか表現できない悪魔が立っている。巨大かつ不気味な道化で、漆黒の身体ながら、白塗りの顔に派手な服装。一見可愛らしい化粧を施した姿。それは、酷く禍々しく映る。


 確信した。


 コイツだ。


 目の前の魔法使いが指揮官だ。


「アム……行くぞ!」


 この距離にいるだけで伝わる。根源的な恐怖をくすぐられているような気持ち悪さ。今にも嗚咽しそうなほど、胸も腹も苦しくなり悪寒がとめどなく湧き起こる。この危険な悪魔に長期戦は不利。


 一気に葬り去る。


 ダーツとアムがそれぞれ唱え、二人の間の魔法は膨張していく。


<<絶対零度の鋼鉄よ 木々を生み出す大地よ 知なき愚者に 煉獄の炎を>>ーー五星の悪虐シルガ・ディライ


 水・火・木・金・闇の五属性魔法。それは幾重にも交わりながら、怪悪魔に向かう。


 しかし。


「クエエエエエエエエエエッ!」


 大きな咆哮とともに。


 怪悪魔はマントでいなして、それをいなす。五属性魔法は、進路を変えて側にある建物を壊滅させた。


「……嘘だろ」


 ダーツは思わず言葉を吐く。


 無傷。


 こちらの最大戦力でも、全くの無傷。


 ……次元が違う。


「フフフ……いや、君たちの魔法は素晴らしいな。しかし、このロキエル様にはそよ風にも満たぬ攻撃なんだよ」


「……」


 アムだけでも。


 なんとか、アムだけでも。


「……こんなの無理だよ」


 彼女は、ボソッとつぶやき、両膝をつく。


「馬鹿アム。なに、弱音吐いてるんだよ」


 ダーツは片手でグイッと立たせ、あくまで目線は敵に向けたまま笑いかける。


 らしくねぇよ。お前はいつも勝気で……強い女のはずだろ。そんなお前、みたくねえよ。


「でも……勝てないよ」


「勝てる……アイツが……まだ、アイツがいる」


 ……来いよ。


 お前は俺たちの英雄ヒーローなんだから。いつだって、ピンチな時に現れる、俺たちの。


「ほぉ……このロキエル様に勝てる魔法使いがいると? そいつが仮面の悪魔だな!?」


「ああ。そいつは俺たちより遙かに強くて……お前たちにだって負けない最強魔法使いだ!」


「フフフフ……フハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……」


 狂ったように笑いだす魔法使いに、ダーツは握っていたアムの手に『逃げろ』と文字を書く。


「……嫌よ」


 アムはブンブンと首を振る。


「頼むよ……アイツを呼んできてくれ。すぐそこにいるはずなんだ」


 都合がいいってわかってる。


 アイツが俺たちを見捨てたんじゃない。


 ……俺たちがアイツを見捨てたんだ。


 でも……きっと……


 アイツなら。


 アムを守ってくれる。


「……わかった。それまで、死なないで」


「死ぬか。俺を誰だと思ってる!? 特務隊隊長のダーツ様だぜ?」


 アムの顔を見ずに笑って。


<<冥府の業火よ 聖者を焼き尽くす 煉獄となれ>>ーー煉獄の大火ゼノ・バルバス


 火・闇の二属性魔法をロキエルに向って放つ。


 それとともに、アムは背を向けて走り出すーー


 が。


 彼女の目の前には、すでに怪悪魔がいた。


「……嘘」


 アムがそうつぶやき、尻もちをつく。


 不気味な笑みを浮かべ、その鋭利な爪を振り下ろす快悪魔の様子を、アムは黙って見つめた。その時間は、やけに、ゆっくりと過ぎた。『ああ、これが死ぬ前なのか』と感じながら、最後に見る顔が、この不快な悪魔の顔だということに、『ついてないな』なんて思いながら。


 ザスッ。


 しかし。


 次の瞬間、瞳に入ってきたのは。


 ダーツの苦悶の表情と。


 弾け飛んだドス黒い血だった。


「……なに、あきらめてん……だよ」


「ダーツ!」


 それは、まだスローモーションのままだった。ゆっくりと、凄くゆっくりと茶髪の青年はアムの胸へと崩れ落ちる。


「ダーツ……ねえ、しっかりして……しっかりしてよ、ダーツ」


「なに……泣いてんだよ」


「ダーツ! ねえ、ダーツ……嫌だよ……死んじゃ……やだよ」


 血が吹き出る箇所を必死に抑えるが、止まらない。それとともに、アムの瞳から涙が出てくる。


「やっぱ……お前……アレだな……」


「……ヒック……ヒック」


「……ゴホッ……やっ……ぱ……俺に……惚れ……てん……の……」




















「……ダーツ」

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