執事さんのマスターキーとメイドさんのマスターキー1
何度となく季節はめぐり、訪れた春のある日。
枯れ枝のような少年だったサミュエルもすくすく成長し、ついに15歳になった。
ボサボサだった黒髪には艶がのり、ちょっと悪かった目つきはクール系の整った顔立ちへと育った。
すらりと伸びた背丈は黒を基調とした執事服を着こなし、品のいい仕草は見目もいい。
サミュエルは、町で噂のかっこいい少年へとなっていた。
小さな田舎町ベーレエーデが所属する国は、16歳を成人と定めている。
——あと1年で成人できる!
サミュエルは、16歳の誕生日を心待ちにしていた。
サミュエルのよく磨かれた靴が、掃除の行き届いた廊下を進む。
少年が過ごした5年間、様々なことがあった。
何より、ノキシスが領主となってから、町は明るくなった。
はじめてこの屋敷へ足を踏み入れたあの日の、廃墟のようだったあの屋敷も、見る影もない。
掃除好きのマリアと、有志の町の人々の力によって、日々清潔さを保たれている。
「おはようございます、マリア」
「おはよう、サミュさん」
サミュエルの声に振り返ったマリアが、いつものメイド服をひるがえさせる。
自動人形である彼女は、見た目に変化はない。
やわらかな金の巻き毛と、長い睫毛に縁取られた青い瞳。
はんなりとした微笑みは、見るものへ安心感を与えてくれる。
今日のマリアの腕には花束が抱えられており、サミュエルはおやと瞬いた。
「キレイな花束ですね」
「ええ。朝方、市場でお花屋さんを見かけたの」
可憐に微笑んだマリアが、「飾ってくるわ」と踵を返す。
サミュエルも目的地を目指し、廊下を進んだ。
サミュエルは病気の母親の治療費を返済するために、領主ノキシスの元で働いている。
特に執事は給料がいい。煙突掃除と牛乳配達をしていた頃とは、比べものにもならない金額だ。
サミュエルはこの5年間、執事となるべくたくさん勉強してきた。
雑だった言葉遣いを丁寧にし、マリアから給仕の仕方も学んだ。
まだまだ至らないところはあるものの、それ以上に、彼には叶えたい夢がある。
手にした手紙の束を見下ろし、一枚の扉の前で立ち止まる。
少年は、すうと呼吸を整えた。
——第一印象は大事だ。
落ち着きがあって、爽やかで、クールで大人っぽくあいさつをするんだ!
キリッと顔を上げたサミュエルが、扉を数度鳴らす。
「ノキ、入りますよ」
しかし、掴んだドアノブから、がちゃりと返ってきたつっかえる音に、サミュエルはうっかり眉間に皺を寄せた。優雅から程遠いしかめっ面だった。
扉による肩透かしを食らい、思わず、むう、頬がむくれてしまう。
何だったら、「くそぅ」との悪態もついている。
少年は取り出した
うまくささらないそれに、ますます顔がしかめられる。
「……ノキの執務室、鍵が合わなくなってきてるよな」
独り言をつぶやき、鍵をガチャガチャさせる。
力任せのそれは、非常に乱暴だった。鍵穴に人格があれば、「イテテテテッ」と叫んでいただろう。サミュエルは少々粗野なところがあった。
元が古い屋敷であるため、使いにくい鍵は他にもある。
しかし使用頻度の高い部屋でこれは困ると、サミュエルは渋面を浮かべた。
ガチャン! ついに開いた扉に、ひと仕事終えたと彼は息をついた。
「ノキ、手紙が——」
部屋を見回したサミュエルの言葉が、途中で途切れる。
整頓された執務室には人影はなく、慌てたサミュエルは大きな窓から庭を見下ろした。
そこにはとめられているはずのノキシス愛用の自転車はなく、少年の肩が震える。
「あんの不真面目領主、また逃げ出して……ッ」
元々、口と素行は悪いが、真面目なサミュエルだ。
領主が仕事を放り出して脱走したことを知り、彼の脳内で『回収』の文字が蛍光色で点滅する。
ノキシスの執務机へ手紙を叩きつけ、大股で部屋を飛び出す。
しかし、慌てているときこそ、うまく鍵はかからない。その上準備ももたつく。
何とか執務室に鍵をかけたサミュエルは、マリアへひと言告げて屋敷を飛び出した。
「聞いてください、マリア!! ノキってばまた脱走して……! あの人自分が『カモがネギを背負ってナベに入ってるような人』だって自覚、全然持ってくれないんです!! 俺、探してきます!」
「あらあら」
マリアがのんびりと手を振り、少年を見送る。
サミュエルの言葉を意訳すると『ノキが心配! 誘拐されたらどうしよう!!』だが、少年は少々ひねくれた性格をしていた。
ついでにいうと、彼は自分の雇い主のことを、初めて会った日から『カモネギ』だと思っていた。
一方、『カモネギ』ことノキシスは、畑にいた。
小さな田舎町ベーレエーデは、昔は大層な要塞だったらしい、今は崩れた城壁に囲まれている。
領主邸から城壁沿いにまっすぐ進んだ先は、畑へとつながっていた。
ノキシスはふらりと自転車をこぎ、この畑へと行き着いたのだった。
「よし! ノキさん、自転車直したぜ」
「助かったある、ホフマン」
元気あふれるちびっこたちにもみくちゃにされながら、畑の草むしりをしていたノキシスは顔を上げた。
ホフマンと呼ばれた男が、にっかり笑う。
年は年配。立派な筋肉と日焼けした肌を持つ、快活な笑顔の男だった。
ひょろりとしていて色の白いノキシスとは、まさに正反対に位置している。
「にしてもノキさん、チビどもに大人気だな」
「どこをどう見たらそうなるあるか。ノキさん、泣く子も黙る極悪成金領主ある! ちびっこブルブル震え上がるね!!」
「ノキおじちゃんなんか、こわくねーもん!!」
「なりきんってなーにー?」
「ぐえっ」
ふたりの子どもが自称極悪成金領主へ飛びつき、上質なスラックスを土で汚す。
潰れた悲鳴が面白かったのか、彼の首にかじりつく子どもたちはきゃあきゃあと楽しそうだった。
それを見た他の子どもたちが、こぞって領主へしがみつく。
「ぶふっ、泣く子も黙る極悪領主、なあ」
「うっせーある!! 笑うんじゃねーある!!」
「へえへえ。おらチビども! か弱いノキさんが潰れちまうだろうが!」
「わたしを貶す必要あったあるか!? ノキさん恥も外聞もなく泣きじゃくるよ!?」
ホフマンの太い声に急かされ、子どもたちがきゃあ! 悲鳴を上げて散らばる。
小春日和のあたたかな空に響いた、のどかな風景だった。
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