第4話 お、お前は――ッ!?

 まずい、本格的にまずい。

 周りに仲間はおらず、弱そうな奴を狙って突貫した結果、まんまと罠に嵌って身動きが取れなくなってしまった。


 私に残された手段は、もはや服の裾を両拳で握り締め、歯軋りを鳴らしながら、うつむきがちに『僕じゃないもんッ!』と子供みたいに抵抗するか、不貞腐れて冷蔵庫の掃除を放棄するという、大人気ない対応をとるかの二つに一つ。

 ワンチャン、前者の方ならばジブリ作品感を出せば和やかな感じでまとまる可能性もあるかもしれない。


 よし、言うぞ。

 イメージするんだ、天下のジブ〇作品を。トト〇が力を貸してくれる筈。いいか、間違えても裸足のゲ〇みたいになるんじゃないぞ。


 両ひざはがくがくと震え始め、言葉を発しようとした顎はカチカチと音を鳴らす。既に喉はカラカラに乾ききっており、呑み込む唾液さえ残っていなかった。喉上にへばりついた喉ちん〇が「早く降ろしてよ!」とヒステリック女のように叫んでいる。やれ、やるんだ――


「ぼ、ぼ——」

「——戻ったぞぉー」

私の渾身の一言は、突如開いた後方の事務室出入口から響いた濁声だみごえに掻き消され、霧散する。皆の視線は既に、自分には向けられておらず、その声の主に向いていた。


(助かったのか……)

安堵し、握りしめた拳の力を解こうとしたが、思うようにいかない。これは、どうしたことだ?


 不意に女性職員の卓上に置いてあった鏡に視線がいった。そこに映る己の姿に驚愕した。両こぶしに血管を浮かばせ、顔はうつ向きがちに、今入ってきた人物をにらみつけている。歯ぎしりを〝ギギギ……〟とまるで、裸足の〇ンの登場人物のように鳴らしながら、恨めしそうに睨んでいるのだ。


 そうか、俺は嫉妬していたのか。

 皆の注目を一瞬にして奪われたことに……


「お疲れ様です。課長」

皆が次々と挨拶を述べた。そう、この人物こそ我が課の長。声はいつも酒やけのせいか濁声で、口を開けば親父ギャグ。この場にいる俺以外の全員が媚びてやがる。嘆かわしいッ! 俺も振り向くと、目が合った。この恨み、いかに晴らしてくれようか……


「あ、その肉。この間猟師さんにもらったやつだ」

課長が俺が抱える肉塊を思い出したように指さした。


「――ですよね、課長!! こんな大きな肉貰ってくるなんて、流石だなぁ!!」

私の口から出たのは媚媚こびこびの言葉であった。


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幻の猪肉ベーコン メルグルス @kinoe

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