2-8
千切れ堕ちた腕は、わたしたちの足下でビタビタとのたうち回っていた。血液とは違う、何かまた別の組織液を垂らして回りながら。最期の瞬間、ユアの脳から命じられた電気信号を反復して実行するみたいに。尺取り虫のように彼女の足下を跳ねていた。
「あたしの心臓は
言って、ユアは笑った。彼女がわたしに初めて見せた笑みで。最期に見せた笑みだった。
「もうじきあたしの主治医のゴードン先生が来る。不老のあたしを殺すためにね。ああ、もしくは助手のスペンサーが来るかも。まあ、どっちにせよあたしはあと三十分もしたら死ぬの。そうしたら、停電騒ぎはじきに落ち着くよ」
「……どうしてそんなことわたしに話したの?」
「わからないの? きみって鈍感だね。それはね、きみが二十七人目の候補者だからだよ」
停止した。
足下で跳ね回ってた腕が活動を止め、ぐったりと倒れ伏せた。そしてそれと時を同じくして、ユアもその場に崩れ落ちた。
わたしはとっさに彼女を抱え起こそうとしたけれど、ユアはそれを拒否した。最期の力を振り絞るみたく、わたしの腕をのけ払った。
「覚悟するといいよ。きみは呪いを受ける。否応なく、受けさせられる。十二年間の呪いを。たぶんあたしとは違うタイプの。少なくとも二七歳までは生きられるけど、それから先は保証されないわ。みんな二十七歳で死ぬの。十七歳の肉体のまま、ね」
「わたし、そんなのイヤなんだけど。冗談でしょ。なによそれ」
「冗談じゃない。証拠がいっぱい在るじゃない。じきに主治医が来る。そうしたら、きみにスカウトが来るはずだから」
「断るわ、そんなの」
「断れない。断ったら、クレセントにいられなくなるから。殺されるから。それでもいいなら、そうするといいよ」
ユアはそう言うと、安らかな表情のまま目を閉じた。口もつぐんで、眠りに落ちた。
しばらくのあいだユアの亡骸を抱えながら、わたしはその場に座り込んでた。彼女の身体には温もりがなくて、まだかすかに息はあるのに、氷みたいに冷え切っていた。
どれぐらい抱いていたんだろう。両手の感覚が冷たさでなくなり始めたころ。暗室の扉を誰かが開いた。
「ユア、まだ生きてるか! ゴードンが君を殺すって……!」
ひどく焦った様子で飛び込んできたのは、クレセントには似合わない白衣姿の男。
そうよ。彼が後々わたしの主治医になるスペンサーだった。
†
あとから聞いた話しだけど、あのときスペンサーはユアを助けようとしてたらしい。ゴードン教授ってスペンサーの直属の上司がいて、そいつがすごいマッドサイエンティストだったらしいんだけど。そのゴードンが約三十年ぐらい外科的手術を用いた
スペンサーはそれを聞いて、ユアを助けようとしたんだってさ。それに、わたしも救おうとしてくれた。
つまり次の十二年間は、スペンサーが提唱した方法でのエンバーミングが始まったの。
つまり、薬物投与による不老化処置。
つまり、十七歳で成長を止められたわたし。
つまり、二十七歳で死ぬ呪いをかけられたわたし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます