2-6
モッズコートのポケットに『ライ麦畑でつかまえて』を突っ込んで、わたしは寄宿舎棟を歩き回った。寮長の部屋を探して、東棟の二階と三階あたりを行ったり来たりしてたわけ。
当時の寮長の名前は〈VV-16〉と言って、みんなからはヴィヴィアンって呼ばれていた。仲のいい同級生はヴィヴィーって呼ぶ人もいたらしいけど。でも彼女は当時高等部の三年生で、来年には
三階の西側に出ると、妙な人だかりができてた。ある部屋の前に、中等部から高等部までの女の子たちが束になって立ったり座り込んだりしてたの。初等部はさすがにいなかったけど、でも彼女たちは一つの仲良しグループというふうには見えなくて。むしろ寄せ集めの愚連隊みたいな雰囲気。だって人種もスタイルもバラバラで、パンクバンドみたいにピアスだらけの黒髪女のとなりに、背の高いモデルみたいな美人だとか、あとは小うるさそうなアジア人とか、野次馬にきたっぽいメガネのおとなしそうな子まで。てんでバラバラだったから。
「ねえ、これ何の集まり?」
わたしは中等部っぽい子に声をかけた。
見覚えはなかったけど、年も近そうで声をかけやすそうだったから。中等部の芋っぽいジャージとスウェットを着てたから、たぶん同学年か下級生ってとこだろう。そこらのパンク女や高飛車そうな連中と比べたら、よっぽど親しみやすそうな感じがした。まあ、外面だけはね。
「電気よ」
彼女はそう答えて、目の前のドアを指さした。寄宿棟のV312号室。みんなの目当てはそこだった。
「みんな寮長に文句を言いにきてるの。復旧はいつとか、寒いとか、ドライヤーが使えないとか、そういうふうにね。寮長に言ったって、何一つ変わりはしないのに」
「そういうあなたはどうしてここに来てるわけ?」
「野次馬。バカな高等部生たちを眺めてるの。たのしいのよ、自分より知性が低い動物たちを眺めるのは」
彼女はそう言って、心の底からの全力スマイルを見せてくれた。でも、その笑みは誰かを幸せにしてくれるものじゃなかった。
わたしは「そうね」って返事に愛想笑いをして見せたけど、たぶん周りの学生たちこの会話が聞こえてたら、半殺しにされてたと思う。
「でも、寮長ならいつ復旧するかとか、教官たちから聞いてるんじゃない? ていうか、なんで停電してるわけ? あなたは知ってる?」
「もちろん」
彼女はそう言うと、窓辺に下がって両手を広げた。ジャージの裾に隠れた細長い指は、結露したガラスに触れて、ペンのように軌跡を描いた。
「このクレセントでは、ある実験が行われてるんだよ。停電はそのせい」
「実験?」
「そう。ねえ、君は――ああ、名前はなんて言うの?」
「ミヒロ。牧志ミヒロ。コードは〈M2〉だけど」
「ミヒロね、うん。すてきな名前。あたしは〈UR〉。みんなはあたしのことを、
「変な名前ね」
「そうだね。ねえ、こうして与えられたコードを勝手に名前にする文化って、あたしたちのどこから始まったと思う?」
「知らない。それより、実験ってなに?」
「知りたいの?」
「まあ、教えてくれるなら」
「そうね」ユアは呼吸するように一拍おいて、「実験って言うのは、つまりクレセントの存在意義のことなんだよ……ねえ、ほんとに知りたい?」
言ってユアは窓に文字を描いた。皮脂で汚れ、いましばらくはガラスに刻まれて消えないであろう文字。『きみはだれ?《Who are you?》』と彼女は記した。
「知りたいなら、ついてきてよ。教えてあげるから。ここに来たってことは、どうせ暇なんでしょ?」
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