第一部 セント・クレセント及び名前のない島々
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わたし学生時代の話をすると、君はすぐに眉をひそめるよね。まあ、それはたしかに当然の反応だと思うけれど。でも、こればっかりはほんとの話だから、その顔だけは勘弁してくれないかな?
たしかに、わたしのいた学校はかなり特殊だった。それはもう『学校』っていう言葉に当てはまるかどうかもわかんないぐらい。ぶっちゃけて言えば、わたしはあそこのことを『学校』って言うよりも『僧院』って呼んだほうがいいと思ってる。それも尼さんばっかりのね。
前にも言ったけど、わたしたちはあそこのことを『クレセント』って呼んでた。それは『○○東高校』を『東高』とかって呼ぶのと同じことで。正式には『
それになによりクソみたいな学校だった。
クレセントがいかにクソッタレな学校だったか。わたしは千の言葉で語れる自信がある。まあ実際にはやんないけど、でもそれぐらいロクでもない学校だった。
たとえばわたしは『牧志ミヒロ』って君に名乗ったけれど。でも、クレセントの教官たちは、わたしのことを名前で呼んでくれやしなかった。やつらってば、わたしのことをコードでしか呼ばない。
わたしにあてがわれたのは〈M2〉っていう認識コードだった。味も素っ気もないでしょ? 意味も何もないよ。ただAtoZの1から1000で決められただけみたい。
わたしたちは、そんな認識コードで飼い慣らされていた。もちろんそこに愛情なんてなかったし、青春もなにもなかった。友情はすこしだけあったけれど。でも、彼らにとってわたしたちというのは、そんな統計上のパズルの一つに過ぎなかったわけ。『クレセント』が考えた戦略の、その歯車の一つに過ぎなかったの。
……でもまあ、少しぐらいはいいとこだってあったよ。
たとえば、屋上からの眺めは最高だった。
ある夕暮れ時に、わたしは校舎の屋上に出てみたことがあったの。本当は入っちゃいけないんだけど。一回だけ校則を破って、屋上に出た。そう、あれは潮風がとても心地いい九月のことだった。あの日、わたしは初めて校則を破った。でもそれは、不良になりたかったとかそう言う不純な動機じゃなくて。ただ、エリスンのヤツに誘われたからだった。
クレセントは小さな島の、小高い丘の上に立ってたんだけど。海岸から少し離れた雑木林の中に、ぽつんと校舎があるわけ。だから屋上に出ると、丘の上から木々と、その向こうに続く海が見えるの。それは息を飲むような美しい景色だったよ。水平線にゆっくり夕陽が沈んで、海の青と陽の赤がせめぎ合ってきれいだった。遠くからは波のたゆたう音と、海鳥が鳴く声が聞こえたし。肌にまとわりつく潮風と、ツンと鼻孔をつく磯の香りは、なんとも言えない心地よさがあった。
……エリスン? そっか、あいつのこと話してなかったね。
そうだね。じゃあまずはエリスンの話をしよっか。わたしはアイツのことが大嫌いだったけれど。でも、アイツはクレセントにいる人間のなかで一番まともだったのかもしれない。だから、まず彼女の話をさせてよ。彼女と、わたしたち名前のない女の子の話を。
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