33|脱出計画〈10〉

 軍用倉庫内に〈警報〉が鳴りひびく中――

 その一瞬のすきをついて、サクラとツトムは脱兎のごとく走りだす。


「え…?」


 あっけにとられるOBBオービービーをよそに、巨大な鉄扉の横にある小さなドアから駐車場へまろび出たふたりは、そのままトラックの背中を追いかける。


「だめッ、待ってぇぇぇーーーーッ!!!!」


 そう叫んだところで止まるはずもなく、トラックの姿は、みるみるうちに小さくなってゆく。


 それでも、ふたりは走り続けた。

 ふたりの未来は、この道の先にしかなかったからだ。


 ふいに、背後からエンジンの音がきこえた。


「……!?」


 ふりむくと、一台の軍用バイクがサクラたちに向かって走ってくるところだった。


「バスターズだ…!」


 それは、カーキー色にペイントされた、サイドカー付きの大型バイクだった。バイクはみるみる距離を縮め、サクラたちの行く手をふさぐようにして止まった。


「ああ…」

 サクラの横で、ツトムは絶望のため息をはき、サクラ自身も「ここまでか…」と目を閉じる。


 だが――その人物は、すばやくバイクからおりると、


「サクラさん、早く、このバイクで逃げてください!」


 そういって、ヘルメットをとった。その顔は…。


「お、OBBッ!」


 その人物は、OBBだったのだ。


「ど、どうして…!?」

「サクラさんが言ったとおり、自分はこの職場に向いていません。たったいま、転職する決心をしました。だから、最後に、自分が『正しい』と思うことをして終わりにしたいんです!」


 OBBは、サイドカーの座席の下からもうひとつのヘルメットをとりだし、ふたりに手渡す。


「このバイクは自分が整備しました。不備はありません。武器も入っています。これで、できるだけ遠くへ走ってください。自分は倉庫にもどって『バイクを盗まれた』と報告しなければならないので…」

「OBB、ありがと…」

「いえ、こちらこそ。さ、早く…!」


 ふたりは、さっそくヘルメットをかぶり、運転シートにはサクラがまたがる。


「バイクは私が運転するから、ツトムは、サイドカーに乗って!」

「わ、わかった」


 そうして、ふたりは、OBBからの〈サプライズ・プレゼント〉に乗りこみ、未来へと道をつないだのだ。


「サクラさん、幸運を!」

「OBB、あなたもね…」

「はい!」


 サクラに向かって敬礼しながら、OBBは笑った。


 それは、最初にメイン通路で会ったとき、彼が見せた笑顔と同じ…朴訥ぼくとつで、善良で、やさしい青年の笑顔だった。



          ***



「サクラが言ったとおり、OBBはいい人だったね」

「そうでしょ? 私、ひとを見る目はあるの」

「僕はひとつ学んだよ。ここは〈敵〉ばかりだと思ってたけど〈味方〉もいるって」

「そうだね…OBBは気づいたのね。ここが自分の居場所じゃないって…」

「自分の、居場所…?」

「うん…」


 人にはそれぞれ、自分にふさわしい〈場所〉というものがある。そこが、本当に自分がいるべき場所かどうか…それは自分自身にしかわからない。


 OBBは、いま、ようやく、ここが自分の居場所ではないことに気づき、その場所を見つけるための第一歩をふみだしたということなのだろう。


(私も、帰るんだ…)


(トモヒロがいる世界に…)


(私の居場所は、そこにある…)


「ツトム、しっかりベルト締めてつかまってて…ぶっ飛ばすよッ!!!」

「オッケー、サクラ!」

 サクラは、慣れた動作でハンドルを握り、エンジンをふかす。


「それにしても、サクラ、きみはすごいね! しかも、これ、大型バイクだよ! 僕はバイクに乗れないからさ。だから、もし、きみも乗れなかったとしたら、OBBの勇気も無駄になってたところだ…そうだろ?」


 興奮して饒舌じょうぜつになっているツトムに、サクラはひとこと、


「そうね。でも、ま、免許は持ってないけどね」

「え?」

 ツトムは一瞬かたまり、つぎの瞬間、声をうらがえして叫んだ。


「え・えええええぇぇぇぇーーーーーーーッ!!!」


 ツトムの奇声は、鳴り響く警報と疾走するバイクの音に、あっさりとかき消された。


「む、む、無免許ォォォォーーー…」



          ***



 こうして――サクラとツトムの逃走劇は、第二幕へと突入する。


 4Cフォーシーの存在は、サクラたちにとって脅威となるのか…。

 果たして――ふたりがふみだした未来に待ち受けるものは、〈希望〉か〈絶望〉か…。



〈宇宙意思〉は、ただ静かに、そのなりゆきを見守っているだけだった。




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