35|逃走〈2〉
サクラたちの軍用バイクは〈北〉へ――時速100
北の地下トンネルは、本来〈ノースランド〉と呼ばれる大陸へとつづく道路である。だが――1年前の落盤事故によって閉鎖されて以来、いっさいの流通が断たれたままだった。
どれほどの規模の事故だったのか…1年が過ぎたいまも復旧工事がなされないまま、瓦礫が道路をふさぎ、バイクどころか、人が通り抜けるほどのすき間すらなく、文字通り「行き止まり」の場所だった。
その道を――サクラとツトムは、ひた走る!
チューブ型にくり抜かれた丸いトンネルは、ひたすら、まっすぐのびていた。
等間隔に点いている近未来的なブルーライトが、ひとつ、またひとつと、流れ星のような速さで、サクラたちの目のまえにあらわれては、消えてゆく。
「ツトム、誰か追ってくるの見える?」
「いや…まだだ…」
ツトムは、サイドカーの座席から、ちらちらと後ろをふり返りながら報告をくりかえした。
「行き止まり」の場所に向かって走っているとはいえ、逃走に気づかれたいま、追っ手が来ることは、当然、予測できることだ。
〈敵〉に追いつかれるまえに、なんとしても抜け道を探す必要があった。下水道、配管通路、換気口――どんな狭い通路でもいい。人が通れるぐらいの〈道〉があれば、逃げ切るチャンスは生まれる。
だが――ツトムの透視能力にも限界はある。研究施設を離れた、なじみのない場所では、それほど能力を発揮することはできない。ましてや、スピードの恐怖に耐えることに必死になっている、ツトムの集中力は散漫だった。
(ツトムの能力は、当てにならない…)
(だったら、どうしたらいい…)
サクラは、唇をかみしめながら、思いをめぐらす。
(いままでは、ツトムの頭の中にガイドマップがあったんだ…)
(だから、迷路みたいな軍用倉庫も逃げきれた…)
サクラは、思う。
(この道にも、ガイドマップがあればいいのに…)
そして、ふと、目線をさげた、その先に――
「これって…」
それは、メーター類とならんで小さなスペースに設置されている、バイク用のナビゲーションシステム(衛星通信の道案内システム)だった。
「ナビだ!」
それは、取り外し可能な〈ポータブル・ナビ〉だった。
(この世界にも、ナビ、あるんだ…)
ひとつ、問題なのは、この地下トンネル内で、衛星からの電波受信が可能かどうかだ。
(どうか、つながりますように…!)
サクラは、願いをこめてスイッチを入れる。やがて、小さな四角いボックス型のナビ画面に‘ ザザザ… ’と砂嵐のような画面が映しだされ、周辺のマップが表示された。
「やった!」
サクラは、後ろでひたすらスピードに耐えて死にそうな顔をしているツトムに声をかける。
「ツトム、ナビが使えるよッ!」
サクラは嬉々として、それを報告するが、
「へッ? な、なんだって…?」
ヘルメットの中のツトムは、時速100kmの向かい風をまともに受け、眉をハの字にまげ、いまにも泣きだしそうな顔をしていた。
「ツトム、大丈夫?」
「だ、大丈夫かって言われたら、ぜんぜん、まったく、大丈夫じゃないよッ! し、死にそうだ…」
「そ、そっか…」
サクラは、かまわず話し続ける。
「ツトム、死にそうなところ悪いけど、このナビで抜け道、探せない?」
「な、なんだってッ? いま、ナビっていった…?」
「そう、ナビよ!」
サクラはさっそく、本体から取りはずし、サイドカーに乗ってるツトムに手渡す。
「ツトム、使える?」
「もちろんだよ! 僕は、この11年…いや…もっと前からかな? ま、どっちでもいいけど…ずっと独学で機械工学を学んで…いや、そんなことも、どうでもいいけど…と、とにかく、僕は、機械に関しては、自慢じゃないけど自信しかないからね!」
やっとやる気を出したツトムは、興奮して饒舌にしゃべりながら、携帯ゲーム機をあてがわれた子供のように、あちこちのボタンを押したりひねったりして、夢中で格闘しはじめた。
「よしッ、いいぞ…バイクの位置確認ができた。ええと、そしたら…いまはここだから…事故現場までは、あと〈20分〉ってところか…」
そのあいだも、時速100kmの風は、ツトムのからだに‘びゅんびゅん’と当たり、緊張がほぐれることはなかったが、大好きな〈おもちゃ〉をさわってるせいか、少しだけ集中力が増したようだ。
「よし…あとは、事故現場までのあいだに〈抜け道〉があるかどうかだね…」
ツトムは、器用な手つきでナビを操作し、〈抜け道〉を探しはじめる。
「ツトム、どう? 見つかったッ?」
「いや…だめだ。この道は、横道も、分岐する道も、なにもない。そもそもナビは、〈道〉と認識できるもの以外を表示したりはしないから…下水道みたいな抜け道は探せないんだ…」
「じゃあ、休憩所はある?」
もし、休憩所があるなら、そこには必ず通気口がある。そうすれば、そこから逃げるチャンスも生まれる。
「休憩所はあるよ。あるけど…落盤事故の10kmぐらい先だ。手前だったら、よかったのに、ね…」
「そうだね…」
「サクラ…」
「なに?」
「ご、ごめん…」
唐突に、ツトムは顔をうつむかせ、泣きそうな声でいった。
「こんなとき、僕の能力が役に立たなくて…ごめん…」
「え?」
「本当なら、今ごろ、僕の能力で、抜け道のひとつぐらい見つけてるところだ」
「そんなの、ツトムのせいじゃないよ。気にしちゃだめ!」
いちいち、くよくよと考えてしまうのは、ツトムの悪いクセだった。
サクラは、それをよく知っている。
「きいて、ツトム! 誰だって、調子のいいときもあれば、悪いときもある。ツトムだけじゃない、みんなそうよ」
「ああ…」
「いちばん最悪なのは、ツトムの能力が使えないことじゃない。そのことでくよくよしているうちに、チャンスを逃すこと…」
『 そうだ、
それは、トモヒロがよく言っていた言葉だ。
『 深呼吸して、まわりを見ろ… 』
『 答えは、その中にある… 』
「ああ…た、たしかに、そうだね…」
「ツトム、リラックス、リラックス!」
「ああ…わかった…」
ツトムは、ヘルメットの中で、深呼吸をくりかえす。
と、そのとき…。
「サクラ…み、みえる…」
「え? なにか、見つかったの?」
「いや…そうじゃなくて…」
「……?」
サクラは、首をまわし、ツトムの様子をちらりとうかがう。
ツトムはナビを両手に持ちながら、しかし、ナビ場面を見てはいなかった。顔をあげ、まわりをきょろきょろと見回していた。
「ツトム、もしかして…」
「ああ…もうナビは、必要ないみたいだ…」
サクラの言葉が効いたせいか、ただ単純にスピードに慣れてきたせいかもしれなかったが、とつぜん、ツトムの能力が復活した。
「ツトム…視えるのね!?」
「ああ…視える」
「やったーッ、最高ォーッ!!!」
サクラは声をあげて喜び、ツトムは自信をとりもどす。
「よ、よしッ、もう大丈夫だ、僕にまかせて! どんな小さな通路も見つけてみせる!」
と、つぎの瞬間…。
‘ ブゥ…ン ’
ふと――ツトムの耳に、かすかなエンジン音が届く…。
「……?」
ツトムは、ふりかえり、まっすぐにのびるアスファルトの道を見つめた。
すると――
「あ…」
遠く…肉眼で、わずかに見える小さな〈点〉を、ツトムの目が
「あれは…」
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