第71話 機械たちよ銃をとれ
会議室を出た俺が真っ先に出くわしたのは、目に濃い疲労を滲ませたジェイコブだった。
「ピート、『メディカルセンター』に行くそうだな」
「ああ、そのつもりだが、何か?」
「実はまた『アートマン』とやらが数体やって来て、市場で暴れているんだ。弥勒さんたちが対処しているが、移動するなら市場のあたりは通らない方がいい。それと君の秘書とかいう女性の姿が見えなくなった」
「なんだって?キャサリンが?」
俺は絶句し、頭を抱えた。なんだってこんな時に。
「目撃したAPの話では、旧連絡路の入り口あたりで見たとのことだが……」
「旧連絡路?なんだそれは」
「地下都市と『スメールビル』とを繋ぐ地下道で、治安当局がAPに支配されてからは使われていない。たしか通路が途中で塞がっているはずだ」
「その中に入っていったのか?なぜだ?キャサリンは通路の存在を知っていたのか?」
「わからん。女性を先に探すのなら、早い方がいいと思ってね。一応、お教えしたまでだ」
「すまない。……で、その通路はここから遠いのか?」
「遠くはない。入り口の前までなら私が案内して行っても構わないが」
「頼むからそこへ連れていってくれ。通路を探していなければ、他を探す」
「いいだろう。こっちだ」
俺はジェコブの案内で、細い裏道を選ぶようにして進んでいった。やがて屋台の間にある袋小路のような場所で、ジェイコブは足を止めた。
「あそこに寂れたシャッターが見えるだろう。あの奥が旧連絡路だ」
コンクリートの壁面に取りつけられたシャッターは足を踏み入れることを拒むように重々しく、陰気だった。本当にキャサリンはこの中に入っていったのだろうか。
「行ってみるよ。案内ありがとう。気をつけて帰ってくれ」
俺はジェイコブに礼を述べると、錆ついたシャッターを思い切って押し上げた。軋み音と共に赤錆の粉が零れ落ち、シャッターが長いこと使われていないことをうかがわせた。
「ごく普通のトンネルだな。とりあえず塞がっているという場所まで進んでみよう」
俺は真っ暗に近い横穴を徒歩で進んでいった。十分ほど歩くと前方に照明で照らされた壁が現れ、壁際のところに人物のシルエットらしきものが見えた
――キャサリン?
俺は思わず壁に向かって駆けだした。走りながらキャサリンの名を呼ぶと、人影がはっとしたようにこちらを向いた。
「……ピート」
通路を塞ぐ壁の前に立っていたのは、まぎれもなくキャサリンだった。
「キャサリン、いったいどうしたんだ、こんなところで」
俺が問い質すとキャサリンは一瞬、俯いて沈黙した後「私が、来るわ」と言った。
「君が来る?……どういうことだ?」
俺が問いを重ねかけた、その時だった。キャサリンが通路の壁にはめ込まれていた操作盤の蓋を開け、現れたパネルに触れた。
「キャサリン……ここに来たことがあるのか?」
「ない。……だけど『開け方』ならわかる」
キャサリンはそう言うと、澱みの無い手つきでパネルを操作し始めた。やがて、ピンという音がしたかと思うと、通路を塞いでいる壁がゆっくりと上に持ちあがり始めた。
「キャサリン……どうして」
俺が絶句していると、さらに驚くべき光景が目の前に現れた。半分ほど上がった壁の隙間から通路が見え、その奥から二つの光がこちらに向かってやってくるのが見えたのだ。
「あれは……」
光の正体が俺たちの前に姿を現したのは、壁が完全に上がり切った直後だった。
「キャサリン……君が迎えに来たのは『これ』だったのか?」
俺は理解不能の状況に戸惑いながらも、そう尋ねていた。キャサリンが待っていたのは、まさに『自分』――『スメールタワー』で別れ別れになったはずの黄色い車だった。
「どうしてキャサリンの『本体』が搭載されていないのに、戻ってこれたんだ?」
「私と、車が同じ構造だったから」
「同じ構造?」
「APの『入れ物』には簡単な思考回路がついていて、同じ本体の『入れ物』同士は呼び合うことができる。敵の目を盗んで地下通路に逃げたこの人が、私に助けを求めてきた」
「そうだったのか……さすがはキャサリンだ。これで『付喪』からディスクを取り返せば、また元の『ファイブ・ギア』に戻れるぞ」
俺は懐かしい車のドアを開けると、キャサリンに先に乗るよう、促した。
「……ピート。やっぱりこっちが本当の私だと思う?」
車が動きだした途端、いきなり予想外の問いを投げかけられ、俺は返答に窮した。
「それは……どっちの姿だろうとキャサリンはキャサリンだ。本物も偽物もないよ」
俺が答えると、キャサリンは「ありがとう」と言って俯いた。やはり初期化されてまだ間もないから情緒が不安定なのだろう。そう思いながら、俺は地下通路を戻っていった。
※
地下都市に戻り車を空き地に置いて往来に顔を出すと、そこには予想外の光景が広がっていた。ジェイコブや弥勒、セルゲイの工房で会ったAPたちが『彼岸市場』で見たようなバリケードをこしらえ、敵の『アートマン』たちと激しい銃撃戦を繰り広げていたのだ。
「ジェイコブ、これは?」
俺が声をかけると、ジェイコブは額に汗をにじませながら振り返った。
「見ての通りさ。やつら、市場の奥まで侵入してきやがった」
そう言いながらジェイコブが苛立ったように弾倉を入れ替え始めたとたん、すぐ傍で「ぎゃっ」という叫び声がして四角い影が飛び跳ねた。
「……大丈夫か、ブラウン!」
そう叫んで四角い物体――真空管アンプに駆け寄ったのは、市場で俺を助けてくれた大型スピーカーだった。
「ウーファー……やはり私の年で前線に立つのは無理があったようです……お役に立てなくて申し訳ない」
真空管アンプはそういうと、がくりと項垂れて動かなくなった。よく見ると、三本並んでいる真空管のうち、二本が割れて中身が覗いていた。
「……畜生、俺の大事なダチを。ゆるせねえっ」
そう叫ぶとスピーカーはいきなりバリケードの外に飛びだしていった。
「バリケードの外に出たら駄目だ、敵の的になるような物だ!」
俺が警告するのとほぼ同時に、どこからか飛んできた弾がスピーカーの身体を直撃した。
「ウーファー!」
虫の息の真空管アンプが、涙声でスピーカーの名を叫んだ。バリケードの外で無残に倒れている真空管アンプの姿を見て、俺はたとえようもない空しさに襲われた。
「こんな……こんな無意味な殺し合いが許されていいはずがない。……ジェイコブ、何か武器があったら貸してくれ。俺はここのAPたちには随分と世話になったんだ」
俺が立ちあがろうとした、その時だった。ふいに誰かが俺の肩を掴んだ。振り返ると、弥勒が真剣なまなざしで俺の方を見返していた。
「いけません、ピートさん。あなたにはあなたのなすべきことがあるはずです。……ここは私が食い止めますから『メディカルセンター』に向かって下さい」
「弥勒……」
俺が弥勒の助言を受け入れるかどうか迷っていると、ふいに広場のあちこちから小さな囁き声が漏れ始めた。
「――機械が機械を殺した」
気が付くと俺たちの背後に何十というAPたちが押し寄せ、口々に敵を非難する言葉を発していた。
「さあ、早くお行きなさい。私の身体も半分は機械。一度は仏の道に入りましたが、今日だけは破壊された仲間たちのためにあえて羅刹となります」
弥勒はそういうとバリケードの前に飛びだし、マシンガンを乱射し始めた。俺が戸惑っているとキャサリンがそっと俺の腕に触れ「ピート、行きましょう」と言った。俺が頷くのを躊躇っていると、足元から「俺も連れてってくれ、頼むよ親分」と叫ぶ声が聞こえた。
「ウォーキー……」
「あいつらをこんな目に合わせた奴にひと言、文句を行ってやらないと気が済まないんだ」
「……わかった、一緒に行こう」
俺はウォーキーを拾いあげてポケットに押しこみ、鬼となって『アートマン』たちを粉砕している弥勒の姿を目に焼きつけると、「すまん」と頷いてバリケードに背を向けた。
〈第七十二回に続く〉
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