第66話 機械村で軽食を


 支配人の言葉に従いしばらく進んだ先を曲がると、ひときわ暗い通りの奥に店舗とアパートを組み合せたような建物が見えた。


「あれだよピート。『月弓荘』の一階はダイナーになってて、このあたりの下級APたちがエネルギーを摂りに集まってるって話だ」


 ウォーキーは建物を指さすと、ガイドのような口調で言った。


「……見ろ、マネキンがいる」


 俺はガラス戸の前で中をうかがうように立っている二体のAPを目で示した。


「本当だ。きっと何かよくないことを企んでいるに違いない」


「正面には二階のアパートに上がる入り口はなさそうだ。……どうする?客を装ってとりあえず店に入ってみるか?」


「そうだね。きっと裏側に階段があるんだろうけど、まずは情報収集が先かな。……ただこのままだとちょっと怪しまれるな」


「怪しまれる?」


「ここらじゃ人間と機械の組み合わせは珍しく無いけど、あんたの場合、微妙によそ者の匂いがするからな」


「……よし、それじゃあこうしよう。悪いが手足をちょっと引っ込めてくれ」


 俺はウォーキーの身体を持ち上げてポケットに収め、ヘッドフォンの部分を頭に着けた。


「ちょっとの間、この状態で我慢してくれ」


 俺はセキュリティー解除に使っているサングラスをかけ、口笛を吹きながら歩き始めた。


 店の入り口が近づいてくると、ヘッドフォンからウォーキーの声が耳に飛びこんできた。


「いいぜピート。下級APとIDのない人間がつるんで食事をしに来た感じがばっちりだ」


「まあ実際の我々も大して違いはないけどな」


 俺は入り口の前で不審げな視線を向けてくるマネキンを無視し、店内に足を踏みいれた。


 フロアはカウンターが一つと二人席が三つのこじんまりとした造りで、三組のAPがボトル型のサーバーからエネルギーを摂っていた。


「いらっしゃい。……やあウォーキー、新しい友達かい?」


 軽やかな足取りで俺たちのテーブルに近づいてきたのは、手足の生えたチューイングガムの販売機だった。


「まあね。こいつは若いけど結構、苦労してる奴なんだ。……ええと、俺はバターガーリックフレーバーのエネルギー」


 ウオーキーは俺のポケットから顔を出すと、慣れた調子でオーダーを口にした。


「俺は……ええと、メニューはどこだい?」


 俺が尋ねると、販売機はひゅうと口笛を鳴らし「どうやら本物のお上りさんらしいな」と言った。


「ここは働くAPが主な客種なんで、人間用のメニューはこれしかないんだ」


 販売機はそう言うと、紙に手で書き殴ったようなぺらぺらのメニューを差し出した。


「これで十分だよ。……ええと、じゃあ俺はサーモンソテーとライスボール、それにポークのミソスープもつけてくれ」


「オーケー。今日は暇だからあっと言う間にできるよ」


 販売機がカウンターの後ろに消えると、俺はフロアの客種をそれとなく探った。三組の客のうち、一組はマネキンの三人組だった。


「あいつら、何かやらかす気かな」


 俺がヘッドフォンのマイク越しに囁くと、ウォーキーが「たぶんね」と小声で返した。


「誰か、客か店員の中に奴らの標的になった奴がいるんだよ、きっと」


 俺は咄嗟に『阿修羅』かなと思った。キャサリンでなければいいんだが。そんな懸念を抱いていると、料理のプレートとエネルギーサーバーを手に販売機が姿を現した。


「はい、お待たせ。どうだいうちの手早さは」


「……ちょっと聞いていいかな。この上のアパートに黒猫を連れた女が住んでいないか?」


 俺が尋ねると、販売機は「黒猫ねえ」と言ってガムの入った頭をゆらゆらと振った。


「いたかもしれないが、何せアパートの住人といちいち親しくしてるわけじゃないからね」


 販売機の返答はもっともだった。俺はいちかばちか、危険な名前を出すことにした。


「じゃあ『阿修羅』という女はどうだい?」


 俺が『阿修羅』の名を口にすると、販売機の丸い頭部がゆさゆさと忙しなく揺れた。


「その名前をこんなところで口にするとはあんた、何者だい?軽々しく『阿修羅』さんの名前を口にして上級APに聞かれたらどうするんだ。とばっちりはごめんだぜ」


「ああすまん。……で、上のアパートに『阿修羅』はいるのかい?」


「昨日から戻ってないよ。……もしかしたらもう戻ってこないかもしれないな。それ上のことは言えないよ」


「そうか、ありがとう」


 俺は販売機に礼を述べると、ソテーを口に運んだ。……そうか『阿修羅』はいないのか。


 それでもキャサリンの目撃情報があるからには、アパートを訪ねないわけにはいかない。


 そんなことを考えていると、ガラス戸の向こうからマネキンたちがこちらの様子をちらとらとうかがっているのが見えた。まずい、そろそろ潮時か。俺がそう思った時だった。


「……兄さん、ちょっとちょっと」


 ふいに足元から声が聞こえ、下を見ると黒い電話機が俺を見上げていた。


「……あんた、ピートってんだろう?アパートのお隣さんから伝言を預かってきたぜ」


「伝言だって?あんたのお隣さんはいったい、誰なんだい」


「昨日までは『阿修羅』さんだったが、今は留守番の女の子が一人きりさ。その子が窓からあんたを見て急に俺んとこにメッセージを頼みに来てね。あんた、知りあいなのかい?」


 俺ははっとした。この『サンクチュアリ』で俺にメッセージを寄越すような人間といえば、キャサリン以外にない。


「ああ、仕事の相棒だ。こっちに来てからはぐれてしまってね。ずっと探していたんだ」


「そいつはよかった。お隣さんは202号室だ。名前を名乗るのを忘れないでくれよ」


「わかった、ありがとう」


 俺はかたかたと受話器を鳴らしている黒電話に礼を言うと、トイレに行くような素振りで席を立った。


「店の中を通ってアパートに行ければ、マネキンたちに気づかれずにすむんだが」


「マスターに聞いてみなよ。あのサボテンがそうだ」


 俺はカウンターの前まで行くと、エネルギーサーバーを磨いているサボテン型のAPに声をかけた。


「上のアパートに行きたいんだが、中を通って行っていいかい」


 サボテンは俺とマネキンたちを交互に見た後、サングラスを上下させ「いいぜ。行きな」と短く応じた。


 俺はマネキンたちがこちらに注意を払っていないことを確かめると、カウンターの内側に素早く潜りこんだ。俺が外に通じる出口を探していると、サボテンが「あっちだ」というように背後のドアを目で示した。


 俺はサボテンに小声で「ありがとう」と告げると、ドアの向こうに身を躍らせた。飛びだした先は予想通り建物の裏手で、振り返るとアパートの外階段が見えた。


 俺はもどかしい思いで階段を駆けあがると、202号室を探した。表示のないドアをいくつかやり過ごした後、外廊下の奥に202の数字が刻まれたドアが現れた。俺は呼吸を整えるとゆっくりとドアをノックした。


「……はい」


「運び屋のピートだ。キャサリンかい?」


 俺がドア越しに尋ねると、少しの沈黙の後「入って」というくぐもった声が聞こえた。


 ドアを開けた俺の目に映ったのは駆け寄ってくる小さな生き物と、廊下の奥で鳥籠のような物を手に立ち尽くしている一人の女性だった。


「……キャサリン!」


 俺は飛びついてきた子猫を抱き上げると、閉めたドアに凭れながら愛しい相棒の名を呼んだ。


             〈第六十七回に続く〉






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