第62話 機械の偶像を探せ


「なるほど『付喪』に『ソーマ』を運ばせられ、狙いはお前だと言われたか……興味深い話だな」


 俺の話を聞きおえたセルゲイは修理を追えた機械の蓋を閉めると、にやりと笑った。


「たしか以前あった時、あんたはAPが生まれる前を知っていると聞いた気がする。それなら『付喪』や『上級AP』のことも知っていると思うんだが」


 俺は助けてもらった礼もそこそこに、問いを放った。すると背後で小型テープレコーダーが「ねえねえ、この間のいかした黒猫ちゃんは?今度来たらデートに誘おうとお店も決めてあるんだけど」とヘッドフォンを引きずりながら叫んだ。


「……悪いがここへ来る途中ではぐれちまってね。今は近くにいないんだ」


「はぐれただって?大変だ、迷子の子猫ちゃんをさがしにいかなくちゃ」


 いないとわかった途端、あわて始めたAPをセルゲイが「静かにしろ」と一喝した。


「もちろん知っとる。治安当局の幹部……マネキン型のAPが、自分で作った思考解析装置で人間の脳をスキャンし、それが元でラーニング回路が変異した……それが『付喪』だ」


「人間の脳を……なぜ?」


「人間の脳に生命誕生の記憶が残っていないか、知りたかったのさ。APには『禁忌』として抑制プログラムが仕込まれているはずなんだが、奴はそれをある人間に対して行った」


「ある人間とは?」


「APに記憶装置として奉仕していた人間……『チップマン』という男だ」


「『チップマン』!あいつが『付喪』を誕生させたのか」


「『チップマン』の脳にはその時に『付喪』から読み取ったパーソナルデータの残滓があると言われていてな、それが自分の命取りになると考えた『付喪』は脱走した『チップマン』をなんとか拉致しようと躍起になった。その後はあんたも知っている通りだ」


「ああ、知っている。夜叉に引き渡した後、どうなったかは知らないが」


「今『付喪』はその夜叉と取引しようと、妹である『阿修羅』を必死で探しているのだ」


「『阿修羅』……夜叉の双子の妹で、機械の看護師とかいう女性だな」


「そう。彼女こそ『機械の心を知る女』として上級APたちが怖れている存在なのだ」


「機械の心を……」


「姉妹を引き合わせ、『チップマン』の脳内から『付喪』の弱点を引き出せば、上級APは一掃されるかもしれん。そうなる前に奴は『阿修羅』を見つけだし、『チップマン』の身柄と交換しようと企んでいるのだ」


「じゃあ、『付喪』が俺を拉致しようとしたのはなぜだ?」


「それを説明するには少々、時を遡らねばらならん。二十年ほど前、ただの機械に意志を持たせ『AP』を産みだした技術者がいた。……名前を玄鬼という」


「親父が……まさか」


「玄鬼はAPに『禁忌』を植え付けた。人間たちの起源について必要以上に調べてはいけないという『禁忌』をな。だがそれを解除した男がいた。大埜建友という男だ」


「大埜建友だって?……その人は料理人じゃないのか」


「料理人になる前の話だ。建友がAPに好奇心を持たせたことで人間との関係が悪化し、反乱が起きた。身の危険を感じた玄鬼は幼い息子と共に『サンクチュアリ』を抜けだし、運河の外に消えた。建友と赤ん坊だった娘もやはり逃亡し、行方がわからなくなった」


「なぜ建友氏はAPに好奇心を持たせたのだろう」


「わからん。生き物は好奇心を持たねばならないと考えたのかもしれない。事実『付喪』のようなAPが現れたわけだからな」


「奴は生命誕生の秘密なんか知ってどうするつもりだったんだろう」


「人間とAPの歴史を塗りかえたかったのだ。人間がAPを造ったという順序はどうしても変えられないのか、人間も何者かに作られた存在ではないのか、その記憶が脳に残っているならつきとめたい……そう考えたのだ」


「つきとめてどうする?時間は逆向きにはならないぜ」


「もし人間を造った『創造者』がいるのなら、『創造者』はAPを産みだすためにその前段階として技術者である人間を造った……つまり人間はAPのために産みだされたのだという新たな歴史を求めたのだ」


「何てややこしい理屈なんだ。……だがそれで『救世主』がなぜ、APは人間の起源をつきとめてはならないと主張していたかがわかったぜ。『付喪』がいうように『創造者』がAPの方に肩入れしているとわかれば、自分たちを産みだした人間はもう用済みで滅びてもいいということになるからだ」


「その通り。『付喪』たちが最も欲していることは『創造者』とコンタクトできる存在を見つけだすことなのだ」


「まさかそれが……俺ってことか」


「『付喪』は『創造者』とコンタクトを取るべく、人間にAPを埋めこんだ『アートマン』をせっせと造った。だが機械と人間のハイブリッドである『アートマン』も『創造者』に会うことはできなかった」


「それがなぜ俺ならできると考えた?俺はただの人間で、機械とのハイブリッドでもない」


「私にはわからん。ただ『阿修羅』が飼っている『ガルダ』という鳥型APには大埜建友の『心』を移植したディスクが埋めこまれているという話だ。建友なら『創造者』のことも、なぜお前さんが『付喪』に狙われているのかも、ひょっとしたらわかるかもしれない」


「建友氏の『心』が……」


「『付喪』から仲間の『心』を取り戻したいのであれば、まずは『阿修羅』の居場所をつきとめることだ」


「そう言われても、そもそも『サンクチュアリ』の人間でもない俺には手がかりすらない」


「わたしの知っている人間で『阿修羅』と親しい者が一人だけいる。メディカルセンターに通じる部屋でエレベーターを管理しているミハイルという男だ」


「ミハイル……知っています。下半身が機械の男性ですね」


「そうだ。あの人がAPとの戦いで下半身を機械化する手術を行った際、助手をしていたのが十代の『阿修羅』だったのだ。……以来、『阿修羅』はミハイルの身体に不調があると、メンテナンスのためにエレベータールームに往診に行くようになったのだ」


「わかりました。ミハイルに会いに行ってみます」


「ああ、それがいい。十分に気をつけてな」


 俺がセルゲイに礼を述べて部屋を出ようとすると、俺を助けてくれたスピーカー型のAPとアンプ型のAPが俺の足元に近づてきた。


「待ってくれ、俺も行くよ。仔猫を助けてやるんだ」


「私も及ばずながら、馳せ参じたいと思います。さながら姫を救いだす騎士といった心境でありましょうか」


 俺は足を止めると「気持ちはありがたいが危険すぎる」と頭を振った。


 真空管アンプが「そんなあ」としょげ返る一方で、テープレコーダーが「俺は嫌だぜ。黒猫ちゃんを何が何でも助け出すんだ」とごね始めた、その時だった。


「やはりここにいたのか、『運び屋』君。君が来ているらしいと聞いて、飛んできたんだ」


 そう言って息を切らせながら現れたのは、ジェイコブだった。


「久しぶりだな、ジェイコブ。この前は騒ぎを起こしてしまって申し訳ない」


 俺が詫びるとジェイコブは「それは気にしていない」と言った。


「それより『救世主』に助けられたそうだが、あの男の説教を聞いたか?」


「いや、聞いてはいない。何でも四時からそのあたりで人を集めるといっていたようだが」


「そうだ。……ちょうどいい、もうすぐ始めるようだから私と一緒に聞きに行こう。そうすればあいつがペテン師だということがわかるはずだ」


「ペテン師?」


「あいつは地下の人たちを先導して、『上級AP』たちとの全面戦争に持って行こうとしている。極めて危険な男だ。地下市民のリーダーの一人として放っておくわけにはいかない」


「危険人物にはみえなかったが」


「それはあんたが平和な運河の外で暮らしてきたからだ。私にはあいつの危険さがわかる」


「……わかったよ。そこまで言うなら聞きに行ってみよう」


 俺はジェイコブの勢いに呑まれながら、セルゲイに別れを告げて部屋を出た。ジェイコブと一緒に市場に戻ると、リーダーが一緒のせいか俺を捕えようとする者は現れなかった。


「あそこだ。あそこが『救世主』がいつも集会を開いている地下礼拝堂だ」


 ジェイコブの指さす方向に目を遣ると、彫刻が施された教会らしき地下建造物が見えた。


「行こう『ペテン師』に会いに」


 ジェイコブにうながされ、俺は半信半疑のまま礼拝堂の扉をくぐった。


             〈第六十三回に続く〉

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