第45話 機械仕掛けの依頼者


「来い、ガラクタども」


 ザムが叫ぶと同時に発砲し、アームを伸ばした一体が獰猛な猿のように飛びかかってきた。金属の身体に弾丸が跳ね返る音がこだまし、APは俺たちの手前で火を噴いて崩れた。


「気を抜くな、次が来るぞ」


 ダムが叫び、振り変えると爪のついたアームを持つ一体がすぐ目の前にいた。やられる、そう思った瞬間、ダムが素手でAPのアームを受け止め、両手で掴んで路上に叩きつけた。


「こいつはどうにも埒が開かないな」


 ザムが忌々し気に吐き出すと、銃を構えたまま視線を動かした。俺が加勢しようと腰の電磁鞭に手を伸ばした、その時だった。ガムの舌打ちが聞こえ、振り返ると電動リフトに手足がついたようなAPが突っ込んでくるのが見えた。


「危ないっ」


 俺がガムの襟首をつかんで後ろに引こうとした瞬間、ガキンという堅い音が聞こえ、APの動きが止まった。


「なんだ?」


 俺はぎいぎいともがくように動いているAPの、脇腹に視線をやった。カバーがない、胴と腰の継ぎ目の部分に十字型をした金属が突き刺さっているのが見えた。


 ――あれは、シュリケン?


 俺が意外な武器の登場に目を瞠っていると、隣でザムが「……シノビか?」と漏らした。


「シノビ?」


「黒い服の四人組だ。狼藉を働くAPに仕置きをして回っているようだが、まさか俺たちを助けようとしたのか?」


 ザムの呟きに二人が首を傾げた直後、その言葉を裏付けるように残ったAPが立て続けに火花を散らして路上に崩れた。


 ――四人組で、ニンジャの武器を使う……まさか。


 俺の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。と、近くでバイクのアイドリング音が聞こえ、目を向けるとザムの言葉通り、全身黒づくめの人物が立ち去ろうとしているのが見えた。


「待ってくれ、あんた……」


 俺が声を上げた瞬間、黒づくめの人物は一気に加速し、いずこともなく消え去っていった。


 俺が呆然としていると、ダムが歯ぎしりと共に交差点を睨みつけ「……くそっ、『猿回し』の野郎、逃げやがったな」と言った。どうやらAPを操っていた人物は動かなくなった手下をそのままにして遁走したらしい。


「シノビのお蔭で、どうにか命拾いしたようだな。……それにしても、近頃のAPは凶暴化する一方だ。治安当局はいったい、何をしてやがるんだ」


 ガムが吐き捨てるように言うと、ザムが「よせ、ガム。治安当局の批判は控えるんだ」と釘を刺した。


「なぜだ?連中がこの街のすべてを牛耳っているんだぜ」


「詳しいことは俺も知らないが、ボスは以前『サンクチュアリ』で仕事をしていたらしい」


「なんだって……」


 俺ははっとした。もしザムの話が本当なら、俺が『サンクチュアリ』の医療施設で見た夜叉にそっくりな女は、本人だった可能性がぐっと高まる。


「今日のところは引きあげよう。APたちを警察が回収に来たらまた面倒なことになる。……ピートさん。あんたにも迷惑をかけたな。ボスのことで何かわかったら教えてくれ」


 三人は同情の言葉と不景気な顔を残して再び車に乗り込むと、俺の前から立ち去った。


「いったい何が起こってるんだ……」


 俺はどす黒い雲のような物が忍び寄ってくる気がして、思わずぶるんと頭を振った。


                 ※


「それは難儀な一日でしたね、旦那」


 俺が疲れ切ってリビングのソファーでぐったりしていると、王が鶏肉とカシューナッツの炒め物をテーブルに運んできた。


「さあ、明日は気分を切り変えて名士らしいふるまいをしなくちゃな。……無理だろうが」


 俺がぼやいて見せると、モニターの中で王がなぜか切なそうな目をした。


「私も一度、大埜建友氏の料理、食べてみたいね。伝説の料理人の味、憧れよ」


「……へえ、建友氏の名前を知ってるのかい、王」


「もちろん。料理のデータを集めてると、繰り返し出てくる名前ね。たとえレシピがあっても私には出せない味。口にできるだけでもボスは幸せね」


 俺は珍しく饒舌な王の話に興味をそそられた。王がこれほど特定の人間について熱く語ることなど今まで無かったからだ。


「まあ、せいぜい気合を入れて食べてくるよ。俺のレポートじゃ、どんなにすばらしい味でもうまく伝えられないだろうけどね」


 俺がいささか自嘲気味に返した、その時だった。チャイムの音が鳴り響き、モニターに外の様子が映し出された。


「こんばんは。『ファイブギア』の事務所はこちらでしょうか」


 玄関の前に立っていたのは、身長数十センチほどの人形だった。


「ピートさんという方に、お伝えしたいことがあって来ました。ドアを開けていただけませんか」


 ドレスを着た女の子はそう言うと、ぎこちなく頭を下げた。


「人形型のAPだな。誰か知っている人間が使いに寄越したんだろうか」


 俺は玄関に移動すると、ロックを解除した。開け放たれたドアのところにいたのは、俺の膝くらいのAPだった。


「誰かのお使いで来たのかい?」


 俺が来意を聞こうと身を屈めた、その時だった。人形の口が大きく開いて中から銃口が顔を覗かせた。


「……お前は一体?」


 俺が人形の前から飛び退こうとした瞬間、破砕音が轟いて人形の上半身が四散した。


「何が起こってるんだ……」


 腰から下だけになって炎に包まれている人形を見ながら、俺は誰に言うともなく呟いた。


「油断してはいけません、ピートさん」


 ふいに闇の中から声が聞こえ、俺ははっとした。運河沿いの道路にいた、あの人物だ。


「この街のAPは狂い始めています。一掃しなければなりません」


 俺は戸口のところから、近くの茂みに視線を向けた。数メートルほど離れた場所に、異様な風体の人物がたたずんでいるのが見えたからだ。


「何者だ、あんた。APを始末するとか言ったが、目的はなんだ」


「今、言った通り下級APの一掃です。今後、この街のAPはすべて人間以上の上級APに入れ替えられねばなりません」


「上級APだと?そりゃいったいなんだ。機械は機械だろう」


 俺の問いかけに、人物はゆっくりと頭を振った。よく見ると人物の顔は人間のものではなく、マネキンのような作り物だった。


「上級APは機械を超える機械……人間以上の分別と豊かな感情を合わせもった新しい『種』です。すべてが『サンクチュアリ』の指示で動き、人間とAPを導く存在です」


「あんたがそうだというのか」


「はい。私は上級AP『付喪つくも』といいます。昨夜申し上げたように、近いうちにあなたに「運び」の仕事を依頼します。この仕事を請け負うことは、あなたにとってすでに決定済みの運命なのです。心の準備をなさっておいてください」


「何が上級APだ。勝手なことを言うな。運び屋にだって仕事を選ぶ権利くらいはあるぜ」


「そんなことを言っていられるのも今のうちです。……いいですか、この街のあらゆる存在が『サンクチュアリ』の大いなる意志で動いているのです。あなた方に自由などない」


「ふざけるな。いいか、あんたがどんな依頼をしようと俺は一切、請け負わないからな」


 俺がきっぱりと言い放つと、『付喪』は動かぬ口で、嘲るような忍び笑いを漏らした。


「いいでしょう、その時が来ればわかります。……せいぜいパーティーを楽しんで下さい、リチャードさん」


 マネキンの顔をした人物はそう言うと、笑い声だけを残して闇の中へ溶け込んでいった。


             〈第四十六回に続く〉

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