第17話 不経済なエレベーター


「キャシー運送?……聞いてないな。積み荷は?」


「重機搭載APの制御ケーブルです」


「許可証は?」


「あー、あります。……はい」


 運送屋に扮したジーナと警備員のやり取りを聞きながら、俺はとりあえずここまでは順調だな、と思った。


 俺たちを乗せたトレーラーは無事に裏門を通過すると、複数の倉庫が立ち並ぶ敷地内へと潜りこんだ。この中のどれかが『秘密の地下道』へと繋がっているらしい。


「ジーナ、聞こえるか。キーワードは『ゴミの山』だ。中にゴミが積まれていそうな倉庫を見つけ出すんだ」


「気楽に言うなよ、おじさん。そんなの外からわかるわけないだろう」


 ジーナの不機嫌そうな返しに俺はそれもそうだ、と苦笑した。ルシファーから事前に得た情報によるとキャサリンは敷地内ではなく、ここから運河を隔てた街の中心部、すなわち『サンクチュアリ』の中だという。


 APが実質的に統括する『サンクチュアリ』には一般人は特殊な許可を得て橋を渡らないと侵入することができない。この敷地のどこかに運河の下を通る『秘密の地下道』への入り口があり、キャサリンはその地下道を使って『サンクチュアリ』に搬送されたのだ。


「くそっ、シャッターが開いていれば外から判別できるんだがな」


 俺がトレーラーのコンテナ内に積まれたガフの中でぼやいた、その時だった。荷台にスクラップを山と積んだ軽トラックが、がたつきながら前をゆくのが見えた。


「見ろよジーナ。あのトラックちょっとおかしくないか?」


「おかしい?……どこが?」


「まず運転手がいない。……それと、荷物が生きてるぜ」


「荷物が?」


 俺はトレーラーに取りつけられたカメラ越しに、軽トラックの挙動を追った。トラックがふらつくたびに、荷台の鉄くずが人間のように身じろぎするのがはっきりとうかがえた。


「……そうか、トラックも荷物も、全部APか!」


「そういうことだ。となればあのトラックがAPの国である運河の向こう側にいく可能性は高い。……目を離すなよ」


「了解」


 俺たちは軽トラックを視野の隅に収めつつ、ゆっくりと敷地内を移動した。やがて軽トラックは速度を緩めると、倉庫の一つに近づいた。


「あれだな。……よし、俺たちもここに停めよう。ジーナ、こっちに来い」


 トレーラーが減速し、比較的大きな倉庫の陰にするりと停車した。同時にコンテナ内の照明が点き、出入り口が開いてジーナが姿を見せた。このコンテナは解体可能な『張りぼて』で、地下への侵入口を見つけ次第、ばらばらにしてガフで移動することになっていた。


「やはりあそこ入ってゆくようだな。……シャッターが閉まったらガフで外に出るぞ」


 俺たちはトレーラーのカメラが映し出す映像を、端末のモニターで注視した。軽トラックは倉庫の前で停まると、シャッターの脇に据えられたセンサーらしき装置にライトの光を浴びせた。


「ライトの明滅がロック解除の暗号になってる。よく見てみんなで覚えるんだ」


 トラックのライトがまるで人間に語りかけるように合図を送ると、センサーについている赤いLEDが青く変化した。俺たちは開いたシャッターの向こうに軽トラックが吸いこまれてゆくのを見届けると、コンテナの解体を開始した。


 低いモーター音と共に四方の壁が消えると俺たちの前に昼間の光が溢れ、倉庫が見えた。


「よし、行こう。ガフ」


 俺たちはトレーラーの荷台から降りると、軽トラックが消えた倉庫の前に移動した。


「ガフ、さっき軽トラックがやった点滅のパターン、覚えてるか?」


「うーん、なんとなく。…とにかくやってみるよ」


 頼りない返事と共にヘッドライトが点き、シャッターの脇のセンサーを照らした。


 ぱしぱしという光の瞬きを記憶をなぞりながら眺めていると、しばらくして唐突にセンサーのLEDが赤から青に変わった。


「でかしたぞ、ガフ!」


 ガフの照れたような笑いを聞きながら、俺たちは開放されたシャッターの内側へと侵入していった。倉庫の中は薄暗く、スペース全体が巨大なゴミの山によって占められていた。


「おかしいね、ピート。軽トラックが消えちゃったよ」


 ジーナが倉庫の中を眺め回していった。俺は今回の潜入のために用意した特製サングラスを装着すると「いいんだ、これで。……ガフ、ゴミの山にゆっくり入るんだ」と言った。


「ええー、ゴミの中にかい?」


「俺の予想通りだ。……大丈夫。ゴミ塗れにはならないから心配するな」


 俺はしり込みするガフを宥めると、前方を見据えた。やがてガフがゆっくりと動きだし、俺たちはゴミの中へと突っ込んでいった。


「……あっ」


 気が付くと、俺たちは巨大なテントの内側にいた。前方には四角い装置が据えられ、目の高さに先ほどと同じようなセンサーがあるのが見えた。


「凹凸のある樹脂製のシートに、外からゴミの映像を映していたんだ。マッピング映像は時間と共に変化するから、偽物とは気づきにくい」


「ずるいや、知ってたんだね、ピート」


「いや、予想だよ。地下に降りられる昇降装置があるとしたら、ゴミの山の中以外にない」


 俺が大雑把な説明を口にした、その時だった。正面の装置から、俺のサングラスに向けて光が放たれた。網膜の読み取りだ。俺のサングラスにはセキュリティを騙す汎用パターンがプリントされており、うまくいけばエレベーターのロックが解除されるはずだった。


 やがて、ごおんという重い音が響き渡ったかと思うと、ガフと俺たちの乗っている床が少しづつ沈み込んでいった。どうやら昇降装置が無事に作動し始めたらしい。


「う、動いたよピート」


「ああ。いよいよ地獄めぐりの始まりだ。運河の下まで下がるから、ゆっくりしてようぜ」


 俺は自分に言い聞かせるようにつぶやくと、サングラスを外してシートに背を預けた。


              〈第十八回に続く〉

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