トラック14

ミネルヴァの梟は夕暮れ時に旅立つ ――ヘーゲル

 ――ハロー、迷える子羊たち。これからの俺たちの話をしよう。


 あの夜、俺たちの目論見はほどほどの成功を収めた。だれかさんという有名人のおかげか、電子著名は欲していた倍近く集まり、色んな業界の有名人もそれに乗っかったとかで、SNS上でもちょっとした騒ぎになっていた、らしい。けれどそれはあくまでネット上のバカ騒ぎの域を出なかった。文化監理局の息の根を直接止めたのは、俺たちの力だと言うのは少し忍びない。一番彼らの首を締めたのは、世間のなかに音楽監理局の行ってきた悪事が露呈し始めたことだ。立役者は言わずもがな、父親殺しで院卒の肩書を得た“彼”だった。メディアは沈黙を貫こうとしたけれど、人の口に戸はさて立てられないからね。

 悪どい利率の中抜きやら脅迫まがいの徴収やら、そもそも好感度が高くなかった音監サマだから、テロ未遂の悪名が広まるまでにたいして時間はかからなかった。最終的には火消しに近い形で、文化監理局と一緒に、それまでの罪過を揉み消されることになる。「民意を図って」という名目で文化監理局はお流れ。音楽監理局は規模こそ縮小したが、著作権管理の業務の需要とオイシイ利権としての役目があるからだろう、決して消えてなくなったわけじゃない。

 ただ、例のライブの後から少し規制が緩くなったと言われているとか、いないとか。完勝とは言えないまでも、それに関しちゃ俺たちの勝ちだと言えなくもない。

 だが、一〇〇%の善がないように、一〇〇%ウケのいい話なんてのも、この世には存在しないらしい。あのライブはなかなかの盛況に見えたが、その裏では「うるさい」「やめさせろ」「迷惑だ」と騒音を訴える苦情が大学本部にガンガンに入れられたらしく、あのあと俺たちはめでたく出禁をくらった。夜中に公共の場で騒音騒ぎなんて、やはりロックなんぞたしなむ連中はけしからん、反骨精神なんぞくだらんと、良識ある方々にはますます嫌われた。ざまあない。中指を立てたのをちょっと怒られたりね。

 まあそれからも、各々に色んなことがあった。学内のコンペでちょっとした賞を取ったり、一足遅いスクールライフを楽しみにしてたり、ブラックの魔窟から無事抜けだしたり。頑張り屋のあの子はなんとか第一志望に受かり、その片割れも一年経って無事少年院を出、今じゃ幼友達とよろしくやっている。俺なんかは借金のツケを払わされたよ。今度ロードショーするらしいからよければ見てやってくれ。これじゃ本業が迷子だな、全く。


 さて、昔話もいい加減終わりにしよう。大事なのはいつだって、これまでじゃなくこれからだ。

 まず一つ目。再来月の三月から追悼ライブ第二弾と称したツアーが始まる。今度はやっつけじゃなく正真正銘、タカトの命日になぞらえて。あと俺の三十歳祝いも兼ねて。チケットの予約は概要欄のURLからよろしく。

 それにしても三十ってのは我ながらびっくりだな。若い頃は二十七までに死ぬつもりで、遮二無二でやってたのに、気づけば親父が“親父”になった年齢になろうとは。信じらんないねえ。憎まれっ子世に憚るというやつか? 悪運だけは強いからな、どうせならしわしわの爺さんになるまで生きてやるさ。

 そして二つ目。俺たちがさんざん考えて、考えあぐねてきた問いを、そちらにもぶつけよう。

 あんたにとって音楽とはなんだ?

 あんたに譲れないものはあるか?

 模範解答なんてもんはない。答えがあるのは自分の胸の内だけだ。

 ちなみに。参考までにタカトの答えをお教えしようか。

 あなたにとって音楽とは何かと訊かれた時、羽山タカトはこう答えたという。

 曰く、真理であり、道であり、命だ、と。

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倫理観 澄田ゆきこ @lakesnow

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