上善は水のごとし ――老子 (3)

 羽山貴仁と初めて会った時のことは、なんとなく覚えている。その時立川は、まだ赤ん坊と幼児の間といった具合の、本当に幼い子どもだった。母親の足元に隠れていた自分のもとに、あの人はしゃがんで目を合わせてきた。頭に優しく載せられた手が、大きくて、ごつごつとしていた。白昼夢のように朧気な記憶は、それでも確かに頭の中に残っている。そのことを話した時、母親からは「ほんとお?」と笑われてしまったし、祖母からは「どうしてこの子はそんなくだらない嘘をつくかね」と諫められてしまったけれど。

 次に思い出されるのは、母親の入院している病院のもとへ、父親の手に引かれて行ったこと。大きな手にぶら下がるように手を握っていた。空や、道端の草花や、車や、水たまりに映る雲や、色々なものを見ながら話をした。

 もともと、家にいる母親よりも、テレビの中にいる母親を見る方が多かったと思う。母親が体調を崩しがちになってから、正直なところ、立川は嬉しかった。母親は入退院を繰り返していたが、退院してからしばらくは、母親と一緒にいられる時間が、それまでよりもずっとずっと増えたから。

 絵本すらドラマチックに読んでみせる母親の読み聞かせが好きだった。

 母親の作る、ホットケーキミックスを揚げたドーナツが好きだった。母親の料理は、三回に一回くらいは失敗作ができる代わりに、五回に一回くらい大成功するという、不可解なまでにギャンブル性が高いものだった。母親が臥せっているときや入院している時の、常に大味な父親の料理も好きだった。二人にぎゅうぎゅうに挟まれながら寝るのが好きだった。三人でいれるほんの短い時間が、宝物みたいに愛おしかった。

 小学校に入ったばかりの頃、子ども同士の喧嘩の最中で立川が相手を引っかき、学校まで親が呼ばれたことがあった。こちらが先に手を出したこともあり、その上相手は女の子だった。まして親がそれなりに有名とあれば、完全にこちらの分が悪かった。

 連絡はまず母親に行っていたが、急なことだったのですぐには戻ってこれなかった。代わりに、どうにか仕事に折り合いをつけられた父親の方が来た。父親が自分の言い分も聞かぬうちから相手に深々と詫びたことが、立川にはショックだった。酷いと思った。何もやみくもに暴力に走ったわけではない。小さな頭の中には小さいなりの正義を持っていたが、大人同士の話し合いにはその弁解の余地すらなかった。挙句の果てには頭まで下げさせられた。向こうが悪いのに、と立川は短い半生の中でも最大級の理不尽に歯噛みしていた。「謝りなさい、陽介。手を出したのはお前が悪いよ」という声は、いつもの穏やかな父親よりもずっと低く冷たい声で、怖かった。

 どうにかことを丸く収めた帰り道、父親の手を握ったまま、立川は意図的に目を合わせなかった。拗ねた立川の様子に小さく笑って、だけど目だけは厳しいまま、父親は言った。

「暴力はよくなかったな」

 返事をしない立川。握っていない方の手で、ランドセルの肩の部分をぎゅっと握った。

「どんな理由があったとしても、手を出すのは良くない。痛いことをされたらお前だって嫌だろう? 傷つくのは身体だけじゃない。心も一緒に傷つくんだよ」

 地べたを踏む自分の靴を見ながら、涙がこぼれそうなのをじっと耐えていた。

 ふて腐れていたら、「陽介」と、普段よりずっと真剣な声がした。そのまま父親は足を止め、自分と同じ目線の高さまで腰を落とした。

「何かわけがあったんなら、話してごらん」

「……いい」

「陽介だって、何の理由もなく手を出したわけじゃないんだろう?」

 小さく、頷いた。それでも頑として何も言わない立川を見て、「母さんになら話せる?」と訊かれた。それにも小さく頷いた。

「どうしたのよおーこの意地っ張りさん」

 仕事から飛びかえってきて間もなく、母親が立川の頬をぐにぐにとこねた。一日中拗ね通して、父親の手を焼かせていた立川だったが、母親の膝の中にすっぽりと収められると、張りつめていた気持ちがぐっと緩んだ。

「怒んないでやってよ、幸さん。俺からたっぷり絞られたから」

 洗い物をしながら、どこか気疲れした様子で父親が言った。

「わかってるって」

 お父さんに怒られたら優しくすんのがお母さんの役目だからねー、と言って、母親の手が髪をそっと梳いた。手櫛の感覚が心地よかった。

 どうしたの、と訊かれ、少しだけ躊躇ったけれど、立川は話した。

「おまえんち、おかしいって、言われたから」

「あらあら。なんでまた」

「ふつうは、結婚の方が先なんだって。子どもが先なのはヘンだって。そういう家は、大人がしっかりしてないんだ、って」

「そう。悔しかったの?」

 ん、とくぐもった返事は、ぼろぼろと零れる涙で声にならなかった。

 最初は声のことだった。ヘンな声、といつもやっかんでくる女の子が、また数度目のちょっかいをかけてきただけ。小学生にして自分が可愛いことを自負していそうな子だったから、「うっせえぶーーす」と立川が打ち返しても、小さな頬を少し膨らませただけだった。代わりに「生まれ方がヘンだったから、声までヘンになったんだよ」と、勝ち誇ったような顔をされた。それから件の台詞だ。自分のことまでは我慢できても、親のことまで馬鹿にされるのは、当時の立川には我慢ならなかった。

「そんな女引っかいて正解じゃない。むしろよくやった」

「ちょっと、変なこと教えるなよ幸さん」

「だって、あんなの絶対親の言葉でしょ? 常日頃から親が言ってんのよ、子どもにさあ。ざまあないじゃない」

 けらけらと笑う母親に、「そういう言葉も覚えるんだよ、子どもは」と父親は苦々しげだった。

「女の子殴るような男になっちゃったらどうするわけ?」「ああいうのは大概親から殴られて育ってるから、うちは大丈夫だって」「そういう問題じゃない」

 やいのやいのと口論を続けるふたり。「もうしない」と口を挟むと、「そーねーお父さんにたっぷり怒られたもんねえ」と、また母親の手が頬をこねた。

 自分たちは紛れもなく家族だった。幸せだった。あの頃の自分は世界の何よりも弱くて、だからあらゆるものに守られていたのだと、立川は思う。


 一緒にいられた日の思い出がとりわけ甘美なのは、家族三人が揃うことがほとんどなかったからだ。

 小学校に上がってからはずっとそうだった。放課後は学童があって、同じように両親が働いている子どもたちと寄り集まって過ごした。

 おやつを食べ、宿題をやらされ、少しの間ドッジボールやらサッカーやらに興じれば、あっという間に日が落ちる。夕飯時には帰らなければならない。家に帰っても一人。ごくたまに、テレビの画面越しに母親が、あるいは父親が映る。立川はほとんど毎日、特に面白くもないテレビをぼんやりと流しながら、一人でコンビニの弁当を食べた。一日に与えられるご飯代は五百円。余ったお金は小遣いにしていいと言われていた。

 自由気ままな生活は嫌いじゃなかった。いくら行儀の悪い食べ方をしても、夕飯の前におやつを食べても、普段は怒られるような無茶な遊びをしても、咎める人は誰もいない。

 だが寂しくなかったかと言われれば嘘になる。学校行事の日に親を見つけた子どもや、避難訓練で親から迎えに来てもらえる子どもの、無邪気できらきらした顔に、何とも言えない悔しい気持ちになったこともある。なんでうちは違うのだろう、と。

「親が有名人なんていいなあ」とむやみに羨まれることもあるが、暮らしぶりは彼らが想像するほどいいわけでもない。むしろ、帰ると家に親がいることや、一緒に食事をするのが当たり前なことの方が、立川にはずっと羨ましかった。

 女の子を引っかいた一件から、問題を起こせば親が一緒にいてくれるのではないかと考えたこともあった。わざと宿題を出さなかったり、掃除中に遊んでガラスを割ってみたり、嫌いな先生の靴に虫を入れてみたり、苦手な授業の時に教室を抜け出して、そのままどこかへ行ってみたり。大中小さまざまな悪戯を重ねて、彼は一躍問題児となった。

 彼の狙い通り、両親が学校に呼び出される羽目になったものの、そこに楽しい時間はなかった。あるのは謝罪と重たい空気だけ。女の子を引っかいた一件と違って、立川のなかにあったのは正義ですらなかった。言い訳のしようがなかった。甘やかされるどころか、貴重な休みだったのにと母親は苛立っていたし、父親はずっと複雑そうに顔を曇らせていた。「どうしてあんなことをしたんだ」と言われても、立川にはうまく答えられなかった。

 構われたかった。叱ってもいいから、こっちを見てほしかった。一緒にいてほしかった。だけどそんな子どもじみたことを言えるはずもなかった。仕事が大変なのは、彼らが悪いわけじゃない。

 けれど、ある日、泊まりに来た祖母から「おうちにお父さんもお母さんもいないのは寂しいわよね」と決めつけられると、立川は躍起になって平気だと言い張った。

 祖母と母親とは、あまり折り合いがよくなかった。断りもなく結婚したとかで、祖母は父親のことをひどく嫌っていた。自分が頷けば、それを口実に祖母が両親を責めることは目に見えていた。

「小さい子どもじゃないんだからさ。バカにしないでよ」

「せっかく心配してやってるのに。可愛くない子だね」

 ちっとも懐かない孫のことを、祖母は忌々しそうに見て、そう吐き捨てた。「おばあちゃんとちゃんと仲良くしなさい」と父親には諫められた。こんな時にも自分の味方をしてくれないのかと、立川はまた拗ねた。

 その日の夜、自分が寝室に引っ込んだ後。母親が帰ってきてから、「子どもに無理させて、あんな小さい子が寂しくないわけないのに」と祖母が母親をなじる声が聞こえた。あるいは、「あんたたちの育て方が悪いから、あんな困った子になったんじゃないの」と。

「だから仕事なんか辞めなさいって言ったのに。子どもとどっちが大事なの。そんなに仕事がしたいならいっそ私に任せてくれればいいんだよ。子どもが可哀想でしょう」

「何よいまさら親ぶって」

 母親が金切り声をあげた。“大人”としての母親ではなく、まるで少女のような悲痛さで。

「私がお父さんから何をされても助けてくれなかったくせに、勝手なことばかり言わないで」

「あのとき、あのろくでなしの代わりに生活費を稼いでたのは誰? 子どものまま子どもなんか作ったあんたに世話の仕方を教えてあげたのは? 本ッとうに恩知らずねあんたは」

「そっちこそ、恩を押し売りするのもいい加減にして」

 一度火のついた祖母は止まらず、口論はどんどんヒートアップしていく。父親がそこに割って入った。

「とにかくうちは大丈夫ですから、お義母さん」

 彼は穏やかに、だけどきっぱりと告げた。

「陽介はあれでも話せばちゃんとわかる子だし、しっかりしています。お義母さんにご迷惑をかけるまでのことでもないです。うちのことはうちでなんとかします」

「あなたも“教会の子“のくせによく知ったようなこと言えるのね。家族を知らないのにまともな家族になんか作れるの? こんな両親に育てられるあの子が不憫だわ。あの子はうちで引き取ります。あの子だってその方が幸せに決まってる」

「何が幸せかを決めるのは陽介ですよ、我々じゃない」

「そんなこと子どもにできるわけないでしょ」

 それからもしばらく、言い争う声は続いた。翌日「陽ちゃんだって、おばあちゃんと暮らすほうがいいよねえ」と、昨日と同じ猫なで声で尋ねられて、立川は「父さんと母さんがいい」ときっぱり答えた。卑猥な言葉でも投げかけられたかのように、祖母はかあっと顔を紅潮させ、「あんたたちが余計なことを焚きつけたんでしょう」と両親に詰め寄った。「お義母さんやめましょうよ、子どもの前ですから」という父親の顔が、うんざりした色を隠してはいなかった。

 立川は逃げるようにランドセルを背負い、家を出た。無理に両親を拘束しようとしたところで、誰も幸せにはならないのだと知った。自分の渇きが決して満たされはしないことも。


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