第105話

病院まで向かう途中、会話はなかった。

そんな余裕は、なかった。


別の意味で・・・


あっという間に、病院に着いた。

病院の名前は・・・

いや今はいい・・・


「手術は成功したんですか?」

「一応はね」

「一応?」

「さくらは、君が来るのを待ってたんだよ」

「僕が・・・」


みずほさんに、下ろしてもらう。

情けないが、今は気にしていられない。


(泰道くん、ありがとう)

みずほさんの声は、耳に届かなかった。


玄関のところに、医者と看護師・・・

静養所の方、そして、さくらの家族がいた。


さくらは、車いすに座っている。


「泰道くん、来てくれたんだね」

「わかるの?」

「うん。あなたの匂いは特別だから・・・」

「そうか・・・」

安堵のため息が出る。


「さっ、さくらちゃん。包帯とろうか?」

「はい。先生」


さくらの、その声に医師は、さくらの顔に巻かれた包帯を取った。


「ゆっくりと眼を開けてごらん」

さくらは、そっと眼を開ける。


「・・・える・・・見える。見えます。先生・・・」

さくらは、泣きだした。

この前とは、別の意味だろう。


「泰道くん、早速だけど・・・」

「何?」

「青い物、持ってきてくれた?」

さくらは、微笑む。


久しぶりに見る気がする。


僕は持ってきた、ステンドグラスを手渡した。


「泰道くん、これは?」

「それで、空を見て」

さくらは、空を見る。


「泰道くん、これは?」

「青いバラ。不格好だけど・・・」


場が白ける・・・

まずかったか・・・


「・・・とう・・・」

「えっ?」

「ありがとう・・・泰道くん、私、嬉しい・・・凄く嬉しい・・・」

それ以上は、言葉が出なかった。


その後のやりとりは、記憶からこぼれ落ちてた。

でも・・・


人のよさを、初めて知った気がする。


そして・・・


「泰道くん、今日からはスポーツの特訓よ」

「たくさんあるね。さくら・・・」

「まずは、野球から。私とキャッチボールね」

以前の関係に戻ってしまった。


  ≪私、もうあなたと恋人になりたい≫

  ≪もう少し待ってくれ≫

  ≪えぅ?≫

  ≪今の僕には、まだ君を支えるには、時間が必要だ。その時間をくれ≫

  ≪じゃあ、その時は・・・≫


さくらの素情はどうでもいい。

今、君がいるだけで、僕は・・・


こうして、以前の関係に戻ったわけだが、ひとつだけ変わろうとしている事がある。


さくらは、スカートをはくようになった。

スポーツをする時意外は、いつもスカートだ。


「重くない?」

「平気?」

「動きにくくない?」

「大丈夫」


「泰道くん」

「何?」


あの病院は、青空病院。

必然だったかもしれない。


「私も、君がいるだけで、幸せだよ。ありがとう」


【大好きだよ】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君がいるだけで 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る