レポート35:『運も実力のうちとはまさにこのこと』
攻守交替し、4回戦後半。
黒木先輩の集中力は相変わらず、視線の配りようからパスと言わんばかりに油断も隙もあったもんじゃない。
パスだけでなく、ドライブで切り込んでくることも考えながら動かなければならないのだから、目に見える情報だけに頼ってもいられないから困りものである。
「―――」
インサイドであれば氷室の方が高さで勝る。
逆に多田野先輩にパスを出されてしまっては、富澤に高さで勝ち目はない。
どちらに勝機があるかは一目瞭然。
ならば、絶対に黒木先輩から多田野先輩へのパスは阻止しなければならない。
またさっきのように抜かれた先、スクープシュートの要領でパスを出される可能性もある。
だが、今までの傾向から考えてみるに久保先輩へのパスが一切ない。
シュートが下手で得点率が低いのか、氷室を恐れてのことなのか。
しかし、多田野先輩、黒木先輩自身と来て、流れからして今度は久保先輩が得点すると見て間違いないだろう。
それが怪しく、とりあえず多田野先輩へのコースを塞がしてもらう。
「
右手のボールに飛びつくも、後ずさりされて空振りに終わる。
その後、こちらの体勢が崩れた先にまたガラ空きの左サイドからゴール下にドライブで切り込んでいく。
頭の悪い先輩のことだから、未だに気づいていないのだろう。
何度も同じ手を使っているのは、そうするしかないというわけではなく、敢えて同じことを繰り返すことで、黒木先輩のプレーを誘導しているのだということを。
同じことを反復することで、黒木先輩の身体が自然と、流れに沿って勝手に動いてしまうように仕向けている。
「……っ!」
黒木先輩が切り込んだ矢先、氷室が先輩の前にすかさずヘルプに入る。
同じ動作を繰り返しているから、次に黒木先輩がどういう行動を取るのかが見えてしまう。
だからこそ、氷室の対応も早く、先輩の足を止めることができていた。
「―――」
ここで、先輩の動きに一瞬の動揺と、抜くかどうするかの驚きと迷いが生じる。
立ち止まったその瞬間が、スティールできる絶好のチャンス。
そう思い、身体を反転させて先輩の左手にあるボールへ向かい足を動かして見れば、フリーになった久保先輩がアイコンタクトを送りパスを待ち侘びていた。
――ここでパスかよ……!
予想はしていても、やはりバスケ部の動きについて行けるかは別の話。
それでもここで、先輩たちに得点を許し、勝機があると勢い付けてしまっては、こちらのプレーにも支障が出かねない。
敵チームの連続得点は、味方に少なからず精神的プレッシャーをかけることになる。
だからこそ、こちらはミス一つなく、淡々とプレーをこなしてきたというのに先輩たちのプレーは、対抗心を燃やしている所為か、逆にキレが増しており、対応に困る。
「へい!」
突如、多田野先輩から声がかかり、氷室の顔はそちらに向いてしまう。
こちらも一瞬、本気でシュートを決めに行こうとする姿勢を見せる多田野先輩の雰囲気からボールがそっちへ行くことを考えてしまう。
けれど視線を戻してみれば、久保先輩にパスを出そうとする黒木先輩の両手があり、手を伸ばしても届かないと直感する。
氷室が気づく頃には、ボールは久保先輩のもとへと放たれている。
「おわ……っ!?」
すると突然、走っていた足が縺れ、前のめりになる。
反射的に片足を強くドンと床に叩きつけて地面を蹴るも、倒れ込む姿勢に変わりはない。
「~~っ!」
ダイブする形となっても、ボールを直視し続け、声にならない叫び声を上げながらも、ボールに手を伸ばす。
そんな中ふと『人はどうあがいてもパスの速さには追いつけない』という言葉が脳裏を過ぎる。
その言葉を思い出した刹那、ボールが指に触れ、突進している身体の勢いに任せて、ボールが軌道を変える。
「な……っ」
無様に「いでっ」と顔面から体育館の床へ叩きつけられれば、目の前には転げ落ちたボールがあった。
「―――」
起き上がって辺りを見回すと、怪訝な反応を見せる敵と、呆れた味方からの視線が飛んできていた。
「ふ、計算通りだぜ……」
「嘘つけ」
氷室からの軽いチョップを頭に食らいながら、垂れた冷や汗を拭う。
まぐれにしろ、なんにしろ。
これで勝負は4対2のまま5回戦へと移行する。
――さあ、次でラストゲームだ。
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