レポート19:『それはお茶の間のひと時のようにほっとする回』

 その日の放課後。


「違うってよ」


 生徒会室にて、無邪気な笑顔で氷室は同じ言葉を口にしていた。


「そう……」


 それに対し長重は腕を組み、考え込む。


 結局、送り主は誰なのかという振出しに戻り、どうしようもない空気が広がっていた。


 そんな中啜る、松尾の淹れたてのコーヒーは最高で、松尾からクッキーの盛り合わせも差し出される。


 市販のものかと思うも、見た目からして手作りだとわかる。

 2年の1学期に家庭科の授業で調理実習などやってはいない。

 だからおそらく、家でわざわざ作って来たのだと推察する。



「―――」



 食べてもいいのか、松尾に目で訴えかけてみれば、笑顔で頷いていた。

 そうしてクッキーに手を伸ばした次の瞬間、さっとクッキーを盛った皿が遠のく。

 松尾の思わせぶりの態度に眉を寄せると、松尾は悪戯っ子な笑みを浮かべていた。


「フードを取ったら、食べてもいいよ」


 何を意図して、発言したものなのか。

 松尾の条件に数秒、思考を働かせてみるも、わかるはずもなく。


 もう一度クッキーを目に『さぞかしお茶と合うだろう』と唾を飲み込む。

 コーヒーがあれだけ美味しかったのだから、合わないはずがない。



 ――ただ、



 松尾に素顔を見せてもいいのか、彼女が『あの子』であったなら。

 そう考えるだけで躊躇わずにはいられなくなる。


 迷っている最中、松尾の表情を窺えば、どこか真剣な眼差しで訴えかけていた。

 ほんの数秒の葛藤の末、仕方なくフードを取ることにした。



「―――」



 あまり見られたくはない顔を松尾はまじまじと見つめてくる。

 顔を覗き込むように接近し、松尾の瞳に自分の顔が反射して見える。

 それがわかるくらい、松尾との距離が近く、後ずさりする。


「うん。よろしい」


 何が良かったのかはわからないが、クッキーの皿が返ってくる。

 何だか餌待ちの犬のような扱いだったが、クッキーにより許していた。

 ほんと、クッキーのように甘い男である。


「……っ!」


 クッキーを一口し、サクッとした食感と広がる甘さに思わず舌鼓を打つ。

 暖かなコーヒーが程よく緩和して、朗らかな笑みが零れる。


 猫を眺めている時とは別の、ほのぼのとした感覚に「ホッ」と息が漏れる。

 犬のような扱いは些細なことに思え、コーヒーと共に流していた。


「ふふ」


 松尾の微笑を気にすることもなく、もう一枚手に取り、口へ抛る。

 市販よりも、パサつきが少なく、サクサクと食べやすい。

 コーヒーを飲めば、甘味を欲し、クッキーが苦味をマイルドにし、手が止まらなくなる。


 生徒会も悪くはないなと、我ながら現金なヤツだなと思う。


「俺もくれ!」


「私も私も!」


 すると氷室が声を上げ、長重も挙手して、クッキーを取る。


 二人ともクッキーを咀嚼すると、紅茶やコーヒーを口に含んでは、揃って息を「ホッ」と漏らしていた。


 生徒会長含め、副会長、会計ともに松尾に餌づけされた瞬間だった。


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