魂の説得

「どういう事だ、テノラ」

「アハハハハハ!! ありがとうねベルン! 私のために協力してくれて!!」


 テノラはウォイドとベルン、両方の協力者であったが、今この瞬間、彼女は両者共に裏切った。


「じゃあね!」


 そしてテノラの言葉に呼応するように、再びアポカリプスが動き出す。


「離れろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 咄嗟だった。燈は自分が動けもしないのに、その場の生存者全員に呼び掛ける。


「これはまずいな…! 来い、一先ず状況を立て直す!!」


 生き死にの瀬戸際、同じく事態の危険さを痛感したベルンは、動けないと見抜いた燈を抱えた。


「ま、待てよ! アンタのリュドルガを使えば…!!」

「テノラの力でリュドルガの主導権はすぐに奪われる。ここは足で逃げるしかない!」

「くっそ……!!」


 ベルンの正論に燈は顔を歪ませる。


「カグさん!! 早く!!」

「サーラ……!! サーラ……!!!」


 バアルもまた、アポカリプスに向け手を伸ばしているカグを無理やり引っ張りながら、その場を脱出しようと試みる。


『ギュォォォォォォォォォォォォォォ!!!!』


 アポカリプスによって祭壇が崩壊を始める。天井から落石が発生し、建築の要である柱がピキピキと音を立てて、ひび割れる。


「走れ!! このままだと神殿が崩れるぞ!!」

「は、はいっ!!」


 逃げようとするベルン達、しかし祭壇から離脱しようとする彼らをアポカリプスが黙って見逃すという選択を取るはずが無かった。


『ギュゥゥゥゥゥォォォォォォ!!!!』


 アポカリプスは大きく口を開くとそこにエネルギーが集約されるように、大気が密集する。


『ギュァァァァァァァァァァァッッッッッッッ……!!!!』


 そしてどの属性魔法にも該当しないような、白色の光線を燈達目掛けて放った。


「ダメか……!!」


 アポカリプスの目の眩むような輝きの攻撃に、薄目を開けて口角を吊り下げる。

 万事休す、そう思った時だった。


火の壁フレイム・ウォール!!!!」


 しかし、燈達の向かおうとする方向から凄まじい速度で彼らの元まで到来した人物が、アポカリプスの攻撃を防ぐように火の防御壁を張った。


「エリス!!」


 自身の大剣を空に振る事でそれを成した彼女に燈は声を掛ける。


「っとぉ間に合ったな……!! 状況はどうなってるアカシ!!」

「サーラ様があの魔獣に取り込まれた!! 今は体制を立て直すためにここから逃げる!!」

「りょーっかい!!」


 燈の言葉を聞いたエリスは、すぐさま踵を返し、虚ろな目のカグとベルンに支えられていた燈を圧倒的な体格差にも関わらず、肩で担いだ。


「一階一階降りてって脱出なんて事してたら間に合わねぇ!! 飛び降りるぞ!!」

「仕方が無い…!!」

「はい!!」


 エリスの言葉にすぐに了承したベルンとバアルは彼女を追うように走り出す。

 祭壇から出てすぐ目の前には一メートルにも満たない壁と、等間隔で立てられている柱がある。これは五階の周り全てがこういう構造であり、飛び降りるには十分すぎるスペースだった。


「で、でも…エ、エリスさん!! ここ五階ですよ!!?」

「身体強化で最大出力だバアル!! 後は気合で何とかしろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 そう叫んで、成人男性二人を担いだエリスは、軽く跳躍し、壁の上部に足を掛け、一気に力を入れて飛び降りた。


「っ…!!」

「わあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 意を決したベルンとバアルの二人もそれに続く。

 そして約二秒後、大きな音を立て、六本の足が地へと立った。

 下では、防人とベルンの護衛団が未だ戦闘を継続している。大量のリュドルガの死体、そしてサーラの力が施されなくなったため、大量の死体がそこらかしこに転がっていた。


「アカシと言ったな…?」


 ベルンは足へのダメージに少し苦悶の表情を見せながらも、ベルンは凛とした態度で燈を見た。


「あ、あぁ」

「聖地の民の避難所は何処だ?」

「へっ…そんなの敵のお前に言うわきゃねぇだろ…!」


 燈とカグを降ろしながらエリスはベルンを睨み付けるが、それを宥めるように彼女の肩に燈は触れる。


「地下だ…ここから少し歩いたところに入り口がある」

「っておいアカシ!?」

「今は皆の安全を確保する事が最優先だ…いがみ合ってる場合じゃない」

「……」


 燈の言葉に納得したのか、それ以上エリスは何か言う事は無かった。


「聞け!! 今からお前達に新たな命を下す!! あの叫び声とこの揺れを起こしている魔獣、名をアポカリプス!! 我々は早急に奴を倒さねばならない!!」

「で、ですがベルン様!! 聖地のエルフとの戦いは…!!」

「くどい……!! 事態は既に私の予測を超えた次元に達している!! 今お前達がしなければならないのは、この国を守るため…いや、世界を守る事だ!!」


 ベルンの言葉に、彼女の護衛団の動きは止まる。


『皆さん!! サーラ様はアポカリプスに取り込まれました!! よって、今指揮権は私に委譲しています。護衛団と協力し、対象を避難所から遠ざけつつ、時間を稼いでください!!』

「そ、それ…どういう事!?」


 防人の誰もが、ミラの言葉に驚いたが、もっとも驚愕の表情を見せたのは唯一隊長の中でこの場にいた、四番隊のアリューだった。


『ギュォォォォォォォォォォォ!!!』


 しかし、そんな感情に浸っている暇はない。再びアポカリプスの叫び声が聞こえたかと思うと、激しい音を立てながら神殿の上部が崩れ始めた。

 巨大な落石、凄まじい風圧が下にいる全員を襲う。


「くっ……!! 急ぐぞ!!」

「そ、それにしたってこんな状況じゃ……!!」


 舞う土煙に目をやられながら、燈は言葉を漏らす。

 その時、燈が聞き慣れた声を耳にする。


「ふざけんなぁ!!!!」

「っ…、デフ…!!」


 そう言ったのは、兵士として戦いに駆り出されていたデフだった。

 彼の目には未だ、憎しみの炎と、怒りの眼差しが混在している。


「元はと言えば、その女が聖地に戦争を吹っ掛けて来たのが元凶だろうが!! それなのに今は国のために戦えだぁ!? 都合が良すぎるにも程があるぜ!! 俺は許さねぇ、てめぇらのせいでジギルが死んだ!! お前らのせいで俺達の平和が滅茶苦茶にされた!! てめぇらと協力するなら死んでやる!!」

「防人のお前、今はそんな感情論で動いている場合ではない。あの魔獣を倒さなければ、この国が亡びるかもしれないんだぞ…?」

「うるせぇ……!! 偉そうに言いやがって!! 自分が都合の悪い時だけそうやって、何様のつもりだよぉ!!」

「そ、そうだ…!! 俺達はお前達のせいで戦っている!! この数十分で死んだ仲間もいる!! それなのに…!!」


 デフの言葉に、その場にいた防人達が同調し始めた。

 

 ま、まずい……!


 事態の悪化に燈の心臓の拍数が増す。


「お前ら!! 今はそんな事言ってる場合じゃ…!!」

「黙れぇ!!」

「っ!?」


 いつもは物怖じしないエリスだが、デフの鬼気迫る表情に思わず体を引く。


 駄目だ!! このままじゃ!!


「俺はジギルの仇を取る!! 何としてもな!! コイツらを殺して、次はてめぇの首を獲る!!」


 そう言ってデフは再び武器を手に取ると、護衛団の兵士へと向かって行った。

 当然それに応戦するように武器を構える兵士、後は水面の波紋のように他の防人と兵士も応戦するように戦おうと意思を見せる。


 その光景に、燈は堪らず声を荒げた。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

『っ!?』


 戦場で轟く、怒声。

 燈自身、自分でここまでの声を出せたのに驚く。


「ミラさんやベルンさんが言ってただろ!! 今はそんなことしてる場合じゃない!! このままじゃあ皆死ぬかもしれないんだよ!!」

「アカシ…てめぇどっちの味方だよ…? そこにいる女は…!!」

「分かってるよ!! 俺だってこの人を許せない…!! だけど、そうやって連鎖が続く…!! 誰かが誰かを傷つける…その負の連鎖が…!!」


 転がる無残な死体を横目に入れながら、燈は涙を流す。


 燈は日本で生活する普通の営業マンだった。彼は本来、戦争などとは無縁の人間である。

 しかし異世界へ来て、彼は今戦争を…多くの人の死に目を見る事態に直面している。

 凡庸だが、誰よりも優しく、人の悲しみに寄り添える彼にとってその光景は到底看過できるものでは無かった。

 心を通わせる事の出来た友を殺され、留まる事の無い戦火の炎は人々を焼き尽くす。

 失った事への悲しみ、奪った者への憎しみと怒り、心は乱され…自信も戦いへと身を投じていく。


「皆…自分の価値観と正義を掲げて戦ってる…。でも、だからって…同じ国の人同士で戦うなんて俺は許せない…!!」

「ンなの綺麗事だろうが!!」

「綺麗事で何が悪い…!!」

「っ!?」


 燈の言葉の切り返しに、デフは目を見開く。


「言っただろ…!! 皆自分の価値観と正義を掲げてるって…、だから俺は…自分の理想を掲げる事にした…俺は、この戦争を止めたい!! それで、また皆で笑い合って酒を飲める日々を…取り戻したい…!!」

「…何でだよ。何でお前はそんなに前を向ける…!!」


 デフは呻くように言葉を漏らす。

 燈は目の前で、ジギルの死を見た。心が折れてもおかしくないはずだ、怒りや憎しみに心を支配されてもおかしくないはずだ。

 なのに、彼は折れていない。それが、デフにとっては甚だ疑問でしかなかったのだ。


「だって、悲しみや憎しみをずっと抱えて生きていくなんて…そんな生き方、悲しすぎるだろ…? 俺は、どうせならみんなに…笑顔でいてほしい」


 凡庸で、人の悲しみに寄り添える燈は…誰よりも人々に笑顔でいてほしかったのだ。

 微笑む燈、その表情に…デフは無意識に涙を流す。何故涙を流したのか、それは彼自身にも分からなかった。


「だから…皆、頼む!! 森だとか、聖地だとか、王族とか関係なく…ただ同じ国民として!! あの魔獣を倒すために、俺達に力を貸してくれ!!」

『……』


 燈の説得は、三十秒にも満たないものだった。その間彼はただ、真摯に自分の気持ちを伝えた。

 だが、その言葉は心に届いたのか…響いたのか。

 気付けば防人も兵士も、交戦の意思が消失したかのように互いの矛を収めていた。


「説得、出来たみてぇだな」


 彼らの様子を見たエリスはニヤリと笑う。


「皆、ありがとう!!」

「……よし、今より防人と私の護衛団を統合し、軍事連合とする!! 目的はただ一つ、魔獣アポカリプスの討伐だ!!」

『皆さん! お願いします!!』

『う、うぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』


 高らかに宣言するベルン、懇願するミラに応えるように放たれる男たちの声…最初は小さな声だった。しかし、どんどん別の声が加算され、兵士と防人達の巨大な雄叫びが完成する。


「私はこれより数名兵士を連れ北門に行き、副団長と合流、全ての兵士をここへ集結させる。妖精、お前も各方面にいる妖精に連絡を取り、我々の事を伝達させろ。防人と兵士、どちらかが邪魔をしてここへの到着が叶わなければ事態の悪化は必至だ」

『……分かりました』

「アカシ、その間にお前は連合軍と魔獣の戦闘を観察し、突破口を探せ!!」

「お、俺が…!?」


 自分を指差しながら、燈は愕然とする。


「何故だろうな…。お前とは会ったばかりなのに、何故かお前に賭けてみたくなった…」

「へっ!! テノラに騙されといて何様だお前!!」


 ガルルルル、と効果音が付与されるかのように歯を食いしばりベルンを威嚇するエリス。


「威勢の良い少女だ。悪くない駒を持っているな」

「あぁ!?」

「駒じゃない、俺の…大切な仲間です」

「っぅえ!?」


 怒り、ガンを飛ばすエリスだったが、燈の反論に変な声を上げる。


「……仲間、か」


 ポツリと呟くベルンは、気を取り直したかのように近くの生存している馬に乗る。


「私は兵士を駒としか見れない。お前のその感覚、少し羨ましく思うぞ……おい!!」


 ベルンはそう言い残し、数名の兵士を連れて北門へと向かって行った。


『ギュゥゥゥゥゥォォォォォォォォォォォォ!!!!!!』


 アポカリプスはけたたましい声を発して、神殿を一気に四階分破壊。燈達と同じ位置まで落下してきた。


『行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』

『巫女様を開放しろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』


 護衛団の兵士と防人が果敢に勇猛に、超常魔獣へと突撃を開始する。


「まずはカグを安全な場所まで連れて行く! 頼めるか、バアル君!」

「はい…! 身体強化で、抱えて運べます!」


 先程のエリスと同じように、カグを肩で抱えて見せるバアル。


「よし!! エリス、俺達はとりあえず周辺で戦闘を見ながら、魔獣の弱点を見つけるぞ! エリス…悪いけど俺に動けるだけの魔力を……って」


 隣にいるエリスを見る燈だが、彼女の表情に彼は怪訝な様子を浮かべた。


「……」

「ど、どうしたエリス…?」


 彼女が使う火魔法のように、彼女は顔を赤くしていた。


「う、うるせぇ!! いいから勝つぞこの戦い!!!」

「あ、あぁ!!」


 誤魔化すように大声を出すエリスに狼狽えるように燈は同調する。


 ウルファスでの最終決戦、戦いの火蓋が…今切って落とされた。

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