第6-5話 佑吾の修行 後編

 レイナス村に来てから数ヶ月、イルダムたちの元で修行を行っていた佑吾は今、レイナス村から少し離れた森の中に来ていた。

 エルードに修行の総仕上げだと言われて、ある魔物と一人で戦うために来たのだ。

 佑吾が歩を進めていくと、レイナス村からある程度離れたことで、雨が降るエリアに入った

 ただレイルナート山脈の雨期もだいぶ終わりに近づいたのか、初めて訪れたときの肌を叩きつけるような雨量から、パラパラとまばらに降る小雨くらいに落ち着いていた。

 視界が雨に煙る中、佑吾はエルードに指定された修行場所を目指して、ひたひたと少しずつ歩いて行った。


 今現在の佑吾の装備は、この山脈に入る前にしていたものと全て一緒だ。

 サチと一緒に川に落ちたときに、装備は流されてしまったのだが、佑吾たちがエルードに助けて貰った川辺に運良く流れて着いていたのだ。それをエルードが佑吾たちと一緒に回収してくれて、傷まないように整備までしてくれたのだった。

 そんな万全の装備の中、佑吾はエルードに指定された場所へと着いた。

 草木が鬱蒼と生い茂り、雨のせいもあって先がよく見えない。

 この付近に、エルードに戦うように言われた魔物の住処があるらしい。


 しばらく佇んで待っていると、周囲からガサガサと草木を揺らす音が鳴り始めた。

 佑吾は警戒度を一気に引き上げると、腰に下げたフレイアルソードを抜いた。

 剣を構え、目だけを動かして周囲をゆっくりと見渡しながら警戒を続ける。

 すると、佑吾の正面、そして背面の茂みから魔物――森林狼フォレスウルフが一匹ずつ現れた。二匹の森林狼フォレスウルフは獲物である佑吾を狩らんと、息を合わせて同時に飛びかかった。

 迫り来る二体の魔物に対して、佑吾はまず後ろに左手だけ向けて<魔盾マギルド>を唱えた。

 すると、佑吾の背中を守るように透明な魔法の盾が現れた。

 その結果、佑吾に食らいつかんと背面から飛びかかった森林狼フォレスウルフは、魔法の盾にぶつかって阻まれ、そのまま地面へと落下した。

 そして正面から飛びかかってきた森林狼フォレスウルフに対して、佑吾は片手で剣を振り上げた。

 剣が森林狼フォレスウルフの顎から頭を切り裂いた。森林狼フォレスウルフは血飛沫を上げながら斬り飛ばされ、そして動かなくなった。

 正面の敵を斬り伏せた佑吾は、そのまま流れるように後ろで起き上がろうとしているもう一匹の森林狼フォレスウルフに剣を突き刺し、トドメを刺した。

 二匹の森林狼フォレスウルフが完全に動かなくなったのを確認した佑吾は、一度剣を振って剣に付いた血を払った。


 血を払い終わった後、佑吾は油断なく辺りを見回した。

 まだかすかに魔物の気配が残っている。修行の成果か、佑吾にはそれが感じ取れた。

 小雨が降り続ける中、警戒を続けていると、佑吾の後ろから雨とは違う水の音が聞こえた。

 即座に反応し、振り向いて剣を振るう。

 すると、剣は魔力を帯びた水の球を両断した。バシャリと水がはじけて佑吾の顔を濡らす。

 佑吾が魔法が飛んできた方角を見やると、二匹の蒼雨狐ネイヴクスが威嚇の声を上げながら睨んでいた。

 蒼雨狐ネイヴクスの水魔法は厄介だ、そう判断した佑吾は、これ以上魔法を打たせまいと蒼雨狐ネイヴクスへ接近した。

 氣術で脚力を強化し、一気に距離を詰める。

 突然の接近に虚を突かれたのか、蒼雨狐ネイヴクスはびくりと動きを止めてしまった。

 その隙に佑吾は、氣術<剛体ごうたい>で肉体を強化し、蒼雨狐ネイヴクスの一体を一刀で斬り伏せた。

 そして残った一匹が、咆哮とともに魔法で幾重もの水の刃を放つ。

 佑吾は冷静に<魔盾マギルド>を唱え、襲い来る水の刃を全て防いでいく。

 そして佑吾は<魔盾マギルド>を展開したまま、蒼雨狐ネイヴクスへと向かっていった。

 蒼雨狐ネイヴクスは佑吾を近づかせまいと次々に水魔法を放っていくが、全て展開されたままの<魔盾マギルド>によって防がれ、佑吾の足を止めることができない。


 (イルダムさんの嵐のような魔法の連撃に比べれば軽いな)


 少し前までイルダムの魔法にメッタ打ちにされていたの思い出しながら、蒼雨狐ネイヴクスに十分接近した佑吾は<魔盾マギルド>を解除するとともに剣を振るった。

 剣は深々と体を切り裂き、蒼雨狐ネイヴクスはキャンと鳴き声を上げて地面に倒れた。


 佑吾が一息つくと、周囲にあった魔物の気配が一層濃くなった。

 どうやら倒した魔物の血の臭いに惹かれたようだ。雨期が終わりに近づき、小雨になったせいで血が洗い流しきれなかったせいだろう。

 だが元より佑吾は、修行で魔物と戦うためにここに来たのだ。魔物が自らやってくるのは好都合とも言える。

 連戦となる気配に佑吾は剣を構え、魔物の襲来を待ち受けた。

 すると、先ほどと同じように後ろの茂みから、何かが放たれた気配がした。佑吾は同じように剣でそれを斬った――しかし、それは悪手だった。


 「ぐっ!?」


 佑吾が斬ったのは、毒々しい紫色の水球だった。

 剣で弾けた毒液が佑吾の体に降りかかり、肉体を毒で侵していく。


 (毒水蛙トキシフロルの毒か!)


 毒を放った魔物の正体に佑吾が思い至ると、答え合わせをするかのように茂みから、大型犬ぐらいの大きさの紫色のカエルのような魔物――毒水蛙トキシフロルが姿を現した。

 毒水蛙トキシフロルはゴゲギャと濁った鳴き声を上げながら、さらに毒の水球を佑吾目がけて吐き出した。

 佑吾はそれを転がるようにして避けると、すぐに立ち上がって魔法を唱えた。


「<毒治癒ポイゾ・キュアル>」


 胸に当てた左手から若草色の魔力が溢れ、全身を包む。

 すると佑吾の肉体を蝕んでいた毒が、溶けるように消えていくのを感じた。


 (オレリアさんの『戦いながらでも治癒魔法を唱えられるようにする訓練』を受けていて良かった……)


 内心で安堵していることはおくびにも出さずに、毒から回復した佑吾は毒水蛙トキシフロルを難なく倒した。

 青色の血を流しながら仰向けに倒れてピクピクしているカエルの死体は、中々にグロテスクだった。

 剣に付いた青色の血を嫌そうに振り払っていると、今度は人の影のような姿をした魔物――魔幽影シャマードが三匹、姿を現した。

 魔幽影シャマードたちは佑吾を視認すると、口をガバッと開けながら両手を振り上げて佑吾に襲いかかってきた。


 「<螺旋風ディア・ゲイルド>!!」


 佑吾は後ろに跳んで少しだけ距離を取ると、風の魔法を唱えた。

 魔幽影シャマードは幽霊のような見た目通り、物理的な攻撃が効かない。剣で斬っても霞を斬るような感じで何も手応えがないのだ。

 しかし、魔力や氣力のようなエネルギーを用いた攻撃なら通用する。

 エルードからレイルナート山脈にいる魔物について教えられていた佑吾は、魔幽影シャマードの特徴を思い出し、効果的である魔法を放ったのだ。


 「ッッッ!?」


 荒れ狂う風の槍が、三体の魔幽影シャマードをまとめて討ち滅ぼした。

 イルダムの魔法特訓により、佑吾の魔法のレベルは上がり、さらに新たな魔法を習得していた。魔幽影シャマードが空気に溶けるように消滅していくのを見ていると、佑吾が魔法を放った方角から、ガサガサと草木を荒々しくかき分ける音が響いた。

 やがて姿を現したのは、枝分かれした角が異常に発達した鹿のような魔物――猛角鹿フェローディアだった。


 「ブルゥオオオ!!」


 猛角鹿フェローディアはうなり声を上げながら、弾丸のように佑吾に突撃した。

 佑吾は瞬時に氣力を全開で練り上げ、猛角鹿フェローディアの大きな角に剣を叩きつけた。

 ガゴッと鈍い音がして、剣と角がぶつかり合う。

 しかし、猛角鹿フェローディアは勢いを止めることなく、佑吾はどんどんと後ろに押しやられていく。

 佑吾は角で貫かれないように、必死に両手に力を入れて猛角鹿フェローディアの角を剣で押しとどめた。

 佑吾の両足が三メートルほど地面を削ったところで、両者の力が完全に拮抗し、その場で力比べが始まった。


 「ッ<魔盾マギルド>!」


 佑吾は力比べに負けないよう気をつけながら魔力を練り上げると、後ろに跳んですぐに魔法で盾を生み出した。

 佑吾がいきなり後ろに跳んだことでバランスを崩した猛角鹿フェローディアは、そのまま魔法の盾に激突し、「ブァッ!?」と鳴いて後ろにのけぞった。

 その隙に佑吾は魔法の盾を即座に解除し、猛角鹿フェローディアに接近してその首を両断した。


 (ふぅ……ウリカさんに氣術を鍛えられていなかったら危なかったな……)


 ウリカに殴って吹っ飛ばされたり、蹴って吹っ飛ばされたりした苦い記憶を思い出し、佑吾はふるりと身震いした。

 しかし、そんな佑吾に息つく暇はなく、また新たな魔物が襲いかかる。

 二メートル近い寝袋のような体に、無数の植物のツルが手足のようにウネウネと動いている魔物――肉食葛ネプドイーターだった。

 肉食葛ネプドイーターは、佑吾が倒した魔物の死骸をツルで拾い上げると頭の方へ持ち上げた。すると寝袋の口の部分がガバリと開き、そのまま死骸を口の中に放り込んでいった。

 一通り死体を平らげると、肉食葛ネプドイーターは佑吾に狙いを定め、無数のツルを佑吾に向かって高速で伸ばした。


 「<風刃ふうじん斬り>!!」


 佑吾は剣に風を纏わせると、肉食葛ネプドイーターのツルを一太刀で斬り払った。

 肉食葛ネプドイーターが次々にツルを佑吾へと伸ばすが、佑吾はそれをことごとく斬り払っていく。

 そして全てのツルを斬った佑吾は、その勢いのまま肉食葛ネプドイーターへと接近し、その胴体を切り裂いた。

 肉食葛ネプドイーターは苦しむように身もだえすると、しぼむように枯れていった。


 (エルードさんが言った通り、<風刃ふうじん斬り>はすぐに放てるように訓練しておいて良かったな)


 0.5秒で放て、と言われた時は無茶だと思ったが、人間必死で頑張れば何とかなるものだ。

 イルダムたちにつけてもらった修行が、しっかりと身についている実感がある。

 佑吾が自らの成長を喜んでいると、ズル……ズル……と重たい何かが地面をこするような音が佑吾の耳に届いた。


 「この音は……」


 その音に心当たりがあった佑吾は、音の発生源を探すように辺りを見回す。

 すると、周囲の枝葉をバキバキと音を立てながらかき分けて、巨大な双頭の蛇が姿を現した。


 「双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパー……!!」


 現れた双頭の蛇の魔物の名前をつぶやく。

 この魔物こそが、エルードが佑吾に倒すように課した魔物だった。

 双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーが二つの鎌首をもたげる。

 その頭は佑吾から見て三メートル以上ほどの高さにあるほど、双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーは巨大だった。


 「「キシィアアアアアア!!」」


 二つの頭が威嚇の声を上げ、その口腔にきらめくものが見えた。

 佑吾はそれを見て、とっさに横へと転がるように跳んだ。

 すると、先ほどまで佑吾がいた場所に、真っ赤な炎と紫色の霧が放たれていた。霧を浴びた草木が一気に枯れていく。

 双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーの炎のブレスと毒の霧だ。まともに食らえば、命に関わるだろう。

 地面に転がった佑吾は、すぐに立ち上がって剣を構えた。

 しかし、双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーが獲物を仕留められなかったことに気づくと、丸太のように巨大な尻尾が鞭のようにしなりながら佑吾へと放たれた。


 「ぐぅっ!?」


 佑吾はとっさのことで魔法の詠唱が間に合わず、剣で受けた。

 先ほど戦った猛角鹿フェローディアの突撃が可愛く思えるほどの衝撃が佑吾を襲った。

 これ以上受けてはまずいと判断し、佑吾は受け流すように横へと跳んだ。

 そしてお返しとばかりに尻尾を斬りつけたが、鱗が堅く、ほとんど刃が通らなかった。

 ならば、と佑吾は手のひらを双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーに向けた。


 「<螺旋風ディア・ゲイルド>!!」


 荒れ狂う風の槍が双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーに向けて放たれた。

 双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーはそれを視認すると、「キアアア!」と鳴いた。

 すると、双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーの目の前の地面が隆起して壁となり、佑吾の風魔法を防いだ。

 そして、もう一つの頭の方もその隙に魔法を唱えていた。大小様々な土の塊が、佑吾を目がけて放たれた。


 「くそっ!」


 散弾のように襲い来る土の塊を避けながら、佑吾は悪態をついた。

 佑吾はこの魔物に関して、実はある程度エルードから聞いていた。曰く、この山脈の中でも一、二を争うほど強い魔物であると。

 その言葉通り、強力な二種類のブレス、草木をなぎ倒す威力の尻尾のなぎ払い、剣を弾くほど堅い鱗、二つの頭による魔法の同時使用、など攻守に秀でた厄介な魔物だった。

 剣も効かず、魔法も防がれる。

 佑吾にとって、勝利するのは絶望的に難しい魔物だった――そう、修行を始める前の佑吾だったならの話だが。

 佑吾は剣を両手で握りしめると、体内で魔力と氣力を練り上げた。




 エルードと初めて修行をし、必殺技を編み出せと言われた次の日、佑吾は修行をしている広場に座り込んで考え込んでいた。


 「う~ん、必殺技……か。どうしたもんか……」


 エルードから課された必殺技について、うんうんと頭をひねりながら悩んでいた。


 「必殺技なら、自分の長所を活かすのが一番だよなぁ……でも俺の長所って……」


 佑吾の長所というと魔法も氣術も使えることだが、氣術ではコハルに劣り、魔法ではサチに劣る。さらに言えば、剣術ではライルに、回復魔法ではエルミナに劣っている。

 有り体に言って、佑吾は器用貧乏なのだ。

 一体どうすればいいんだ、と佑吾は頭を抱えた。

 やはり、魔法と氣術を組み合わせた技を考えるべきか。しかし、それだと<風刃ふうじん斬り>と変わらず、必殺技にはならないだろう。


 う~ん、と悩みあぐねていると、佑吾の頭にふとした疑問が浮かんだ。

 魔力と氣力を混ぜ合わせたらどうなるのだろう、と。

 <風刃ふうじん斬り>は、あくまで魔法と氣術と同時に――正確には高速で順番に――発動しているだけだ。エネルギーである魔力と氣力が混ざり合っている訳ではない。

 一度気になってしまったら、頭から離れない。


 「……試しにやってみるか」


 どうせ必殺技も思いつかないし、と思い、試しにやってみることにした。

 両手からそれぞれ魔力と氣力を放出することで混ぜられるんじゃないかと思った佑吾は、まずは右手に氣力を集中させた。次に左手に魔力を集中させ――ようとしたが上手くいかなかった。


 「あれ? 何か上手く集まらない……」


 集める量を色々と変えてはみたが、全然上手くいかなかった。

 どっちか片方だけしか集まらなかったり、どっちも集まらなかったり、混ぜ合わせる以前の問題だった。

 自分一人では上手くいきそうにないと思った佑吾は、エルードとイルダムに相談することにした。


 「――ということをやってみたいんですが、二人とも何か知りませんか?」

 「う~む、魔力と氣力を混ぜ合わせる、か……お主のように魔力と氣力の両方を持っているやつはおったが、そんなことをしとるやつは見たことがないのう。エルードはどうじゃ?」

 「……俺も見たことがないな。……それにそういう技術があるのかどうかも知らん」


 二人の返答を聞いた佑吾は、答えを得られる一番の可能性があった道が絶たれ、がっくりと肩を落とした。


 「やっぱり素人の考えなんてそうそう上手くいきませんよね……」

 「あら~みんなで集まってどうしたの~?」


 佑吾が残念に思っていると、たまたま通りすがったオレリアが話しかけてきた。

 事の経緯を佑吾が説明すると、オレリアはふむふむとうなずき、何か思いついたのかピンと人差し指を立てた。


 「別々に放出するのが難しいのなら、体内で混ぜ合わせて放出してみたら~?」

 「あっ……」


 目から鱗が落ちるような思いだった。

 確かにわざわざ放出してから混ぜ合わせる必要はない。何でこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。


 「ありがとうございます、オレリアさん! エルードさんとイルダムさんも相談に乗ってくれてありがとうございました! じゃあ俺はこれで!」


 早くオレリアの言ったことを試したかった佑吾は、お礼を言うやいなや駆け出すようにその場を後にした。

 広場に戻ると、佑吾は目をつぶって、まずは体内に魔力を巡らせてみた。血の流れに沿って、魔力が流れていくのを感じることができる。

 その状態を維持したまま、今度はお腹の奥の方に意識を向けて、氣力を徐々に流していった。

 魔力の流れに混ざるように、少しずつ氣力が流れていった。


 「――あっ」


 しかし、少しして集中が途切れたのか、氣力の流れが途絶えてしまった。

 どうやら、これにはかなりの集中力が必要になりそうだ。

 結果は失敗だったが、途中までは佑吾は確かに魔力と氣力が混ざっているのを感じられた。

 この方法ならいけるかもしれない。そう考えた佑吾は、この練習を続けることにした。

 やがて、日々の訓練の合間に、体内で魔力と氣力を混ぜ合わせる訓練を続けていった佑吾は、徐々に上達していった。

 そして練習を開始してから一ヶ月後、佑吾は遂に体内で魔力と氣力を均等に混ぜ合わせることに成功した。 達成感に思わずガッツポーズをしてしまうほど、佑吾は嬉しかった。

 魔力と氣力を混ぜ合わせたエネルギーについて、佑吾はこれを『魔氣力』と呼ぶことにした。我ながら分かりやすく良い呼び方だと思ったのだが、イルダムたちや仲間たちからは安直すぎると若干不評だった。解せない。

 そして、試しに魔氣力を使って魔法を放ってみた佑吾は、そのを確認し、そこからさらに一ヶ月をかけて、佑吾は魔氣力を利用した必殺技を編み出すことに成功したのだった。




 双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーとの戦闘の中で、魔氣力を練り上げながら、佑吾は必殺技を編み出した時のことを思い出していた。

 必殺技の威力は、この双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーですら屠れると佑吾は確信していた。

 しかし、この技には二つ難点があった。

 魔氣力を練るためにどうしても時間がかかってまうことと、練っている間は魔法も氣術も使えないことだった。

 つまり、必殺技を放つためには、双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーの攻撃を魔法も氣術も無しで、しのぎきらなくてはならないということだ。

 双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーの二つのブレスを回避し、尻尾によるなぎ払いを剣で受け流し、二つの頭から放たれる魔法は周囲の地形を利用して防いだ。

 精神が削れるような危険な攻防の中、佑吾は遂に魔氣力を練り終えた。

 それを手元のフレイアルソードに流し込むと、佑吾は敵の攻撃をかいくぐって接近し、苦心の末編み出した必殺技を、双頭毒蛇ツヴァイスヴァイパーへと放った――




 「ったく、いつまで修行してんのよあいつは……」

 「も~そんな冷たいこと言ったらダメなんだよ、サチ」

 「コハルお姉ちゃん、サチお姉ちゃん、早くお父さんを迎えにいこ!」


 夕暮れ時、サチとコハルとエルミナの三人は、佑吾が修行している森へと向かっていた。もうすぐ夕飯なのに、佑吾が戻ってこなかったため、迎えに来たのだ。

 最初はサチ一人で行くつもりだったのだが、コハルとエルミナもついて行きたいと駄々をこねたため、こんなに賑やかになってしまった。

 ようやく森に着いて、中へ入っていくと、小雨がパラパラと降り始めた。

 時折、魔物が三人を襲ってきたが、コハルの拳とサチの魔法が難なく撃退した。

 時折雑談を交えながら、そうやって森の中を進んでいくと、雨でかすむ視界の中でぼんやりと人影が見えた。

 

 「あ、佑吾だ! おー……い!?」


 人影が佑吾と分かったコハルが、元気に呼びかけようとしてピシリと表情が固まった。

 コハルの様子の変化を訝しんだサチが「一体どうしたのよ」と言いながら、佑吾に視線を向けると、サチの表情もコハルと同じように固まった。

 そんな二人の姉の様子に戸惑ったエルミナも、同じように佑吾を見た。そして、両手を口に当てて驚きを露わにした。


 「あれ? 三人ともこんな所でどうしたんだ?」


 そんな三人の様子に気づいていないのか、佑吾は剣をしまいながら暢気に三人に声をかけた。


 「お、お父さんどうしたの!? 血まみれだよ!?」


 エルミナが悲痛な表情で、そう叫んだ。

 そう、三人が驚いていた理由は、佑吾がまるで頭から真っ赤なペンキをかぶったように全身血まみれだったからだ。 


 「えっ? ああ、これは――」

 「た、大変、早く治さないと! ええと、ええと、どうすれば!?」

 「いや、大丈夫だよコハル。これは怪我じゃ――」

 「任せてコハルお姉ちゃん、私が治すから! お父さんも安心してね!」

 「エルミナ、俺の話を聞いて――」

 「とりあえず村まで運ぼう! ここじゃ魔物に襲われちゃうから!」

 「うん、コハルお姉ちゃん、お願い!」

 「いや、だから二人とも話をぉぉおお!?」


 コハルが急いで佑吾をかつぐと、エルミナと一緒に村の方まで走って行った。 


 「……まったく何やってんだか」


 その様子を、サチは呆れたように見送っていた。

 サチも最初は驚いたが、すぐに佑吾に付いている血は彼のものではなく、魔物のものだということに気がついていた。

 まあ、それをコハルたちに伝える暇はなかったのだが。


 (それにしても、あんな大量の返り血、一体どんな風に魔物を倒したらあんなことになるのかしら)


 サチがぼんやりとそのことを考えていると、佑吾の悲鳴がそれを中断させた。


 「サチィィー!? 二人を止めてくれぇぇぇー!?」

 「はぁ……はいはい、今行くわよ」


 仕方のない、とサチはため息を吐いて、みんなを追いかけるように森を後にした。

 そのせいで、サチは佑吾がああなった原因を見逃してしまった。

 サチが先ほどまでいた場所、それよりも少しだけ奥に進んだ場所に、一つの魔物の死体があった。

 蛇のような魔物の死体なのだが、その死体には本来あるべき二つの頭部がまるでえぐり取られたかのように消失していた。

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