第6-3話 エルミナの修行 後編
エルミナはいつものようにオレリアの診療所を手伝いながら、治癒魔法の特訓をしていた。
今はオレリアに教えてもらいながら医学の本を読んでいるところだった。
二人が雑談を交えながら楽しげに本を読んでいると、ドタドタと駆け込むような音がしながら診療所の扉がバンと荒々しく開かれた。
突然の大きな音に驚いたエルミナが扉の方を見ると、
「オ、オレリアさん、助けてください!! 魔物が出て、みんなが、みんなが……」
「大丈夫よ~落ち着いて~」
慌てた様子の青年に、オレリアが優しげになだめる。
そう言われた青年はぜぇはぁと乱れる呼吸を整えた後、必死の形相でオレリアに説明を始めた。
青年曰く、数人で村の外にある畑で農作業をしていたら、本来なら森の奥の方に生息しているはずの凶悪な魔物が突然現れたのだそうだ。
突然のことで逃げ遅れた者や村に魔物が入らないように抵抗を試みた者が、魔物の標的となり大怪我を負ったそうだ。
ただ幸いなことに、魔物は悲鳴を聞いて駆けつけたエルードとライルが森の方へと引きつけてくれた。しかし、それまでの間に二十名近い村人が怪我を負ったということらしい。
「なるほど、事情は分かったわ~。それじゃあ――あら?」
事情を理解したオレリアが隣のエルミナに声をかけようとすると、先ほどまで一緒に話を聞いていたエルミナの姿が無かった。
どこにいったのだろうとオレリアが視線をさまよわせていると、診療所の奥の方からエルミナがパタパタと駆け足で戻ってきた。
「オレリアさん、薬一式と包帯、それに魔力水薬を持ってきました!」
エルミナの両手には、顔が隠れてしまうほどの大量の薬と道具が抱えられていた。
青年の話を聞いてたくさんの薬が必要だと判断したエルミナは、途中からこの道具一式を取りに行っていたのだ。
エルミナの手際の良さに呆気に取られていたオレリアだったが、すぐに我に返った。
「さすがね~エルミナちゃん! それじゃあ怪我人の元まで案内してね~」
「は、はい! こっちです!」
青年に連れられて、エルミナとオレリアは怪我人たちの元へと急いで向かった。
「うぅ……」
「痛ぇ……痛ぇよぉ……」
「血が……血が止まらない……誰か……」
エルミナたちが駆けつけると、そこは凄惨な有様だった。
多くの村人が血を流れて倒れ伏し、痛みに苦しみの声を上げていた。
「エルミナちゃんはあそこの人の治療をお願いね~それが終わったらあっちの人ね~」
「はい、分かりました!!」
オレリアの指示に従って、エルミナは怪我人の元へと向かった。
怪我人の脇腹には大きな噛み跡があり、おびただしい量の血が流れていた。
「あ……うぅ……」
「大丈夫ですよ、すぐに治しますから!」
そう言ってエルミナは怪我人の近くにかがみ、傷のある脇腹に両手をかざした。
「<
エルミナの両手から黄金色の混ざる若草色の光があふれ、傷を優しく包みこんだ。その光が村人の怪我を徐々に癒やしていき、しばらくすると完全に傷を治療した。
「よし、これで大丈夫!」
怪我で青ざめていた村人の顔に血色が戻り、息づかいが穏やかになったのを確認したエルミナは次の怪我人の元へと向かった。
エルミナとオレリアは、二人だけで懸命な治療活動を行っていった。
魔力が切れれば魔力水薬を飲んで魔力を回復させて、無理矢理治療を続けた。
その甲斐もあって、大部分の村人の治療は完了していた。
オレリアが今治療を始めた者を除けば、後は軽傷の者を残すのみだった。
そこに、ザッザッザッと誰かが走ってくる足音が聞こえた。
オレリアが音のする方へ顔を向けると、それは自分の旦那であるエルードだった。エルードは何かを背負っているようで、必死にこちらへ向かって走ってきた。
「あらあなた~魔物の方は倒せたの~?」
「……ああ粗方な。残りはライルが相手をしてくれている。だが……」
そう言ってエルードは、背負っていたものをゆっくりと地面に下ろした。
それは、怪我で変わり果てた二人の村人だった。
二人とも血まみれで、全身に爪や牙による傷跡があった。さらに魔物の毒にやられたのか傷口は紫色に変色していた。
かろうじて息はしているので生きてはいるようだったが、それもあと数分の命といったところだろう。
「あらあら、これは~……」
「……血の臭いにつられてやってきた他の魔物にやられたんだ。頼む……助けてやれないか……?」
オレリアの力量なら治療は可能だった。
しかし、治せるのは時間的に一人だけだ。一方を治療している間に、もう一方の村人は死んでしまうだろう。
しかし、オレリアに迷っている時間は無い。こうして考えている間にも、この二人の命は尽きようとしているのだ。
オレリアはどちらを治療するかを決め、治療を始めようとした。
「オレリアさん! 私も治します!」
「……エルミナちゃん?」
その時、エルミナの声が割って入った。
オレリアが顔を上げてエルミナの顔を見ると、並々ならぬ決意をにじませたエルミナの顔があった。「私が絶対に助けます!」、そんな声が聞こえるようだった。
オレリアはエルミナに治療が可能なのかどうか、そんなことは考えずに本能的にエルミナにもう一人の治療を任せることにした。
今のエルミナなら任せられる――そう直感した。
仮に完全に治せなかったとしても、自分が治療し終わるまで今のエルミナなら命を繋ぎ止められるかもしれない、オレリアはそう考えた。
「分かったわ~そっちの治療は任せるわね~」
「はい!」
オレリアとエルミナはそれぞれ治療を始めた。
(出血多量……毒……骨折……内臓も損傷しているわね~これは一刻を争うわ~)
オレリアは怪我人の状態を素早く確認しながら、普段ののんびりした雰囲気からは考えられない手際の良さでテキパキと魔法による治療を施していった。
(こっちは何とかなりそうね~エルミナちゃんの方はどうかしら~?)
オレリアの方はある程度治療が完了し、村人は小康状態へと入った。
それで余裕ができたオレリアは、ちらりと横目でエルミナの様子を確認した。
「血が流れすぎてる……止血して、一緒に解毒魔法も唱えて……毒の量が多い、もっと魔力を込めないと……それが終わったら次は……」
エルミナは、真剣なまなざしで治療に励んでいた。
オレリアほどの手際の良さではないが、怪我の状態の把握とその対処はオレリアと同じように行われていた。
手伝うべきか、オレリアは一瞬そう考えたがすぐにやめた。
エルミナの目はまだ諦めていなかった。絶対に治す――そんな強い意思がこもっていた。
その意思を尊重するべきだ、そう感じたオレリアはいつでもエルミナを手助けできるよう身構えつつ、エルミナの治療を見守ることにした。
(毒が多すぎて治療しきれない……! このままじゃ……ううん弱気になっちゃダメ。絶対に治す! そのために今まで頑張ったんだから!)
エルミナはくじけそうになる心を叱咤しながら、必死に治療を続けた。
「お願い、これで治って!! <
エルミナの両手から、今まで一番大きな魔法の光があふれた。
まばゆいほどの光が村人の全身を包み、やがてその光がおさまると、そこには傷が塞がり、体内の毒も消えて顔に血色が戻った村人の姿があった。
見守っていた村人たちから、歓喜の声が上がる。
それとともに、エルミナは心から安堵するとともにぺたりと地面に座り込んだ。
「…………ふぅ、これでもう大丈夫だと思います」
「ふふ、エルミナちゃん、よく頑張ったわね~。もう立派な治癒魔法使いね~」
「あ、ありがとうございます! あっ、とと……」
オレリアに褒められ、立ち上がって答えようとしたエルミナだったが、魔力欠乏による立ちくらみが起きてよろけてしまった。
そんなエルミナをオレリアが優しく抱き留めた。
「おっとっと、大丈夫~?」
「は、はい、大丈夫です……ちょっと疲れちゃって……」
「一生懸命頑張ったものね~後は私に任せて休んでていいわよ~」
「……いえ、私まだ頑張ります! まだ怪我をしてる人がいますから!」
「……もう、ダメって言っても聞かなそうね~。分かった、それなら軽い怪我の人に薬を塗ったり包帯を巻いたりしてくれるかしら~。もう魔力水薬も無いし、これ以上魔法を使っちゃダメよ~」
「はい、分かりました!」
そしてエルミナとオレリアは、残る軽傷者の治療に戻った。
そしてそんなに時間がかかることもなく、村人たちの治療はつつがなく終わった。エルミナとオレリアのおかげで、今回の騒動で多くの重軽傷者がいたにも関わらず、誰一人死なせることなく、事態は収束した。
これは余談だが、エルミナはこの騒動の後、懸命に治療するエルミナの健気な姿を目撃した村人たちから「エルミナちゃんは天使様だ! そうに違いない!」と持てはやされるようになり、たいそう困惑することとなった。
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