第3話 商人来訪
佑吾が重傷を負った事件の後、エルミナの治癒の力が一体何だったのか、魔法に詳しいライルとサチの二人が調べる事になった。
結果は、ほとんど何も分からなかった。
分かったのは、魔法とは発動原理が違うことと、怪我だけでなく軽度の病気の治療もできる事だけだった。
その後、エルミナの希望もあって、サチとライルはエルミナが治癒の力を自由に使えるように色々と試行錯誤しながら指導する事になり、そのついでに魔法も教える事になった。
二人の熱心な指導のおかげで、エルミナは治癒の力をある程度自由に使えるようになり、さらに基礎の光の魔法を修得した。
そしてエルミナは、その力を使って、怪我や病気をした村人たちの治療を進んで行っていった。
エルミナ自身の可愛らしさと献身的に治療を行う様子から、エルミナは村人に大人気となった。さらには一部の老人たちから、天使様や聖女様と呼ばれて可愛がられるほどだった。
エルミナが村に馴染んで穏やかな日常を送っていたそんなある日、村に大勢の従者を引き連れた、一人の商人が訪れた。
「おいそこの、聖女とやらはどこにいる?」
商人は開口一番、不躾な態度でエルミナの所在を近くにいた村人に聞いた。
村人はその商人の態度を不快に思いながらも、それを顔に出さずに佑吾の家へと案内した。
村人が、佑吾の家の扉をノックする。
「佑吾さん、お客さんです」
「はーい」
名前を呼ばれた佑吾が玄関の扉を開けると、顔馴染みの村人が立っていた。
すると、その村人を押しのけるようにして、玉のように太った小柄な男がぬっと目の前に現れた。
「えっと、どちら様でしょうか?」
「ワシの名前はデネブ・グレーデン。グレーデン商会の商会長だ。さて、聖女に会わせてもらおうか。この家にいるんだろう?」
「グレーデン商会?」
聞き慣れない単語に、佑吾が聞き返す。
すると、デネブは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「ふん、田舎者は帝都で一番の商会の名も知らんのか。まあいい、聖女はどこだ?」
「……エルミナに何の用ですか?」
デネブの失礼過ぎる態度に思うところはあったものの、佑吾は要件を聞いた。
見知らぬ男に、いきなり大切な家族を会わせる訳にはいかなかった。
「なに、大した事じゃない。おい!」
デネブが声を掛けると、後ろに立っている数人の男の中から、頭や腕に包帯を巻いた男が現れた。一人で歩いているから重傷では無いのだろうが、歩くたびに傷が痛むのか、顔をしかめていた
「ここに来る途中、魔物に襲われたんだ。彼の治療をしろ」
佑吾は心の中で嘆息する。
こういった事例が、初めてでは無かったからだ。
エルミナが以前この村に訪れた怪我人を治療した事をきっかけに、このように村の外から治療に訪ねる人が増えてしまった。
しかも噂にはどんどん尾ひれが付いていき、アフタル村にはどんな怪我や病も治す聖女がいる、などという話にまでなってしまった。
そんな噂が広がってからは、佑吾はエルミナに会いに来た人に、彼女にそんな奇跡のような力は無いと伝えるようにした。あくまで、軽い怪我や病気を治せる程度の力でしかないと。
この佑吾の話を聞いて、騙されたと逆上する人も居た。
しかし、佑吾の説明の甲斐もあって、次第に噂は落ち着いていき、聖女目当てにアフタル村を訪れる人は、めっきりいなくなっていった。
それなのにまだ噂を信じている人がいる事に、佑吾は多少の面倒臭さと申し訳なさを感じた。
「聖女の噂を聞いて来られたのかもしれませんが、エルミナの力は軽い怪我や病気を治せる程度のもので、決して噂のようにどんなものでも治療できるというものではありません。ここまでご足労頂いて申し訳ありませんが……」
「その程度の事は知っておる。だが治癒の力を持っている事は事実なのだろう? ワシはそれを見に来たんだ、御託はいいから早くしろ!」
(治療しに来たのではなく見に来た? どういうことだ?)
デネブの発言を怪訝に思っていると、騒ぎを聞きつけたのかエルミナが部屋から出てきた。
「お父さん、どうしたの?」
「エルミナ……実は」
「っ! その人、ひどい怪我してる! 今治すから!」
「待て、エルミナ!」
佑吾の制止も聞かず、エルミナはデネブが連れてきた怪我人に駆け足で近づくと、治癒の力を発動した。
エルミナの両手から溢れる黄金色の光を不思議そうに見ていた怪我人だったが、次第に驚きに目を見開いていく。
「す、すごい! 本当に傷が治ってる!」
癒しの光が消えて治療が終わると、怪我をしていた男は傷口を触って確認しながら驚いていた。
「…………ふむ、癒しの奇跡は本物、見目もかなり良いな……」
その後ろで、品定めをするように目を細めながら、デネブがぶつぶつと何かを呟いていた。
そして何か結論が出たのか、デネブが佑吾へと話しかけた。
「おい、こいつはお前の娘か?」
「……そうですが、それが何か?」
「ふん、なら喜べ、こいつは私が引き取ってやろう」
「はぁ!?」
デネブのいきなりの発言に、最低限の礼儀も忘れて聞き返してしまった。
この男はいきなり何を言っているんだ、そんな思いが、佑吾の言葉から漏れていた。
「この娘をワシの養子にしてやると言っているんだ。この子もこんな寂れた村より、帝都で華やかに暮らしたいだろうさ」
「ふざけないでください! エルミナは俺の大切な娘です。いきなり来た見ず知らずのあなたに、預けるわけが無いでしょう!」
「ああそうだな、ただで大事な娘をやる訳にはいかんよなぁ。おい!」
デネブが下卑た笑みを浮かべながら、デネブの後ろに付き従っている男の一人が佑吾の前にずいと袋を突き出してきた。
「……これは?」
「なぁに、大切な娘を預かる担保のようなものだ」
全く答えになっていない返答に佑吾が苛立っていると、デネブの付き人の男がずいと手を突き出して佑吾に袋を受け取れと示す。
その拍子に袋が揺れて、中からチャリッと金属が擦れるような音がした。
その音を聞いて佑吾は袋の中身を察し、デネブが何を言っているのかを理解した。理解したくなかったが理解してしまった。
この国では佑吾のいた世界と違って、貨幣は硬貨しか存在しない。
黄銅貨、青銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の六種類である。
付き人の男が持つ袋は、ちょうどその硬貨をパンパンに入れたような形に膨らんでいた。
つまり、佑吾の目の前に立つこの男は、エルミナを金で売れと言っているのだ。
それを理解した瞬間、佑吾の中に今まで感じた事が無いほどの怒りが湧き出してきた。
「お引き取りください」
自分でも驚くほど、冷たい声が口から出た。
「ふん、まだ担保が足りんのか、強欲なやつめ。なら追加で──」
「そんな物はいらない!! 早く、この村から出て行け!!」
デネブの言葉を遮るように言い放つ。
佑吾はもう、こんな無礼な奴とは少しも口をききたくなかった。
「どれだけ金を積まれようが、エルミナは俺の大切な娘だ!! お前のような奴には死んでも渡すか!! 分かったら、とっととこの村から出て行け!!」
佑吾は怒りのままに、デネブへと怒鳴りつけた。
そして佑吾の言葉を聞き終えると、デネブの表情が怒りで真っ赤に染まっていき、拳を強く握り込んだ体はぷるぷると震えだしていた。
「き、貴様、このワシに向かって何と無礼な態度だ!! 貴様のような貧乏人は、黙ってワシに従っておれば良いのだ!!」
「おいおい、一体何の騒ぎだ?」
一触即発の空気の中、デネブたちの後ろの方からライルが話しかけてきた。
おそらく、この騒ぎが気になって様子を見にきたのだろう。
「何でもありませんよ、ライルさん。さぁ、早くこの村から出て行ってくれ」
「クソ、覚えておれ!! このワシに無礼を働いた事、絶対に後悔させてやる!!」
佑吾の言葉に、デネブは悔しそうに歯ぎしりしながら睨みつけてきた。
しかし、これ以上騒ぎになって人の注目を集めるのを恐れてか、デネブは捨て台詞を吐きながら、付き人たちを引き連れて佑吾の家から出ていった。その勢いに押されて、ライルは慌てて道を譲った。
「おっとと、一体何だったんだ、あいつら?」
「ふざけた野郎が家に来ただけですよ。塩撒いてやる」
「待て待てやめろ。何の意味があって塩をそんな事に使うんだ?」
この世界には、塩に対して佑吾がかつていた世界のようなお清めの効果は無いらしい。さらに言えば、内陸にあるアフタル村では塩は貴重なものである。
「お父さん……私のせいで怒ってるの……?」
エルミナに声を掛けられて振り返ると、エルミナが泣きそうな表情で俯いていた。それを見て佑吾の中にあった憤りは、嘘のように消えた。
「違うよ、エルミナのせいじゃない。さっきの男があまりにひどい事を言うもんだったから、ちょっとだけ嫌な気持ちになっちゃったんだ」
努めて優しい声を出してエルミナの頭を撫でると、エルミナが気持ちよさそうに目を細める。佑吾の言いたいことが伝わったのか、エルミナもいつも通りの笑顔を見せてくれた。
この子は絶対に守る。あんな奴なんかに渡したりしない。
佑吾は心の中でそう誓った。
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