だって、あたしは……

坂井令和(れいな)

第1話 だって、あたしは——

 恋している。


 ただの片思い。


 愁斗君——サッカー部のエースで、クラスの人気者だ。あたし以外にもライバルは沢山いる。あたしよりもかわいい子、スタイルの良い子、性格が良い子——あたしなんかが彼と付き合えるわけない。


 先日、『巨乳ガチャに失敗して、Aカップ貧乳になっちゃったけど、モンスター退治がんばります』というラノベを読んだ。すごく駄作でアホな小説なのだけれど、ヒロインにめちゃくちゃ共感してしまった(あたしも貧乳なんで)。


 


 あたしは友達に相談してみた。「あたしも巨乳トレーニングとかした方がいいかな?」


「小雨ちゃん、すぐ影響されるんだから~。『巨乳ガチャ』みたいに、巨乳になったからってイケメンと付き合えるなんてバカな考えはやめて」


「だったら、どうすればいいの。彼に好かれるように努力したい」


「小雨ちゃんはかわいいからそのままでいいと思うけど~」


「そんなことないよ! あたし、自分の容姿に自信がない」


「だから、見た目は大丈夫だって。愁斗君と何か繋がりみたいのはないの?」


 繋がりなんてない。碌に話したこともない。

 ただ。最近、やたらと目が合う。あたしがしょっちゅう見つめているからかもしれないけど。授業中でも、斜め前にいる彼の横顔を何べんも見てしまう。


 それを友達に言ってみたら、友達はこう答えた。

「それって彼も小雨ちゃんのことぞっこんラブだよ。早く告白した方がいいよ」


「いやいやいや。告白なんてとんでもない。フラれるのが目に見えてる」


 あたしは今まで異性とお付き合いをしたことはない。その程度なのだ。誰もあたしを好いてくれないのに、モテ男の愁斗君があたしに恋するとは思えない。


 それに。わたしはとても痛い子なのだ。男子には秘密にしているけど、大のアニメオタクである。アニメ好きが高じて、自分でアニメキャラのコスプレもしてしまうほどの、一般人から見たら眉をひそめるような子だ。

 

 コスプレ趣味は、今後彼氏ができても内緒にしておこうと思う。





 一方通行の恋でもいいの。彼の顔をそっと見ているだけで幸せ。彼がサッカーをしているかっこいい姿を見ていられるだけでいいの。






 学校の帰り道、一人で帰宅していときに革命は起きた。

 

「小雨さん、一人でお帰りなの?」


 え、この声は。


 振り返ると、愛しの愁斗君だった。


「あ、愁斗君……。あ、うん」

 

 心の準備をしていなかったので、どう返事をすればいいか、わからなかった。

 

 せっかく彼と二人っきりになったチャンスなのに。何を話せばいいか頭にわいてこない。心臓が痛い程早鐘を打っているのだけはわかった。


 あたしがモジモジしていたら、彼から話してくれた。「いつも部活の応援ありがとうね」


「え、うん」


 あー、あたし全然話せてない。これじゃあ、根暗な子だと思われちゃう(根明ではないけれど)。


 あたしが全然会話を続けようとしないから、沈黙状態になってしまった。


 何か話題を提供しないと……でも、正体がアニメオタクなんで、普通の話が出てこない。


 わたしが逡巡していたら、愁斗君が話し出してくれた。「ちょっと、聞いてもいい? 小雨ってさ……」

 

「うん、なあに?」


「小雨ってオタクなの?」



 ブハッ! 予想だにしなかったら彼の発言に、あたしは体勢を崩し、転んだ。


「おい、小雨。大丈夫か!」


「いてて……」


 足を変な方向に捻ってしまった。ものすごく痛いが、それどころでない。彼がなぜ、あたしの隠している趣味を知っているのだ。

 これは全力で誤魔化さないと。ちょっといい感じになってきたのに、嫌われてしまう。


「あの、愁斗君。違うの。あたし、オタクじゃ全然ないから。アニメとか見たことないし、ましてやコスプレなんてしたことないし、実はメイド喫茶でアルバイトしてるなんてこともないから!」


 愁斗君は苦笑する。「それ、全部事実ってこと?」


「え"……」


「俺、実はたまたまネットで見つけちゃったんだけど」と愁斗君はスマホを取り出した。「このコスプレ写真って小雨だよね?」


 ギクッ。


 ウイッグを被っているが、まぎれもなくあたしの写真だ。なんでネットに載ってるの、ショック!


「そ、そ、その写真、別人じゃないかな。髪の色違うし。あたし、黒だよ。そんな派手な色、校則で禁止されてるでしょ」


「これ、カツラだろ。どう見たって小雨でしょ。いつも見てるからわかるよ」


 いつも見てるに、ドキっとしてしまった。


 もう誤魔化しきれないか。これで嫌われたことだろう。

 あたしの恋は終わった。もともと、彼は高根の花だった。あきらめよう。



「実は俺もアニオタなんだ」


「え!」アウトドア派の彼からは想像できない。「ほ、ほんとなの!?」


「小雨のさっきの写真のキャラだってわかるよ」


 なんという奇跡。


「うそ!? 信じられない。でも、さっきの写真はあまり見ないで。あたし、あのキャラみたくかわいくないから」


「かわいいよ。あの写真は穴があくほど見たよ」


「そ、そんな」


 はじめて男性にかわいいと言われた。


 それからマイナーなアニメ話で盛り上がった。まさか、大好きだった彼とこうやって趣味のことを話し合えるなんて。


 

 歩こうと思ったら、さっき転んだ足が思ったより痛かった。



「足、くじいたの? 俺がそこの病院までおんぶするよ」


「お、おんぶ!?」


 男性とろくに手もつないだこともないのに、そんないきなりおんぶだなんてハードルが高すぎる。


「遠慮しなくていいよ」愁斗君がかがんで、背中を見せる。「はずかしがらないでいいよ」


「でもぉ」


 背中に胸をくっつけたら、貧乳がバレちゃう!(←この前、読んだラノベの影響で変なことを気にしてしまう)









「……なんてことが昨日あったのよ」


「ええー。すごい、小雨、まさかの急展開じゃん。恋人には趣味を隠すって言ってたけど、まさか好きな人が同じオタク趣味だったなんて~。それでそれで、おんぶはしてもらったの?」


「うん」思い出すだけでもはずかしい(ぽっ)。


「おんぶされてるときはどんなラブラブだったの?」友達は乗り出して訊く。


「べつにラブラブじゃないよぉ。あたしが『重くない?』って訊いたら、愁斗君は『ちょー軽い』って言ってくれたくらい」


「うそ、ラブラブじゃん」


「ラブはないって。愁斗君とは趣味があっただけ。おんぶしてくれたのは、彼が優しかっただけだよ」


「それ絶対脈ありだよ。愁斗君、人気だから誰かにとられる前に告白したほうがいいと思うけどな~」



 そんな、あたしから告白なんて、はずかしい。





 休み時間に愁斗君が話しかけてきた。みんな見ていて、ちょっとはずかしい。


「きのうはありがとうね。小雨と話すのすごく面白いよ」


「そんな、お礼をいうのはあたしの方だよ。病院までおぶってくれて、どうもありがとう」


「じゃあ、これから毎日おんぶしよっか」


「またまたー、からかわないでよぉ」


「いや、俺がおんぶしたいだけどな」愁斗君は笑いながらいう。


 それってもしかして、あたしと触れ合いたいってこと?


 どきどき。


 

 愁斗君が訊いてきた。「小雨って彼氏いるの?」


「え、いるわけないじゃん!」


「意外だね。モテそうなのに」


「モテそうなわけないじゃーん。じゃあ、そう思うなら、だれかにとられないうちに、あたしに告白してね」


 あ、あたしなにを血迷って言ってしまっているんだ。



「うん、わかった。俺と付き合ってくれ」


 え。



 

 愁斗君と付き合える日が来るなんて、奇跡ってあるのね。あたし、天にも上りそうな気分。






「……それでね、あたし、愁斗君と付き合うことになっちゃったの」


「まぢ!? すごい、愁斗君、モテ男だよ、やばくない」







「愁斗君、おはよ!」あたしは愁斗君の席に駆けた。


「おはよう。今さっき、地震あった?」


「え、歩いてたからわからない? あ、ちょっと揺れてるかも、こわい」あたしは思わず、愁斗君の手を握った。


 クラスの中なのに。ちょっとはずかしいね。


 手を離そうと思ったら、彼が強く握り返していた。


「このまま、小雨と手をつないでいたい」

「えー、授業中もぉ?」

「うん」

 

 もう、バカップルである。あたしがこんなに幸せになるなんて思ってなかった。






「最近、ラブラブすぎて、どうしよう」


「ねえ、小雨。愁斗君ってクラス一のイケメンだけど、騙されてたりしないよね?」


「え……なんで、そんなことをいうの?」


「いや、他に女いるとかないよねって思っただけ……」


「やめて! そんな話、聞きたくないから!」


 あたしは、愁斗君を信じてるから。彼はあたしを騙してなんかいない。






 ほっぺたにニキビができた。泣きそう。

 今日は愁斗君に顔を見られたくない。

 かわいくないと思われたら、フラれちゃうかもしれない。

 今日の映画館デート、キャンセルしようかな。



「そんなこと考えてたのかよ、ニキビくらい気にしないよ。小雨は世界一かわいいよ。少なくとも、俺はそう思ってるから」


 ありがとう。一生、愁斗君のこと、好きでいるね。


 彼と一緒に映画館に行った。男子と映画館なんてはじめて。


「席、ネットで予約しておいたんだ」


 愁斗君は用意もいい。なんでもリードしてくれる。




 

 もうすぐ上映だ。「楽しみだね。あたしの隣、空いてるみたいでよかったぁ。広くていいね」


「楽にくつろげるように、隣の席も予約してたんだ」

「え、お金かかるじゃん!」


「そのくらい、いいよ。それに隣に人がいない方がイチャイチャして見れるし」愁斗君はそう言い、あたしの手を握った。


 この手はもう離さない。






「今日、俺の両親の帰りが遅いんだ。俺ん家、寄ってかない?」


「え、うん」


 って、うんって答えちゃったけど、あたしいいの? 心の準備は? 身体の準備は?

 今日ってどんな下着だったけ。

 


「このマンションの9Fなんだ」

 

 エレベーターがくる。


 もし彼の家に行くって事前にわかってたら、色々用意してたのに。


「愁斗君、あたし、階段で行くっ!」

「え!? なんで?」


 


 9階までのぼるのは想像以上にしんどかった。


「小雨って、エレベーター恐怖症なの?」


「ううん。だって……急に愁斗君の家にあがることになったから」

「?」


「ちょっとでも痩せておこうと思って」

「そんなすぐに変わらないでしょ」愁斗君は爆笑する。「それに今のままでいいって。なんで小雨は自分に自信がないの。スタイル、ちょーいいよ」


「ほんとに? モデルの女の人とか、脚すっごく細いから、男の人はああいうのがいいのかなぁ、なんて」



「ないない。男は女が思っている以上にちょいぽっちゃりめの女の子が好きだよ。ガリガリの子なんて、俺は興味ないよ」


 愁斗君、考え方もイケメン。だいすき。







「俺、友達から、別れた方がいいって言われたんだ」

「友達の意見なんて関係あるの? ……」


「俺の小雨への気持ちは変わらないよ! 友達からなんと言われようが、俺は小雨とずっと付き合う!」


 ありがとう。


 でも、そうだよね。世間体があるよね。ちょっと申し訳なくなった。


 だって、あたしは——。




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