第58話 ▼劫火

 刹那、銃声が響いた。

 その音に落ち掛けた意識が跳ね上げられる。


「フレイを取れ!!」


 銃を撃ったのは瓦礫に埋もれたと思われたアレンだった。

 アレンは叫びながら衛兵の物と思われる銃を怪物に向かって撃ち続ける。

 それにより、腕を振り上げた怪物は驚いたように怯みをみせた。


「フレイを取れ!こいつを止めるにはそれを使うしかない!!」

「無理だ……っ俺にはあの剣は使えないっ」


 レイズは絞り出すかのように立ち竦んだままでそう叫ぶ。


「俺にはもう、どうすることも出来ないんだ……」


 フレイは自分には使えない。

 何故ならば自分はフレイに選ばれなかったのだから。

 父親とは違う。烙印を押された人間が結局どんなに足掻いたところで結果は所詮変わらない。圧倒的な絶望を前に最後は力なく答えた自分が酷く惨めで情けなかった。


「全く、いつまでそうやっていじけてるつもりなんだ?」


 銃弾を何発も撃ち込みながらアレンは呆れ混じりに口を零す。


「お前は本当にロイとは違う」


 その言葉にレイズは深く項垂れた。

“父親とは違う”

 自分を戒め、呪いのように重くのしかかるその言葉。

 今の自分の様は本当に……

 憧れには程遠く、自分の理想としたものでさえ遠い。無様以外の何者でもない。


「悪い意味ばかりで取るんじゃねぇよ」

「え……?」

「というか、俺から言わせれば、別に父親と違うからって一体何だって言うんだよ」


 思いも寄らないその言葉にレイズは落としていた視線を上げる。


「何故お前にはフレイが抜けなかったのか?――持ち主ではないからか?なら持ち主とは誰だ?ロイか?だが、ロイはもう居ない。なら、もはや見る影もない国王か?俺にはとてもそうは思えないが」


 銃弾を撃ち込み続けるアレンを振り払うかのように怪物は長い腕を豪快に振るった。その一撃をギリギリで交わして、再び引き金を引いた所でとうとう銃弾が底をついた。


「別にお前が要らないって言うなら俺が頂いてやってもいいが、父親の形見を俺なんかに奪われてお前は本当にそれでいいのか?」

「……っ」

「そもそもだな。持ち主とはなんだ?選ばれし者とは?資格とはなんだ?」


 それは一体何を基準に決まるものなんだ?


「お前は知らないんだろうけどな、ロイはもともと孤児で若い頃は盗っ人同然のゴロツキだったんだ。そして魔法はおろか、元々は炎の属性すら持ってなんていなかったんだよ」

「え……?」


 その言葉にレイズは思わず目を見開く。

 アレンの口から語られたのは思いも寄らない父親の過去だった。


 父親であるロイ・ローゼルは元は船乗りだった。

 それからフレイ得て軍人となり、果ては騎士へと登り詰めた。

『劫火の英雄 ロイ・ローゼル』。

 レイズの中にあるロイの姿は、強く優しい父親であり、誰もが憧れる存在でもあり。その姿はまさにレイズ自身にとっても英雄でもあって。

 そんな誰もが憧れる英雄である筈の彼に、話に聞いていたのとは違う、そんな過去があるだなんて全くもって知らなかった。


『英雄が伝説の剣を手に悪を倒して世界を救う』

 誰もが好む英雄譚。

 だが、そんな物は描かれた理想の王道であり、よくあるおとぎ話の一種でしかない。


「剣を抜く基準が生まれや力や属性じゃないとするならば、その剣は一体何を基準に持ち主を選んでる?」

「………」

「剣を取れ、レイズ。力だとか属性だとか、そんなものなんて関係無い。お前が、フレイを抜くんだ。レイズ・ローゼル」

「………っ」


 レイズは弾かれるように床を蹴った。

 全身に走る激痛も忘れ、怪物の懐へと一直線に突っ込でいく。

 そして、振るわれた長い腕を交わし怪物の身体を蹴ってフレイの柄へとその手を掛ける。暴れる怪物を諸共せず、両足で固い身体を踏み締めて全ての力を両腕に込めた。


「うぉおおぉおおおっ!!」


 渾身の力を使いレイズは怪物の身体からフレイを引き抜いた。

 瞬間。フレイから炎が噴き上がった。

 赤い炎は宙を舞い、床へと着地したレイズの元へと揺らめきながら集積していく。

 その手に握られたフレイを取り巻くようにして猛る炎は赤く踊った。


「ーーーーーーーーッッ」


 フレイを引き抜かれた怪物が狂ったように奇声を発する。

 目のような赤い窪みの中は燃え上がり、全身が熱く熱を帯ている。

 怪物はレイズへと向かい猛烈な勢いで突進した。


 それに向かい、レイズは手にしたフレイを大きく降った。

 赤く煌めく閃光が走り、炎は宙を割き唸りを上げる。

 刹那、怪物の身体は赤い劫火に包まれた。


「ーーーーーーッッッッ」


 つんざくような悲鳴を上げて怪物は燃える。

 切り裂かれた胴体から溶岩のように赤い組織が溢れて出て、焼かれる外皮が床へと零れ落ちていった。

 燃え盛る炎は徐々にその勢いを弱め、やがて跡形も無く消失する。

 その跡に残ったのは焼かれ落ちた怪物の残骸。そのドス黒い皮膚の中から半焼の人型が現れた。


「……何故、お前に、お前如きに……」

「……陛下」

「それは……私の物……だ……」


 黒い人型はそう喘ぎ、レイズの手の中で燃えるフレイへと必死にその手を伸ばそうとする。


「貴方の物ではない。これは――俺の物だ」

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