第21話 修理屋 ディープスタック
「よう、アレン!久しぶりだな」
迎えてくれたのはなんとも気の良さそうな男の人だった。
海賊船クロート号は海上を一路南東へと舵を取った。
しばらく穏やかな海上を進んでいくと、やがて中央に小高い丘のそびえ立つ島へとたどり着く。名前はハウス島。決して大きくはない島だが、港が開けていらしく、大小様々な船が停泊している。けれども、その港へは寄港せずクロート号は島の周りを回り込むようにして進み、やがて窪んだ場所へと出た。
船の速度を落とし、窪んだ入江へと入っていくと、そこには海岸線に連なるレンガ造りの倉庫の様な建物が立ち並んでいた。造船所、いわゆるドックと呼ばれるものらしい。正面にはそれぞれに大きな門があり、その内の1つがゆっくりと扉を開け、クロート号はそこへと通された。
中は外から見るよりもずっと広かった。天井が高く屋根までが吹き抜けになっている。部屋の両サイドには作業をする為の足場が組まれ、そこをつなぎ姿の男達が忙しなく行き来している。
そこで出迎えてくれたのが長い茶髪を後ろで束ねた、がたいのいい男性だった。
「久しぶりだな、ロック」
アレンにロックと呼ばれたその男性。
彼の名前はロック・ストーンズ。代々、主に船などの修理を生業とする修理屋一団、ディープスタックの現長である。
「修理屋・ディープスタックへようこそ」
つなぎ姿のロックは快く迎えてくれた。
「それで、アレン。今日はまたどうした?また船をやられたか?」
「話が早いなロック」
「だと思ったよ」
ロックは早速要件を聞いた。そして、アレンからの返答に対し豪快に笑ってみせる。
「それにしても今回もまー酷くやられたもんだ」
クロート号の有り様を一目見てロックは苦笑する。
引き揚げられ、運び込まれたクロート号。八隻の海軍船に集中放火を喰らったクロート号はマストは折れて至る所が壊れ船体には大きな穴まで空いている。
これでよく沈まなかったものだとその有り様を見て今更ながらに思う。
「今回もよく沈まなかったもんだ」
私の考えを代弁してくれるかのようにロックは言った。そんなロックに対しアレンは肩竦めてみせたのだった。
「船の修理を頼みたい。どのくらい掛りそう……」
「アレン・ヴァンドール!!」
どのくらい掛かりそうだと聞きかけたアレン。その言葉を遮って、突如凄まじい轟音が辺りに響いた。
一体何が起こったのか。
見れば先程までアレンが立っていた場所には異常に大きな鉄の槌、ハンマーのようなものが地面にめり込み、大きなクレーターを作っていた。
その傍らには恐らくその大きな槌を振り下ろしたであろうと思われる人物の姿。赤髪に琥珀色の大きな瞳。年齢は恐らく自分と同じくらいかと思われる少女の姿がそこにはあった。
「あれが噂の修理屋さんこと、ロック・ストーンズ長の娘、アンティ・ストーンズだよ」
そう、ラックがこっそりと耳打ちしてくれた。
なんて怪力なコなんだろう。それがアンティに対する第一印象だった。
「やあ、アンティ。いつぞやの酒場で会って以来だな」
突如として降りかかった一撃を交わし、ロックの後ろへと退避していたアレンは彼の背中越しににこやかに言う。笑顔を向けたアレンをアンティはキッと睨み付けた。
「アレン・ヴァンドール!わざわざ自分から首を差し出しに来るとはいい度胸してるじゃないの!」
アンティはそう言うなりアレンに向かいビシッと指を突き立てた。
「今日という今日こそはきっちりお金を払って貰うんだから!覚悟しなさ……っ」
「こら」
威勢良く借金取り立てを宣言しかけたアンティだったが、そこにピシャリとロックが一喝を入れる。
「こらアンティ!またそんなもの振り回して。危ないからやたらと振り回しちゃダメだといつも言ってるだろう」
「だってパパ、こいつが!」
「こいつじゃなくてお客さんだろ、アンティ」
今にもアレン目掛けて飛び掛かりだったアンティにロックはピシャリと言って聞かせる。
「その話はパパがするから、お前は他の連中を手伝ってあげなさい」
「けど、パパっ」
「お前が抜けると皆んなが困るだろ。ほらほら仕事に戻って戻って」
反論しかけたアンティだったが、しぶしぶといった感じで槌を引っ込める。アンティはそそくさと奥へとさがっていった。
「全く、どうしてこう血の気が多く育っちまったんだか……」
「元気で何よりじゃないか」
去っていくアンティの後ろ姿を見ながらぼそり漏らしたロックにアレンはそう言葉をかけた。アンティを見送ったのち、一度咳払いをしてロックは再びアレンに向き直る。
「それでアレン、金はあるのかい?」
「生憎、手持ちはそんなに……」
さして悪びれた様子もなく告げるアレンにロックは再び苦笑を漏らす。
「だと思ったよ。うちに頼るくらいだ、どうせまたいつもの金欠だろ?」
「悪いな、ツケといて貰えるか」
「分かったよ。とにかく詳しく船を見てみようか」
こうして、ロックの温情によりどうにか船を見て貰える事になったのだった。
とりあえず、それは良かった。うん、それは良かったのだけれど……。
「はぁー……」
青空に向かい私は大きなため息を吐いた。
私は修理屋の建物から少し離れた場所へと出て来ていた。
理由はそう。何を隠そうアレンから逃げる為である。どういう訳か最近、何故かアレンが昼夜を問わずやたらと付きまとって来るのだ。
それは人との会話に無理矢理割り込む所に始まり、とにかく船内をどこに移動するにも必ずと言っていいほどついて来る。
そして、アレン・ヴァンドールという人間は全く遠慮というものを知らないらしく、最近はやたらとその距離は近くなり、隙あらば腰に手まで回して来る始末。
ほんとにマジでセクハラですよ?
さっきだってそうだった。それはほんの数十分前のこと――
「とにかく、詳しく船を見てみようか」
「悪いな、ロック。恩にきるよ」
金欠でおまけに借金を滞納しているというアレン。
どう考えても修理をして貰える望みは薄いかと思われたが、寛大なロックの温情により、とりあえずは船を見て貰える事となった。
そんなロックの器の大きさにほっと胸を撫で下ろした。のもつかの間。
何やらロックと話し込んでいたアレンだったが、くるりと向きを変え、こちらにずんずんと近付いて来る。
そして、彼は一体何を思ったのか。
いきなり私の腰に手を回して来た。
「……あの、アレン船長?これは一体……」
「ん?いやー、ひとまずはこれで安心だと思ってな」
引き攣りそうな声で尋ねれば、そんな答えが返って来る。
全くもって意味が分からない。というより、もはや会話になってない。
アレンのセクハラまがいの行為にもがいていると、私に気付いたロックがアレンに尋ねた。
「アレン、そのコは?」
「ちょっと訳ありでな。ハルと言うんだ」
「初めまして、ハル」
ロックはアレンよりも頭1つ程背が高かった。そんなロックがわざわざ私の目線までまでかがみ、そして笑顔で言う。
「さっき見たと思うが、俺にはちょうど君と同じくらいの娘がいるんだ。
名前はアンティ。ちょっときつい所もあるが根はとても優しいコだ。ここにいる間、良かったら仲良くしてやってくれ」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
これはこれはどうもご丁寧に。……じゃなくて。
ロックのあまりに丁寧な挨拶に一瞬忘れ掛けてしまったが、依然状態は変わらない。この手を退けてください、マジで。
「ちょっと船長!」
なんとかアレンを引き剥がそうと再びもがいていると、ラックが物凄い剣幕でアレンに詰め寄った。
「ハルが嫌がってるでしょ!」
「そうなのか?」
「そうですよ!」
ラックの言葉に心外だと言わんばかりの顔を向けて来るアレン。そんなアレンに対しここぞとばかりにはっきり言ってやった。
「まあ、細かい事は気にするな」
いや、気にしろよ。
だが、アレンは一切聞く耳を持たない。
そんなアレンからラックはなかば強引に私を引き剥がした。
「どういうつもりなの、船長?最近やたらとハルに付きまとってるみたいだけど?」
「なんだラック、妹の事がそんなに心配なのか?」
「当たり前でしょ!だいたい船長、なんか最近おかしいよ!」
怖い顔で抗議するラックに対しそれをのらりくらりと交わすアレン。
珍しくアレンとラックが口論となっている隙に、私はアレンから離れるべく外へと逃げ出して来たのであった。
本当に一体なんの嫌がらせなんだろうか。
そんな四六時中付きまとわれたのではさすがに身が持たない訳で。執拗に付きまとって来るアレンから離れる為、こうして一人修理屋の外へと逃げて来た私。
青く澄み渡る空を見上げてため息をまた一つ吐く。
思い返せば、この世界に来てから本当にろくな目に遭っていない。
吸い込まれそうな程の空を見上げて考える。
元いた世界では一体どうなっているのだろうか、と。
この世界の季節はよく分からないが、元いた世界はちょうど今は夏休みの期間中。
幸いな事に、実家から離れた学校に通う為に私は一人暮らしをしていた。その為、突然居なくなった私を心配して家族がすぐさま捜索願や失踪届けを出すなんて事には恐らくはなっていないとは思うけれど。
けれども、やはり不安要素は消えてなくならない。
最近はずっとバタバタしていてそれどころではなかったのだが、私は一体、いつになったら元の世界に帰れるのだろうか。
「でっかいため息ね」
もう一度ため息を吐きかけたところで、突然背後から声を掛けられた。
驚いて振り返ると、そこには赤髪の怪力少女、アンティ・ストーンズの姿があった。
「アンタ、こんなところで一体何してるの?」
「いや、ちょっと散歩でもしようかなーと思って」
いきなりのアンティの登場に驚きつつもそう答える。
本当はアレンに付きまとわれるのが嫌で逃げて来たのだけれども。そんな事が言える訳もなく、適当な理由を繕ってみた訳だが、それに納得したのかしてないのか。ふーん、とアンティは特に興味のなさそうな返事を返した。
「確かアンティ、だったよね?こんな所でどうしたの?」
ラックからそれとなく話を聞いてはいたが、当人と話をするのは初めてな為、一応名前を確認しつつ、今度はこちらから質問をしてみる。
「見て分からない?」
いや、分からないから聞いてるんですけども。
まさかそんな返答が返って来るとは思わなかったが、とりあえずそれは置いておくとして。
見ればアンティは、先程見たつなぎ姿ではなく、今は真紅のワンピースを着ていた。可愛らしくも上品なその服装はまるでどこかよそ行きの格好のようである。
どこかに出かけるのだろうか?
「おつかいよ、おつかい。パパに頼まれた物をこれから街に買い出しに行くのよ」
「そうなんだ」
どうやら予想は当たりらしい。
と、ここでアンティと会話を交わしながらふと思う。
なんだか女の子と話すのはすごく久しぶりだ。
アレン船長の海賊船、クロート号の乗組員は全員男性。海賊船の乗組員=男という、イメージ通りといえばイメージ通りであり、慣れてしまえば別にどうという事もないのだけれど、女の子と話をするのは何だかとても新鮮な気がした。
「アンタ、知ってるわ」
そんな事をしみじみ考えていると唐突にアンティが口を開いた。
「アンタ、アレン・ヴァンドールの女でしょ」
「………はい?」
今何と?アレン・ヴァンドールの女?
「全く、あんな奴のどこがいいんだか。あんたも相当男を見る目がないわね」
そう言ってアンティは呆れた顔をする。
いやいやいやいやいやいやいやいや。
「何かとてつもなく大きな誤解をしてるみたいだけど、違うから。断じて違うから」
「そうなの?だってあんた、あんなにヴァンドールとべたべた一緒に居たじゃない」
「いや、それはそうなんだけれども。あれはアレン船長が勝手に付きまとって来るだけで……というか寧ろそれに毎日迷惑してる訳であってですね」
とても大きな誤解をされているようなので、そこはきちんと訂正しておく。まさかそんな風に見られているなんて思いもしなかった。おのれアレン・ヴァンドール。
「それにしてもアンタ、ほんと変な格好してるわね」
「え?」
「なんか服もボロボロだし。ていうか、なんか臭いわよ」
「えぇ!!??」
いきなり話が変わった。
かと思えば、いきなり服装が変だと言われ、更には追い打ちで臭いとまで言われた。さすがにそれはショックだった。
今、自分が着ているのは学校の制服。
確かラックに初めて会った時も服装が変わっていると言われたし、何となく浮いているのは分かってはいた。とはいえ、自分の唯一の持ち物といえば、今着ているこの制服だけ。ここ最近のバタバタのせいで少しずつ服がボロボロになって来てる事には気付いてはいたが、何せ替えの服がない。
仕方がないのでとりあえず服はこれを着て、幸いな事にこの制服は洗っても大丈夫な物だった為、一応洗ってはいた筈なのだけれども……。
けれども、まさかこんな面と向かって臭いだなんて言われるなんて。さすがにショックが大きかった。
「あの借金オヤジ、自分の女にろくに服も買ってやらないなんて……」
臭いと言われたショックに私はしばらくの間打ちのめされた。
その間にアンティが何かぶつぶつと言っていたような気がしたが、よくは聞こえなかった。
「まあ、ちょうどいいわ。あんた名前は?」
「あ、えっと、ハルです」
「ハルね。ちょっと付き合いなさい」
「……え?」
***
「……えっと、あの、アンティさん?」
私は酷く混乱していた。
「ちょっと付き合いなさい」
アンティにそう言われ、私は半ば強引にハウス島にある街へと連れて来られていた。
そして、とある店へと連れて行かれる。
店内に入ると、そこには色とりどりの布で織られた沢山の洋服が綺麗に陳列されていた。どうやらそこは洋服店のようだった。
「これなんかいいわね。それからこれも。これも悪くないわね」
店に入るなり、いきなり笑顔の眩しい店員に捕まった私をよそに、アンティは次々と店中を物色していく。そして、ひとしきり店内を物色したのち、アンティは選んだ服を私に手渡した。かと思うと、あれよあれよと言う間に試着室へと押し込められる。
「それに着替えなさい」
アンティにそう言われ、訳が分からなかったがとりあえず言われるがままにアンティが選んだ服に着替えてみた私。
「よくお似合いですよ、お客様!」
試着室から出た私に対し店員が満面の笑みを向けて来る。
「なかなか似合うじゃない」
「そ、そうかな?」
アンティが選んだのは、青を基調としたゴシック調のワンピース。
所々にあしらわれたフリルが華やかで可愛らしい。決して派手ではなく、落ち着いた装いをみせるその洋服はまるでどこかのお嬢様を想像させた。
とはいえ。やはり、ワイシャツにネクタイ、スカートといった制服とは違って若干動き辛い。そして何だか落ち着かない。
訳も分からず、とりあえず言われるがままに洋服に着替えてみた私だったが、鏡の中の自分の姿を見て何だかとても気恥ずかしくなる。
なぜ私が着るととこうもコスプレ感が出てしまうのだろうか……。
私を上から下まで見下ろしたアンティは一人頷く。そしてくるりと向きを変え店員に向かい口を開いた。
「決めたわ。これをちょうだい」
「かしこまりました、お客様!」
店員はそのまま小走りで店の奥へと駆けて行く。
「……あの、アンティさん?」
戸惑う私をよそにアンティはそのままお会計へと進んでいった。試着室の前、私は1人取り残される。結局、私は試着した服をアンティに買って貰い、その服のまま店を出る事となったのだった。
「あの、ありがとう。アンティ」
何やかんやでアンティに服を買って貰った私。アンティの選んでくれた洋服を着て街中を歩きながら彼女に対しお礼を言った。
生憎、私自身は一銭も持っていない為、何だか申し訳ない気分になる。
「別にいいわよ。おつかいのついでだし。それにあんたの服代はヴァンドールにツケとくから」
「あ、そう……」
何というか、なんとも図太いコだ。
何だか申し訳ないと思っていた気分がそれを聞いてどこかへと飛んでいってしまった。
「その代わり、今日は1日私のおつかいに付き合ってよね」
そんなこんなでアンティに、いや正しくはアレン船長のツケで服を買って貰った私は今日1日、アンティのおつかいに付き合う事になったのだった。
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