第17話 ▼危険な賭け(アレン視点)

(アレン視点)


「ぜぇぜぇ……はぁはぁっ」


 小さな背中が目の前を走っていく。

 レートの町中を脇目も振らずに必死に疾走する少女。

 アレンはとある賭けに打って出た。



 ***



「ちょっと付き合ってくれないか?」


 翌る日の朝、アレンはハルにそう声を掛けた。


「え……?」


 突然の誘いに戸惑うハル。

 昨日の今日で無理も無い事ではあるが、明らかに動揺している様子。そんなハルを見てラックが怪訝そうな顔で尋ねてくる。


「どこに行くつもりなの?船長」

「なに、ちょっと野暮用があるんだよ」


 それにアレンは至ってにこやかに返す。

 ここ連日の物資調達失敗の件を受け、昨日は乗組員全員を強制上陸させ、総出で物資、もとい酒の調達に当たらせた。その甲斐あって、念願だった酒の調達は見事無事に成功。しかし、ラックに至っては待ち切れずにハルを酒場へと連れ出した事が余程気に食わなかったらしい。昨夜の一件を経て、ハルからだいたいの事情を聞いたであろうラックが明らかに不審の目を向けて来る。


「なんでハルも一緒な訳?」

「まあ色々と事情があってな」


 重ねられたラックの問いをアレンははぐらかす。そして乗組員に向かって声を上げた。


「お前達も昨日はよくやってくれた。今日は暇をやるから陸地を満喫してくるといい」


 アレンはその場にいた乗組員達に聞こえるように声を掛けた。そして再びハルに向き直る。


「一緒に来てくれるか?」

「あ、はい……分かりました」


 再度尋ねればハルは戸惑いながらもそれを了承した。

 出だしは上々。

 本来ならば、これから行くところに野暮用などありはしない。寧ろそんなところにわざわざ行くなんてどうかしている。


 だが、アレンはそのそんなところにわざわざ行く事を必要事項だと判断した。

 勿論、それ相応のリスクは伴う。

 しかし、多少の危険を冒してでもアレンにはどうしても確かめたい事があった。

 これから先、必ず必要になってくる。

 これから向かうところにハルを連れて行くのは良心が痛まない訳ではなかったが、止むを得ない。自身の考えが間違っていなければ、何事も無く無事に帰って来れる筈なのだから。


「船長、何かおかしな事企んでるんじゃないよね?」


 何の疑いもなく上陸の準備を始めたハルを眺めているとラックが怖い顔で問い詰めてきた。


「まさか」


 そう答えたが、ラックは納得がいかない様子で。


「もしハルにおかしな事したら……」

「分かってるって。そう心配するな」


 念を押して来るラックをなんとか黙らせ、アレンは再びハルと共にレートの街へと繰り出したのだった。



 ***



 昨日に引き続き、再びレートの町をハルと並んで歩いていく。

 レートの町は夜とはまた違って、大通りは大勢の人で賑わい活気に溢れていた。


「あの、アレン船長」

「何かな?」

「一体どこに行くんですか?」

「ちょっと野暮用を済ませに行くんだよ」


 不安気なハルにそう答え、アレンは目的地へと足を進める。

 開けた大通りから細い通りへと入り、複雑に入り組んだ道に入って更にその先の最奥を目指す。


「ついたぞ」


 しばらく入り組んだ道を進んで行き、そしてその突き当たり、最奥の廃墟のような建物の前でアレンは足を止めた。


「ここは……?」


 不安そうに辺りを見回すハル。

 しばらく待っていると、廃虚の中から如何にも柄の悪そうな男達がぞろぞろと現れた。男達は明らかにガンを飛ばしながら、のそのそとアレンとハルの前へとやって来る。そしていつの間にやら、廃虚から出て来た男達によって完全に周囲を取り囲まれた。


「あの、アレン船ちょ……」


 うろたえるハルをアレンはにこやかに制止する。

 ここからの展開作りは造作もないことだった。

 怯えるハルに対し、アレンは余裕綽々である人物の登場を待つ。

 アレンの"古き良き友人"であり、今回の"アレンの目的に最も適した"その人物。廃虚の中から頭にターバンのような物を巻いた一際柄の悪そうな男が現れた。


「キッカー、久しぶりだな」


 アレンにキッカーと呼ばれたその人物。彼の名はキッカー・ロストン。

 肌は日に焼けて黒く、筋骨隆々のその男。頭にはターバンのような物を巻いていて、派手な刺繍の入った黒いコートのようなものを素肌の上から纏っている。左頬には大きな傷があり、その風貌に凄みと貫禄を感じさせている。


「アレン……ヴァンドール。てめえ、こんなところに一体何しに来やがった?」


 キッカーはアレンを見るなり吊り上がった眼を更に吊り上げ、微塵も隠す事なく不快感を露わにする。


「いやなに、たまたま近くを通りかかったものだから元気にやっているかと思ってな」


 そう声を掛ければキッカーの眉間に深いシワが寄る。

 勿論、こんなところを"たまたま"通り掛かるなどありえない。それでもアレンはあくまでも"たまたま"を装う。


「元気にやっているかだとォ?ぶざけてんのかてめえ!!」


 呑気なアレンの物言いにキッカーは声を荒げた。

 予想通りの反応だった。

 とある一件があって以来、キッカーはアレンを目の敵にするようになった。

 全くもって予想通り。寧ろとても良い反応である。

 そんなキッカーの様子など全く意にも介さないかの如く、アレンは至って平然と話を続ける。ここである男の名前を出した。


「元気そうで何よりだ。ところで、ジョン・クライングコールという男を知っているか?」

「あぁ?クライングコールだぁ?そりゃあ、どこぞのイカれた金持ち爺さんの名前だろうが?それがどうした?」

「その金持ち爺さんがどこに居るのかと思ってね」

「そんな事、俺が知る訳がねぇだろうがっ」


 何の脈絡の無いアレンの話に徐々にヒートアップしていくキッカーの怒り。

 アレンは勿論、そんな事は知っていた。

 アレンの本当の目的はその男の居場所を聞き出す事ではないのだから。

 平然と話を続けるアレンに対しキッカーの目は血走り今にも剣を抜いて飛び掛かって来そうな勢いだ。

 それを見てアレンはにわかに口の端を吊り上げる。キッカーをからかうのはこのくらいで充分だろう。


「そうか、分かった。邪魔したな」


 キッカーをからかうのはこれくらいでいい。

 そう判断したアレンはそれだけ言うとくるりと踵を返した。そしてまるで何事もなかったかのように元来た方へと向かって歩き始める。

 何やら不穏な空気が流れ始めたと思った途端、一方的に話を打ち切ったアレン。そんなアレンの様子にその場にいた誰もが唖然とした。

 しかし、そんな一方的な展開に納得のいかない男が一人。


「オイオイオイオイ……」


 キッカーの地を這うようなドスの効いた声がアレンを制止する。


「オイオイ、まさかそんな事をわざわざ聞く為にのこのこやって来た訳じゃあねぇだろうな?」

「そんな事の為にのこのこやって来た訳なんだが」


 頬をピクピクと痙攣させながら問い詰めるキッカーに対ししれっと答えるアレン。その拍子抜けする程あっさりとした返答にキッカーの怒りはとうとう頂点に達した。


「てめえ、俺を舐めてんのか!?」


 一際声を荒げるキッカー。

 その額には青筋が浮かび、物凄い剣幕でアレンを睨み付ける。


「今日という今日こそは年貢の納め時だ。きっちり落とし前付けて貰うぜ、アレン・ヴァンドールさんよ」


 キッカーの手が腰に差した剣へと伸びる。


「野郎共やっちまえーッッ!!!!」


 キッカーの怒号と共に周囲を取り囲んでいた部下達が一斉に襲い掛かってきた。

 けれども、そんなことには全く動じず、アレンは襲い掛かって来た男を1人、また1人と交わして、涼しい顔で放心状態で棒立ちになっているハルの前へとやって来た。


 そして、アレンはハルに向かい試合開始を宣言する。


「さ、逃げるぞ」

「………はい?」



 ***


 .

「ひゃああぁあぁああっっ」


 悲鳴を上げながら目の前を疾走する少女。

 その後に続くアレン。そしてその後を殺気を振りまいて追ってくるキッカーの手下達。

 レートの街の細い通りはかなり入り組んでいて、まるで迷路のようになっている。

 地元の人間でもなければ、迷っても不思議ではない複雑に入り組んだその道をハルは迷う事なく突き進んで行く。

 一歩道を間違えれば行き止まりも多い筈の細い路地。それにも関わらず、何故かハルは一度も行き止まりにぶち当たる事はなく走り続け、そして迷路のような通りを抜け、広い大通りへと出た。


 昼間の大通りは活気に満ち溢れ人で溢れている。

 その人の流れに逆らいながらも依然として走り続けるハル。人の流れを逆走しているにも関わらず、するりするりと間を掻き分けて進んで行く。やはり一度も人にぶつかる事はない。

 避けている、ようには見えない。

 しかし、器用に器用に間をぬって依然としてハルの走るペースは衰えない。


 次の角を左に曲がった。

 見失うまいとアレンもハルに続いて角を左へと曲がる。


「うおっと!?」


 角を曲がった先で出会い頭に大量の果物を籠いっぱいに抱えた商人とぶつかりそうになりアレンはそれを慌てて交わした。

 突然角から飛び出して来たアレンに驚いた商人は短い悲鳴を上げてバランスを崩す。

 ドサッと背後で鈍い音がした。

 背後を振り返れば、商人は後を追って来ていたキッカーの手下達にぶつかり、大量に地面へと果物をぶちまけていた。

 ここから少しずつキッカーの手下たちのペースは崩されていく。


 ハルはペースを崩さないまま、次の角を今度は右へと曲がった。

 アレンも続いて右へと曲がれば、今度は複数の犬を連れて歩く着飾った婦人の姿が目の前に現れる。

 突然、角から飛び出して来たハルに吠えまくり暴れ出す犬たち。しかし、ハルはそんな事には一切構わず吠えまくる犬たちのすぐ傍を通過する。

 アレンもまたハルに続き、犬たちの傍を通過したところで、犬たちを必死に宥めていた婦人の手からリードが離れた。


「待ちやがれこの野ろ……うわっ!?」


 婦人の手から離された犬たちはアレンのすぐ後を追って来ていたキッカーの手下達に勢い良く飛び掛かった。悲鳴を上げながら、なんとか犬を引き剥がそうともがく柄の悪い男達。今のでまたキッカーの手下のペースが落ちる。


 本当にこれは単なる偶然なのだろうか。

 一切迷わず間違える事なく抜けた迷路のような路地。

 意図せず徐々に崩されていくキッカーの手下達のペース。

 偶然にしては出来過ぎてはいないか。


 まだまだ街中を疾走するハルとアレンとキッカーの手下達。

 続いて出たのは露店が立ち並ぶ狭い通り。

 それを見たハルは一瞬迷ったかのように見えたが、構う事なく露店裏を一気に突き進んでいく。ガタンッゴトンッとハルが進む度、露店の裏に積まれた商品や木箱や樽などがまるで行く手を阻むかのように崩れていく。

 それをなんとか交わしながら、尚もアレンは前を走るハルについていく。

 ハル自身は必死過ぎてそんな事には構っていられないといった感じだが、それは確実にキッカーの手下達のペースを削いで行く手を阻んでいった。


 露店裏を抜け、再び開けた通りへ。

 そして、人の波を掻き分けその先の細い道へと続く通りを過ぎたところで、突然目の前を茶色何かが遮った。


「……っ!?」


 寸前のところで頭を下げると、それはアレンのすぐ背後へと迫っていた追手の顔面に見事直撃した。


「ん?」


 突然の衝撃にその茶色何か、木材を担いでいたガタイのいい男が何事かと振り返る。男の担いでいた木材を顔面にクリーンヒットさせたキッカーの手下はそのまま地面へと崩れ落ちる。見れば口から泡を吹いていた。


 そして、アレンは気が付いた。

 それがハルとアレンを追って来ていた追手の最後の一人であったと。


「ハル!」


 アレンは前を走るハルを呼び止めようとした。だが、既にハルの姿は細い道の先。

 慌ててアレンは再びハルの後を追う。


「ハル!待てハル!!」


 何度か呼び掛けたが、どうやら周りの音など全く耳に入っていないようで。ハルは全く足を止める気配がない。

 止むを得ず、依然として疾走するハルの後に続くが、徐々にペースが落ち始め、そして細い道を抜けたところで、ハルはその場に座り込んだ。

 アレンは背後を確認する。

 キッカーの手下達はもはや追って来てはいなかった。

 ハルは土地勘が全くないにも関わらず、キッカーの手下達を見事に巻いてみせたのだった。


 正直驚いていた。

 まさか本当に逃げ切る事が出来るとは正直思ってはいなかった。

 偶然と言ってしまえば、ただの偶然が重なっただけなのかもしれない。しかし、キッカーの手下達から逃げ切ったという事実は事実。

 やはり、彼女はただ者ではないのかもしれない。


「ぜぇぜぇ……はぁはぁ……っ」


 とはいえ、街中での逃走劇を繰り広げ疲れ切って目の前で座り込む少女。さすがに良心が痛み、声を掛けようとしてはたと止まる。

 目の前のその光景に衝撃が走った。そして、思わず素直な感想が口をつく。


「……素晴らしい」


 ハルが立ち止まった場所。それは昼間から賑わいを見せる酒場の前だった。

 これによりアレンの半信半疑だった推測は確信へと変わる。


「ハル……君は本当に素晴らしい!!」


 ハルこそが、アレンの"呪われた運命を変える光を纏う者"なのだと。


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