第46話 ナーダさんのリハビリ生活

「フェンツァイの弟さん……? ああ、あの人ね」


 アルカディメイアのアーティナ領。

 喧嘩のための修練場、長方形の大きな広場。


 修練場の対辺。大きな柱の間から射し込む朝の光を浴び、体を捻る一人の女性。腕、肩のストレッチを終え、ナーダさんは準備完了。


「メイ、始めて」

「はい、分かりました」


 広場に浮かび、その空間を埋め尽くしている石の陣。わたしは石の床に正座し、胸の前の紫の石を介し、その八十八の石の操作を開始しました。


「行きます」


 わたしの声を合図に、ナーダさんは筋肉的発進。即トップスピードに乗り、こちらに向かってまっしぐら。


 誰もいない修練場。六種の石が仕掛けるあらゆる攻撃を軽やかに避け、爆走してくるナーダさん。


 これはリハビリ。そう、ナーダさんが痛めていた左肘と右膝が治ったのです。


 一昨日、わたしがアーティナ領を訪れた際に完治を確認。大事を取って二日間はストレッチなどで体をほぐしてもらい、今日から本格的な肉の調整を開始したのですね。


 わたしがやっているのは石を障害として配置する、つまりは石作りのアスレチック。


 最初はビクビクしながらその障害を操作していたわたしなのですが、ものの数回で慣れ、今は楽しいとすら思えるように。肉が弱くともやはりわたしはお母さまの娘。自分の技が通用するかという試しにワクワクしてしまうようです。


 ナーダさんは最後に設置された風込め石の攻撃を踊るように避け、わたしのおつむにタッチ。筋肉。


 ゴールしたナーダさんはわたしの目の前、二の腕でこしこしと頬をこすり、ぐーんと伸びをしました。その腕にはもう痛々しい包帯はありません。


「いいんじゃない? 彼がゼフィリア入りしてくれるかどうかは分からないけど、そうなったらすてきね!」


 清々しい笑顔のナーダさんを見上げながら、わたしは口元をむにゃむにゃさせました。


「や、やはり島主候補としての判断ですと、そうなりますよね……」

「どうして? 関係ないわよ。判断材料なんてその人が好きかどうか、それだけでしょう?」

「い、いいのでしょうか、それで……」

「当人同士の気持ち以上に大切なことなんてある筈無いじゃない」


 ナーダさんは腰に手を当てわたしを見下ろし、


「でも、あのフェンツァイがそんなこと言い出すかしら? タイロンの女はね、男に対しての執着が異常なの。特に自分たちの島の男にはもうベッタリよ」

「え、そうなのですか?」


 わたしのような弱くて小さい女の子が好きなド変態だと思っていたのですが、まさかそんなにストライクゾーンが広いとは……。わたしがナーダさんにそのことを話すと、


「そりゃそうよ、タイロンの女って弱くてかわいいもの好きで有名だもの。いいわよね、猫。アーティナにはいないのよ、羨ましいわ」


 なるほど、わたしは肉だけでなくかわいいに関しても猫と同列のようです。猫? 虎?


 そう、あのプロポーズからもう十日。フェンツァイさんは広場でわたしを見かけるたびに何かと誘惑してきて困っているのです。


 タイロンのお料理が超おいしいとか、タイロンのお風呂が超気持ちいいとか。更には猫と一緒ににゃんにゃんまみれでハアハアしないかとか。頼むからそのふにゃふにゃのお腹をつんつんさせてくれないかとか。


 ぶっちゃけ色々限界だったので、つい先日勇気を振り絞ってお断りを入れた次第なのです。ていうか一度も面識の無い人といきなり夫婦だなんて、やっぱり無理だと思うのです。


 ナーダさんは腰に手を当てたまま首を傾げ、


「まあ、フェンツァイがしつこいのはどーしようもないこととして。意外ね、ゼフィリアの人ってもっと積極的なんだと思ってたわ。男にだって先手必勝でしょ?」

「うーん、突然過ぎまして心の準備が……」

「いいじゃない。ウチの奴等なんかに比べたら最高だと思うけど」

「いえいえ、アーティナの男性だってほら、見た目だけは麗しくなった、んじゃないかと……」


 答えながら、わたしはずーんと暗い気持ちになりました。わたしの前に立つナーダさんもずーんとした感じで、


「そう、なのよね……。本島は様変わりしてるそうよ。帰ったらどうなってるのか、ちょっと怖いわ……」


 アーティナの女性が男性を嫌う理由。それはせっかく整えた自分の空間、つまりは家に泥や土を持ち込むから。そこにはアーティナ女性陣の我慢の歴史があったそうです。


 しかしそれも過去の話。今アーティナでは頭痛の種だった男性がきれい好きになったことで、息子を持つお母さん勢がマジ泣きで喜んでいるのだとか。


 そして何より変わったのが男孫を持つ女性、お婆ちゃんたちの生活。ええ、この世界の男性のお婆ちゃん好きはハンパないのです。


 アーティナのお婆ちゃん勢は今まで泥まみれでうっとうしかった孫が急にきれいになったので大喜び。男性の方は男性の方で、お婆ちゃんたちの態度が急に軟化したので大喜び。


 泥さえ落ちればアーティナの男性は完璧麗しメン揃い。しかも性格は温和で誠実。舌が超絶終わっているだけで、基本とてもいい人たちなのです。


 そしてやはりこの世界のお婆ちゃんもお婆ちゃん。孫がかわいいのは何処も同じようで、男性が持ってくるものを笑顔で受け入れているのだとか。


 男性陣は今まで無駄と言われてきた生き物を育てる習慣が一気に評価され、とても張り切っているのです。特に牛乳で作る甘味はどの女性にも好評らしく、麗し肉さんたちは乳製品作りに奔走しまくっているそうで。


 大丈夫でしょうか。アーティナの牛さんたちが干上がってしまわないか、少し心配です。


「とてもいいことだと思います。でも……」

「そうね……」


 この世界の女性は老いを止めず老衰するか言葉が枯れない限り亡くならない。しかし、男性は違うのです。大切な時間が増えれば増えるほど、その人を失ってしまった時の悲しみは大きくなるのです。


 ナーダさんとわたし、二人きりの修練場。

 大きな柱の間から入ってくる、アルカディメイアのそよ風。


「変わるのなんて、一瞬ね」

「ええ、本当に……」


 ナーダさんは気持ちを切り替えるようにお顔を上げ、


「メイ、次は水とはがねでお願い。さっきよりも攻めの角度を増やして」

「はい、分かりました」







 一通りの慣らしを終え、ナーダさんとわたしは休憩の時間。修練場にはいつの間にかお姉さまたちの姿が増えています。お風呂に飽きたか講義を終えたか、ナーダさんの調整を見学しに来たのでしょう。


 わたしが修練場の端に正座していると、ナーダさんがわたしの前に立ち、二の腕でこしこしと頬をこすり、ぐーんと伸びをして、


「ありがとう、メイ。おかげで随分感覚が戻ってきたわ。そうそう、そっちの講義も順調そうでよかったじゃない」

「えっ!?」


 ナーダさんの認識にわたしは衝撃。だってナーダさんはわたしが講義を開始してから一度も出席してくれていないのです。


「ぜぜぜ全然なのですナーダさん! 一度でいいから来て下さないなのです! ていうかどんどん参加者が減ってしまって、ううっ、わたしは不安で胃がキリキリなのです!」

「どの島もメイの研究にかなり注目してるわよ。それに、人なんて増える訳ないじゃない」

「ほえ?」


 ナーダさんはほえっとするわたしにアーティナの学生、その受講の仕組みを教えてくれました。


 勉強は個人で完結しているもの。わたしの認識はそうでした。しかし、アーティナの受講者は領に戻るとその内容を他の人と共有するそうなのです。


 自分が得たものを上手に人に伝えること。それが出来なければ、自分の血肉になっていない。自分の言葉に出来ていない。


 出席する人間を入れ替え、伝言ゲームのように集団で教え合う。理解度に差が生まれるのは仕方がない。その場合、より理解を得ている人間が「持てる者」として分析し、分かりやすく人に伝える。


 ひとつの講義に対して集団で取り組み、総合力を上げるやり方。


 頭の中の記憶にある点数評価は人を競争させ育む構造として非常に効率的で分かりやすいのですが、こちらの教育は集団能力の底上げに重きを置いているのです。


 思い返してみれば、確かに受講者の顔ぶれが毎回違ったように思います。


「しょ、しょうだったのですか……!」


 驚きに打ち震えるわたしを前に、ナーダさんは近くにいるお姉さまたちに向かって、


「今、余裕がある娘だけでいいわ、水込め石を作って。飲み水とお風呂用よ」


 ナーダさんの声で、お姉さまたちはサッと水込め石を作成。


「見ての通りよ。石作りの速度、生産数、共に向上しているわ。あなたの研究通りね。もう少ししたら数字を蓄えて回すから、統計をお願い」

「ナーダしゃあああん! ありがとうございましゅ! ありがとうございましゅうう!」

「ちょっと! 引っ付かないでよ!」


 ナーダさんのお腹に抱きつき、わたしは感謝感激ボロ泣きしました。そんなわたしに向かい、ひとりのお姉さまがクスクス笑いながら、


「喧嘩の総合勝率も上がっているんですよ。あと、言葉で縛る石作りは全然疲れないので驚きました。アンデュロメイア様の教えは、アーティナ領の女性にほぼ浸透していますよ」

「ああありがとうございましゅありがとうございましゅうう!」


 そのお姉さまの言葉で、わたしは更に涙腺崩壊。ナーダさんはうざったそうにマジ泣きのわたしを引き剥がし、


「せっかく作ったのだもの、保管したい娘は保管しましょう。ルーデ! 何処行ったのかしら? ルーデ!」

「何の御用でしょう、殿下。ご覧の通りめっちゃ忙しいので後にしていただけませんか」

「あんたね……」


 ナーダさんの呼び声にレイルーデさんが即参上。筋肉。そしてその手には大皿に盛られた山盛りの揚げ魚。その揚げ魚をもりもり口に運びながら、レイルーデさんは迷惑そうなお顔をしています。


 わたしは揚げ魚の上にふんだんにかけられた白いソースに気付き、そういえば、と思い出しました。アーティナの麗し肉さんたちが集めてきた素材の中に小粒ですが、玉ねぎのようなものがあったのです。


 それを細かく刻み、卵を使わないマヨネーズと混ぜ、島わさびで和えれば簡易タルタルソースの出来上がり。レイルーデさんは厨房でイーリアレとそれを作っている最中だったのですね。


 わたしやナーダさんがその山盛りの揚げ魚をじーっと注視していると、


「いけません、殿下。これは毒です」

「毒……?」


 何を言ってるんだろうといった表情のアーティナ勢。レイルーデさんは高速で揚げ魚をたいらげ、そのきれいなお顔をキリッとさせ、


「そう、これは人に効く唯一の毒と言っていいでしょう。その味その威力に抗うことは絶対に不可能。このような味を作り出すなど、イーリアレの言う通り、アンデュロメイア様の頭はやはりどうかしておられる。人を痛めつけるだけではなくこのような快楽まで利用して人を貶めようとは、その常軌を逸した思考にはただただ恐れおののくばかり。このレイルーデ、いとも簡単に屈してしまいました。草を魚の腹に詰めて炙る、牛の乳で貝を煮る、その猟奇的な技の数々には戦慄することしきり。しかし悲しいかな、これは学問。仕方のないことなのです。わたしは殿下の側付きとして徹底的にこれを学ばねばなりません」

「あんたね……」


 ナーダさんの視線が呆れたような胡乱なものに。レイルーデさんは空になったお皿の上にお姉さまたちの石を乗せると、「では学問に戻ります。ええ、学問です」と即退場。筋肉。


「えーと……」


 ナーダさんは見事にぶった切られた話を元に戻そうとして、


「メイ、そんなに不安なら喧嘩での応用法も指南してみたら? 生活用の石と同じよ、あなた人に教えるの上手いもの。喧嘩に使う石の調整、そして使い方。それを人に伝えるの」


 その提案にわたしは口元をむにゃむにゃさせ、


「ううっ、でもわたしはやっぱり喧嘩は苦手なのです……」

「そう? あなたの喧嘩は仕上がってると思うけど」

「ほえ?」

「メイの技に近付きたいならば、メイの講義を受けるのが一番なのよ」


 ナーダさんのお話に、わたしと広場のお姉さまたちは首を傾げました。ナーダさんはそう言いますが、わたしに喧嘩のセンスがあるとは思えないのです。


 首を傾げたわたしたちを前に、ナーダさんは、ぱんと手を叩き、


「じゃあやってみましょう、簡単よ。イーリアレが言ったでしょ? 喧嘩に決まりを付け足すの」


 座って、と言われ、わたしはその場に正座。ナーダさんは右手に砂込め石を纏わせ、わたしの前に白い円筒形の石柱を作り出しました。そしてわたしから少し離れた場所に自分も座り、石柱を作成。そして、


「お互いの石を倒せたら勝ち。作っていいのは一種類、石の数は一つだけ。いい?」


 なるほど理解です。これはつまり石を使ったゲームですね。


 石作りの速度と機能が勝敗を分ける、石の早撃ちのようなルール。頭の中の記憶の西部劇の決闘みたいで、なんだかドキドキしてまいりました。


 距離を取って座るわたしとナーダさんの間、見極め役を買って出たお姉さまが前に出て、


「では、はじめ!」


 直後、ナーダさんの右手に生まれる黄色い石。わたしはその石の機能を即解析。込められた言葉は「石つぶて」のみ。


 わたしは右手に黄色い石を作成、機能は石壁。自分の石柱の四方を囲うように石の壁を凝結させました。


 専守防衛! これでナーダさんの石は無力化出来たはず! あとはわたしの方がつぶて代わりの石壁を発射すれば……!


 と、わたしが攻撃に移ろうとした瞬間、四角く囲った壁の中心からわたしの柱がしゅぽーんと飛び出しました。


 一瞬で真っ白になるわたしの思考。地面に落ち、ころころ転がっていくわたしの柱。


「わ、私の負けです……」


 うなだれるわたしの対面、ナーダさんがもの凄く残念そうなものを見る目で、


「メイ、囲うなら天井も作らないと意味ないじゃない……」

「そ、そうでした……」


 わたしは石の床に手を突き完敗のポーズ。がっくしです。この喧嘩の形なら勝てると思ったのですが……。


 ナーダさんは砂込め石で石の床に干渉し、柱の下の床をひょいっと隆起させただけなのです。そう、干渉能力を忘れていたわたしがウカツだったのです。


 ナーダさんは立ち上がり、ゲームに使った石柱などをパッと消去。そして近くにいるお姉さまたちに向かって、


「状況によって単機能な石を作り分け、生産数で押し切る。これがメイの技の種明かしよ。でも、警戒すべきは第一に作成速度なの。生産数は二の次。分かった? メイを相手に後手に回ったらもう終わり、対処する間に畳み掛けられ、建て直しも出来ずに負けるでしょうね」


 その説明に、おおっと感嘆の声を上げる修練場の面々。流石ナーダさんの分析力、そんなのわたし自身考えたこともありませんでした。


 ナーダさんはふおおーと感心しているわたしを見下ろし、


「メイ、わたしには六種の石も紫の石も無理だけど、それでもあなたに出来る助言はあるわ。あなたの陣は力任せ過ぎるの。もっと石の剋を利用しないと、メイなら分かるでしょう?」

「こく? とは?」


 こてんと首を傾げるわたしに、ナーダさんはあり得ないというお顔をしたあと、何かに気付いた様子で、


「そうよね、ゼフィリアは風と水の島。風と水に生剋は無い。はがねを生み出せるのはヘクティナレイア様だけだから、なるほどね……」


 よく分からないわたしにナーダさんが教えてくれた、石の相性。


 はがね石の特性は超強い人体に干渉できること、つまり気込め石で作られたものに対して効果が大きい。水をかければ火は消える、つまり火込め石は水込め石に弱い、など。


 そのお話を聞き、わたしは頭の中の記憶に似たような法則があるのを確認しました。


 五行生剋。


 土は水の流れを塞き止め、水は火を消し、火は金属を溶かす。


 風水という学問に用いられる思想で、自然を読み解きその力の流れを予測するためのものだとか。


 わたしは自分の経験の中で、それが効率的に働いた事柄を思い起こします。それは初日の喧嘩でリフィーチのお姉さまがわたしのはがね石を火で蒸発させた技。火は金属を溶かす、あのお姉さまは剋に基づき、わたしのはがね石を制したのです。


 ナーダさんがわたしの技を生産数で押し切る力任せと言ったのは、全くその通り。わたしは石作りをほぼ生活のためだけに使っていたので、石同士の相性に気付かなかったのですね。


 アーティナは水と砂の島。土は水を制する剋。だからアーティナの女性は同郷同士の喧嘩に砂込め石を使う人が多いのだとか。


 リルウーダさまの双剋という二つ名は、土を剋する水込め石の技をお持ちであることから付いたのだそうで。なるほど勉強になります。


 わたしがふむふむしていると、どうやらお姉さまたちも早撃ちゲームをする流れに。慣れたら決まりを外し、徐々に喧嘩に近づけていくことで石作りの技術を高めていくという訓練方法を試すようです。


 お姉さまたちと話し合いを終えたナーダさんは、申し訳なさそうなお顔で、


「ごめんなさい、メイ。ちょっと待っててもらえるかしら?」

「大丈夫です、ナーダさん。わたしはここで見学させていただきたいと思います」


 そう答えると、ナーダさんは、ふっと微笑み、お姉さまたちの輪の中へ。


 わたしは修練場の端に正座し、改めてその場を眺めました。視界に映るのは、アーティナのお姉さまたちの喧嘩風景。


 風にたなびく金髪。午前の陽に照らされた真っ白な肌と、伸びやかでしなやかな筋肉。この世界の人間の、当たり前の姿。


「拳は握らないで。手を握るのは相手に届く時だけでいいわ。石を作るかもしれないと、常に相手に思わせておくの」


 お姉さまたちに助言をし、助言を求めるナーダさんの背中。


 そんなナーダさんを見ていて、わたしはようやく理解したのです。


 それは島主になるため、わたしがアルカディメイアで学ばねばならないこと。漠然としたお勉強などという言葉ではなく、ナーダさんを見て、見習って、その輪郭がはっきりしたのです。


 それは、人に納得してもらう方法を学ぶこと。


 わたしが島主候補に選ばれたのは、何となくいい感じになるかもというふんわりな理由でしたが、そこにはやはりゼフィリアに住む人たちの納得がありました。


 そして、わたしが納得を得られたのは、人の力を底上げできる能力が評価されたのだと思うのです。お料理の時、石作りの相談の時。明確に言語化できずとも、ゼフィリアの人はわたしにそういうものを感じていたのだと思います。


 今のわたしでは島主として不十分。


 わたしは今ようやくお母さまの言葉を理解することができました。今のわたしでは明らかに足りない。より納得を得られる方法を学ばなければならないのです。


 島主として、どう在るか。


 ひいお爺さまは火込め石など、まず石の生産でゼフィリアに安心と安定を。そして男性としては高齢であったことで、島の安全を明確化していました。


 リルウーダさまは世界さいつよの女性。その地位は六十年以上不動のままだと聞きます。これはアーティナの女性の自尊心そのものと言っても過言ではありません。


 リルウーダさまはひいお爺さまを見本としたとおっしゃっていました。強さを見習い、強さによって納得を得る。リルウーダさまはそれが出来たからこそ、アーティナの島主足りえたのです。


 そして、ナーダさんは次代のアーティナの受け皿として相応しい人間であるように思えます。リルウーダさまが島主を辞し、その象徴が空席となっても、民と力を合わせ世界で一番のアーティナを維持できる。


 肉が弱めでも、ナーダさんには人を惹き付ける求心力があるのです。本人が自覚しているかは別として、既にその信頼を勝ち得ている人なのです。


 アルカディメイアのアーティナ領。

 大きな石の柱に囲まれた、お昼前の修練場。


「あの、アンデュロメイア様。先ほど殿下にされていた肉の調整ですが、わたしたちのお相手もしていただけませんか?」


 気付けば、広場のお姉さまたちがウズウズした表情でこちらを気にしています。話し掛けてくれたお姉さまのお顔を、わたしは見上げ、


「申し訳ありませんが、少しお時間をいただきたいのです」


 その返答に、お姉さまたちはガッカリ顔に。ですが、わたしはお姉さまたちの瞳をまっすぐ見て、口元をきゅっとさせ、


「ゼフィリアの喧嘩はよく目にしていたのですが、アーティナの喧嘩にはまだ慣れていないのです。お姉さまたちの喧嘩を拝見させていただければ、その動きに適した石の配置でお相手できると思います」


 喧嘩に混じれなくとも、喧嘩に使う石の作り方なら思い付けるかもしれない。ナーダさんが教えてくれた剋、石の相性。その考えを元に、人に対策を持たせてあげる事が出来るかもしれない。


 わたしの言葉でお姉さまたちはその表情を一変。それはこの世界の人間らしい、獰猛な笑顔。


「ええ、それではよくご覧になって」


 そう言って、アーティナのお姉さまたちは修練場に広がっていきました。


 わたしがナーダさんから、アルカディメイアの様々な人から学ばねばならないのは、信頼を得るために人を納得させる方法。この世界の人から納得を得るための方法。


 喧嘩で。このアルカディメイアでは学問で。


 それはとても難しいことだと思うのですが、わたしはわたしに出来ることで、それを勝ち得なければなりません。


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