第121話 賢者は炎の山を進む

 見渡しても岩ばかり、ざらざらとした地面が延々と続いている。昔の噴火で固まった溶岩たちが、奇妙な形の山肌を作り上げ、踏破しようとする者に試練を与えるかのように、険しい悪路が連なっていた。


 おまけに肌寒かった。火山群というからには、むしろ暑いくらいを想像していたが、山肌を吹きすさぶ風には冷気が混じっている。今の季節が冬であることを思い出しながら、ルーイッドは灰白の緩い斜面を登っていた。


「雪でも降れば、少しは良い眺めになるんじゃない?」


「それは困るよ……。これ以上、登りづらいのは正直きついって……」


 軽い雑談をしているときでも、足では岩場の感触を常に確かめていて、気を抜くことはできなかった。一番前で先導しているノルソンを追って、メキが続き、その次にレイラ様が続いて、竜の勇者が続いて、自分とバリエラの賢者二人が最後尾で続いている。


 厳密にいえば、アルエッタも運んでいるので、最後尾は三人だが。


「がんばれー、アタシを乗せて進めー、ルーイッド」


「……アルエッタ、元気になったんだったら、自分で飛んでくれないかな?」


「やだー、まだ疲れてるもん!」


「はいはい。じゃあ極力、暴れないようにね。ついでに、静かにしてくれると助かるかな」


「なんでぇー! なんかしゃべらないと私の出番がやってこないじゃん!」


「いったい何の出番だよ」


 ずっと休んでいた反動かもしれないが、左肩にどっしり乗っかって、いつも以上の減らず口を叩いている。ただでさえ荷物が増えたのに、わがままな妖精は、ここがいいと言って聞かなかった。


「だいたい、なんでアタシ以外が乗ってるの!? そこは私の特等席だったじゃん」


「そうした覚えはないかなぁ」


「むぅーっ!」


 アルエッタが騒ぐ原因。それは右肩に乗せている機械の鳥の姿だった。斥候鳥型スカウジョン。ノルソンが操る機械獣マキナスレイヴのうちの一体だった。


 金属でできた硬質な見た目に反して、重さは意外と軽い。しかもピクリとも動かないので、時折暴れるアルエッタよりも肩に乗せやすい。


(……いや、肩に乗せやすいって何だよ。自分で思ってなんだけど)


「こうなったら実力行使っ! そこは私の席だぁー!」


「ビクともしてないよ」


 わざわざ移動までして、斥候鳥型スカウジョンを押し出そうとしているらしいが、そもそも妖精が非力すぎて、まるで動かせる気配がない。少し体力が削れたほうが大人しくなるので、賢者はアルエッタを放置することにした。


 今、自分たちは敵地にいる。しかし、不気味なくらい魔物の気配は感じ取れなかった。なら、少しくらいうるさくても問題ないだろう。


「一応、ちょっとは緊張感を持ちなさいよ。その感じじゃ仕方ないけど」


 少し呆れたようにバリエラにつぶやかれる。別に気を緩めたつもりはなかったが、確かにそう見えなくもなかった。


「うん、ごめん。でも、一応、周囲の警戒はしているよ。最悪、機械鳥これが反応してくれるだろうし」


「…………。あまり、あの人を信頼しすぎるのも、どうかと思うけど」


 少し物言いたげにするバリエラに対して、ルーイッドは大丈夫だと答えておいた。


「だいたい、出発前に何を話していたかもしゃべらないし、最近、あんた、私に隠し事が多いんじゃない?」


「気のせいだよ。ノルソンさんと話したことだって、表立って言うことでもないし」


「…………。そこまで言うなら、聞かないでいてあげるけど」


 嘘ついてるでしょ、と鋭い視線が飛んできて、ルーイッドは曖昧に笑った。他愛もないことなのは本当だった。だが、彼女の前では絶対に言えない。だから、適当に流すしかなかった。


 ――――自分に自信がないみたいだな。悩みでもあるのか?


 話があると言われたが、実際にノルソンと喋ったのは、出発の直前になってからだった。ネツゲレロウス火山群を踏破するルートを、改めて整理していたらしい彼は、やってきたルーイッドに向かって、開口一番にそう尋ねてきたのだった。


 この質問に対して、もちろん虚を突かれたせいもあったが、上手く答えることができなかった。つい反射的に、はぐらかそうとして、はぐらかしていいのか悩んでしまって、思わず固まってしまった。


 ありがたいことにノルソンは、無理に話させようとはしてこなかった。むしろ、話をらし、作戦会議でのことを話題に出してきた。


 君たちが選ぶことになった二つのルート。あの条件なら、どちらの道を選んでも正解ということはない。君の言う考え方も間違いではなかった。だから、俺は君がもっと強く主張してくるものかと思っていたよ、と。


 どうやら、あのときに意見を押し通そうとしなかったから、らしくないと思われたらしい。ノルソンの中での自分は、かなり意志の強い人間になっているようだった。


 買い被り過ぎだと伝えると、ノルソンにかぶりを振られた。君は奥底では頑固者だと俺は思っている。でなければ、あのとき水の勇者を救おうなんて思えない、とまで言われてしまった。


 だから、君が抱えている悩みは相当なものなんだろう。何かは知らないが、解決できない類の問題ならば、その不安は顔に出さないほうがいい、とノルソンは指摘する。


 これから先は、何が起こるか分からない。もちろん、安全なルートをとるつもりだが、敵との遭遇はゼロにできない。


 ほんの少しの不和が命に関わるかもしれない。悩みを取り除けるのならば、できる限りの協力はするが、どうしようもない類の悩みであるなら隠し通したほうがいい。余計な不安を仲間に与えてはならない、と。


(まさしく、どうしようもないほうの悩みなんだよね……)


 解決できないというより、解決するための手立てが見つからない。このままでは皆に付いていけないであろう自分が、力不足を埋めるための時間や機会は存在しない。

 詰んでいる。だから、黙るしかなかった。


 ちなみに、斥候鳥型スカウジョンを渡されたのも、そのときのことだった。万が一、ノルソンが目的地まで誘導できなくなった場合、これが代わりになって案内してくれるらしい。


「……ん?」


 先導していたノルソンがふいに歩みを止めて、それに続くようにして全員が足を止めた。特に行き止まりというわけでもなく、そこから先も二、三人が横に並べるほどの、なだらかな下り坂が続いている。


 ただし、その奥のほうまで視線を向けていくと、下った先は深く地面が沈み込み、周囲の岩壁にも囲まれて、暗闇で見通せなくなっていた。直感的に洞窟だ、とルーイッドは思った。会議の中でも話に出てきていた洞窟だが、そのルートは使わないということになっていたはずだった。


「結局、洞窟を通るのですか?」


「いや、その予定はない。俺たちが行くのは、あそこだ」


 確認する水の勇者に、ノルソンは洞窟のほうではなく、その隣に立つ断崖のほうを指差した。正確に言えば一部の岩壁が削れたらしく、ひどい傾斜になっているが、上り坂となって道が分かれていた。


「実質、崖登りだな。あの上を越えて、途中まで頂上への最短ルートを通っていく」


「…………」


 あまりの高さにルーイッドは息を呑む。一応、坂にはなってはいるが、下手をすれば王都で見る、どの建物よりも高い壁を素手で登るということになる。


「……登っている途中で魔物に襲われたら、ひとたまりもないじゃない」


 危なすぎてルーイッドも懸念したことを、バリエラが言葉で表した。対してノルソンは、思案顔をするレイラ様とアオのほうへと視線を投げかける。


「ここら一帯は、まだ火山の序の口だからか、魔物の数もそれほどじゃない。加えて、自然発生する魔物程度なら、勇者二人の力があれば、どうとでもなる。違うかい?」


「……そうですね。薄く漂わせている霧からも、敵は感知できませんし」


「問題ないのだ。最悪、誰か落っこちても、すぐに助けられるのだ」


「――ということで、いいかい?」


 同意を求めるノルソンに対して、バリエラも分かったわよ、と渋々と了承した。


「じゃあ、僕が強化の奇跡をかけるから」


「そこまでする必要はないわよ」


 バリエラに遮られ、彼女は山肌に階段を造るように結界を展開させる。複数の半透明の壁が岩壁に差し込まれ、あっという間に安全な足場が完成した。


「素晴らしいな。一流の工作兵でも、こう早くはできない」


「すごくも何ともないわよ。それより、あんたはさっさと登りなさい。先導役でしょ」


 ああ、分かってると言って、まずはノルソンが、続いて皆が、バリエラの敷いた階段を上り始めていく。ルーイッドはしばらく呆然と立ち尽くすしかなかった。


「ほら、あんたも行きなさいよ」


「う、うん……」


 もしかしなくても、補助役としても負けているんじゃないだろうか? あまり考えたくなかったが、意識させられて、ため息をつかずにはいられなかった。

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神は勇者を召喚しなければならない 瀬岩ノワラ @seiwanowara

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