第79話 賢者と青年は闇で邂逅する

 一時の混乱の後、早とちりをしたとバリエラは謝罪する。様々なことが起こりすぎて、状況を冷静に見ていなかった。考えてみれば、ノルソンたちが魔人と同盟を結んでいるはずがない。組んでるならば、エベラネクトでの騒動の時点で、ルーイッドたちを襲っているはずだった。


 ――いや、襲っていた。ただし、支配された水の勇者の処遇での対立が原因だったが。


「こちらこそ、驚かせて済まない。既に耳にしているかもしれないが、改めて名乗らせてくれ。俺はノルソン、そしてこっちが……」


「メキ。私も勇者。話はもう一人の賢者から聞いた?」


 人の良さそうな笑みを浮かべて、ノルソンたちが自らを紹介する。まず、ノルソンのほうだが、見た目は親しみやすい雰囲気のある好青年だった。特に魔力のようなものも感じられない。何も知らなければ、ただの冒険者くらいに捉えるに違いない。


 メキのほうは、見た目的にはバリエラと同世代の少女に近い。饒舌なノルソンと比較すると、無口な彼女は相対的に冷淡な印象を受けた。ただ、先ほど躊躇なく壁をぶち壊したあたり、実際のところの思考回路はかなり単純というか、力押しが過ぎるように感じた。


 エベラネクトからの報告では、考えの読めない男と寡黙な少女の二人組として聞いただけだったので、実際に二人を見た印象はバリエラの想像と乖離していた。


「聞いてはいたわ。いたんだけど……」


 少しの困惑を携えて、バリエラは自分の横髪をいじる。ほとんど情報が無い二人組。そのうえ一時は敵対までしている。いきなり全面的に信用するほうが無理な話だ。


「完全な味方じゃないっていうのが、ややこしすぎるのよ。いきなり魔法を放とうとしたことは本当に悪く思ってるけど、今までのあなたたちの行動も大概なんじゃない?」


「確かにな。だが、そういう任務なんだ。申し訳ないが許してくれると有り難い」


「戦力外の勇者の排除でしょ? 正直、私としては、物騒でしょうがないんだけど」


「言われたところで、俺にもどうしようもない。状況次第では、俺は君たちとの敵対も考えなければならないからね。そんな事態が来ないことを願ってるよ」


 全く動じた様子を見せずにノルソンはあっさりと回答する。誤魔化しは全くせず、今後の敵対する可能性すら認めていた。


「ちなみに、次は誰が標的?」


「ハハハ、それは秘匿事項だ。……と言いたいところなんだが、安心してくれ。現状は全員保留中だ。魔王討伐のために動くなら、勇者たちをわざわざ減らす必要性は無いと俺は考えている」


「本当に?」


「ああ、貴重な戦力だからな」


「でも、私たちの監視はしてるってことよね?」


「…………」


 返事の代わりに、彼は笑って肩をすくめる。より胡散臭さが増していた。ただ、これ以上は掘り下げできなさそうなので、バリエラも訊くのは止めにした。代わりに話題を少し変える。


「そういえば、エベラネクトでの戦いはどうなったの? 結局、最後まで報告を聞けなかったのよね」


「ああ、ルーイッド君が随分と活躍した戦いだったよ。水の勇者は支配から解放され、襲来していた魔物たちは消滅あるいは逃亡した。君たちの完全勝利と言っても申し分ない」


「賢者は無事。誰も死んでいない」


「……そう、良かった」


 誰も死ななかったと聞いて、バリエラは胸を撫で下ろす。囚われてから情報が一切入ってこなかったため、ずっと頭の片隅で気になっていたのだった。


「その代わり、今度は手薄になっていた王都が攻められたというわけだ」


「そっちのほうが被害甚大なんだけど………」


「そして、俺たちは戦いの後、魔人の分身体を追って、ここへと辿り着いたというわけだ。まさか、君がさらわれているとは思わなかったよ。結界の賢者は意地でも城から出ないと有名だからね」


「なんで、そんな噂になってるのよ!?」


 無駄に出不精を強調されていた。別に城から出たくないわけじゃない。ただ、職務や研究で忙しくて、最近は全く外出をしていなかっただけだ。前にレイガルランに行ってから、それきりだったかもしれない。


 だが、初対面のノルソンたちに愚痴るわけにもいかず、バリエラは苛立たしげに息をつく。そのとき、メキから肩を小突かれて本題を思い出させられる。


「様子をなくていいの? もう一人の子の」


「あっ、カナリナは?」


「? ――ああ、あの子はそういう名前なんだな。入ってきてくれ」


 壁の穴へ入るようにノルソンが手招きする。それほど屈まずに通り抜けると、変わらず暗い部屋へと出る。ただ、バリエラがいた部屋はほぼ何も無かったが、こちらにはいくつか調度品が置かれている。


 元は物置部屋らしかった。中央に置かれた光源のランプ以外は、しばらく誰の手にも触れられなかった家具たちが、山のように積み重ねられている。複数の椅子や机、骨組みだけのベッド。


 そして、カナリナは硬い骨組みのベッドの上ではなく、床に敷かれたシーツの上にしていた。見たところ、元はほこり除けとして被されていたシーツを剥ぎ取ったらしい。汚れていない裏面を山折りに畳んで、寝台の代わりにしてある。


 とりあえず、カナリナの手前に座った賢者は、彼女の外套を脱がし、中の衣服を少しだけめくった。


 露わとなった腹部の灰白い肌が、ランプの光によって照らされる。見るからに血の気が無かった。死人のように熱のない肌に、賢者は静かに息を呑んだ。


「一応だが、息はある。脈拍も問題ない。……だが」


「分かってる」


 横から様子を見ていたノルソンが喋りかけたのをバリエラは遮る。続けて出てくる言葉がバリエラには分かっていた。


「……魔物化が進んでいるのね」


「ああ。軽く調べただけでも本来、人には存在しない器官や血管が、既に彼女の身体の中で張り巡らされている。医療は専門外でね。俺には手の施しようがない」


 バリエラは押し黙って浄化の奇跡をカナリナに注いだ。魔物化は症状を抑えつけることしかできない。なにやら解析をしたらしく、光を漏らした左目を元に戻したノルソンは、納得したように『なるほどな』と呟いた。


 浄化の光がカナリナの全身に行き渡ったのを確認して、バリエラは手を止める。


「これが私の限界。せめて、時間を掛けれるなら、元に戻せる方法を探すんだけど……」


「元に戻せる方法、か」


 カナリナの細い肢体を探っていくと、手足には崩落に巻き込まれた時の外傷がいくつかあった。包帯などで手当されてはいたが、念のためにバリエラも治癒の奇跡をかけておく。これで傷跡も残ることはないだろう。


 二度も奇跡の光を受けて、カナリナの顔が眩しそうに歪む。意識は取り戻しつつあるようだった。同時に、その光景を傍で眺めていたノルソンが、目つきを険しくさせていた。


「……一つだけ確認したいことがある」


「何?」


 もう少しで快復というところで、黒髪紅眼の青年は重そうに口を開く。


「この子を連れていく気なのか? こうして見る限り、戦いにも探索にも向いていそうな子じゃない。足手まといになるどころか、魔物化して脅威となる可能性すらあるんだが」


「……それくらい分かってるわよ」


 非情な問いに、バリエラはムッと視線を鋭くする。だが、言っていることは間違いでない。その場しのぎで症状を止めていたとしても、魔物化は時間の問題だった。指摘されるまでもなく分かり切っていた。


「……けど、だからと言って、見捨てられるかどうかは別問題でしょ」


「つまりは感情の問題か。気持ちは分かる。俺からも強要することはない。……だが、対処しなければならなくなったときは、どうしたほうがいいのかは分かるな?」


「…………」


「できないというなら、俺がやっても」


「――それはやめて」


 ほぼ反射的に答えていた。思わず拒絶してしまったが、ノルソンは何も言わずに黙る。


 とりあえず、早く起こすために、目を閉じたままのカナリナの顔に光魔法を照射した。瞼越しでもきつい光に、眩しすぎると彼女の目元が強張る。


「うっ……」


 ようやく目覚めたのか、カナリナの瞼がゆっくりと上へと動く。そして小さな隙間ができた瞬間、彼女は突然、両手で顔を覆って転がった。


「――目がっ!?」


「起きたわね。……ごめん」


 場の空気を変えるためにやった、という少々の罪悪感からバリエラは軽く謝る。光を止めても未だに目が眩むのか、のたうち回ったカナリナが再び目を開けるのには、更なる時間を要した。


「なんか視界がものすごく暗いです……」


「元から暗い部屋だから正常よ。体調は大丈夫? カナリナ」


「はい。……なんか、寝ている前より元気になっている気がします」


「治療したから当然よ」


 ひとまず、自我がハッキリしている状態なので、バリエラは安堵する。カナリナは、ただただ周囲を見回して、顔に困惑を浮かべているだけだった。


「えっ? ……ここってどこですか? というか、知らない人がいますよ!?」


「いるわね」


「というか、私、落っこちていませんでした? 気のせいでしたっけ?」


「記憶はちゃんとしてるみたいね。きちんと崩落に巻き込まれたらしいから大丈夫よ」


「大丈夫……? あ、なんか、すっごい魔物みたいな人いませんでしたっけ!?」


「ちゃんと覚えてるじゃない。頭のほうは良好で安心したわ」


「――私、全然、安心できてませんよ!?」


 起きたばかりで混乱の渦中にあるカナリナに対して、バリエラは適当にあしらう。その二人を乾いた視線でノルソンとメキは見つめる。


「どうするの? ノルソン」


「静観で構わない。どのみち後悔しない選択肢をとるのが難しい状況だ。あの子のことは賢者に任せる」


 青年と勇者のささやきは、幸か不幸か、賢者の耳に入ることは無かった。

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