第61話 青年は勇者と激闘する

 止まらない激しい炎で彩られた戦場で斬撃が交差する。地に広がる猛火すら意に介することなく、レイラとノルソンは斬り合いを続けていた。機械獣マキナスレイヴたちと黒い巨人たちもまた同様に抗争を繰り広げる。戦力の質は機械獣マキナスレイヴが勝り、量は巨人たちが圧倒的に勝る。


「――――」


 袈裟がけに振るわれた長剣を、レイラの水の剣が的確に受け止めて払い流す。なおも詰め寄って剣を振るうノルソンに対して、レイラはあしらうように後ろへと跳び退いた。攻めの姿勢を見せるノルソンはただ顔をしかめる。


「――怖気づいたか、水の勇者?」


「…………」


「会話する気はないみたいだな」


 口振りとは裏腹に、時間経過とともに、戦局が不利になることをノルソンは悟っていた。黒い巨人の増殖は止まることを知らない。現状では、分裂しかけた巨人を機械獣マキナスレイヴたちがことごとく狩っているから、辛うじて均衡が保たれているにすぎなかった。


 水の勇者のドレスから滴り落ちる黒い水の断片から、巨人は次々と発生する。故に、彼女を殺さない限り、無尽蔵に敵は沸く。


 一方のノルソンも多数の機械獣マキナスレイヴを操作しているが、一人では流石に限界があった。そもそもの話として、機械獣マキナスレイヴの一人による複数体運用は、彼が元いた世界の戦争でも推奨されていない。それほど負担のある行為を、ノルソンは機械化した体を生かし、強引に制御している。


「『ソード』、来い!」


 周囲の巨人たちを蹴散らしていた強襲甲虫型スカラシルダーの内の一体を呼び寄せて、水の勇者に突撃させる。真横から戦いに介入した『ソード』は、即座にレイラへ巨刃を振り回した。だが、水の勇者を守るように、地面から噴き出した黒い水が盾となって斬撃を防ぐ。


(――その行動は読み通りだ)


 ほんの少しだけ相手の注意が『ソード』へと向いた刹那、ノルソンは足裏の噴射口を利用して、爆発的な加速で間合いを詰める。レイラの視線が戻ったときには、回避不能な斬撃の間合いに入っていた。


 真っ二つに両断するように、ノルソンは握った長剣を水平に振るった。駆け抜けた紫光の一閃が、レイラの胴体を分断する、……寸前で、腕ほどの大きさはある黒い塊が、その軌跡を防ぎ止めていた。


 高加速したことで増幅された衝撃が、紫光を帯びた長剣をへし折り、壊れた刃が宙を舞う。ノルソンは黒い塊に向けて瞬時に蹴りを放ち、接着した足裏から炎を噴射させて、その場から退避する。それから壊れた剣を捨て、新しい長剣を虚空から召喚した。覚えた違和感と共に相手の姿を凝視して、思わず舌打ちした。


「攻守ともに優れた自在に動く装甲というわけか……厄介だ」


 複数の黒い人腕が、その肉体から生え出ている。正確に言えば、水の勇者が身にまとった黒いドレスが変異し、複数の黒い人腕となってうごめいているようだった。先程の斬撃をまともに受けたからであろうか、数本ほど手首から先が消失しているものも中には紛れていたが、この瞬間にも再生しつつある。


 黒衣に包まれた部分を狙うのは得策ではない、とノルソンは判断した。仮にも鉄程度の硬度なら軽く引き裂きことができる斬撃を完全に防がれたとなれば、攻めの手段を考え直す必要がある。


 だが、水の勇者は黒いドレスを全身にまとわせ、頭部もベールで覆われていた。辛うじて黒衣に覆われていないのは喉元のみ。


「『ソード』、『ランス』、『アックス』、――ん?」


 強襲甲虫型スカラシルダーたちに新たな命令を与えようとして、ノルソンはふと気づく。周囲の掃討を任せていた『ランス』、『アックス』の挙動にぎこちなさを覚えた。


 注視すると、鋼鉄の全身の関節部に、黒い液状の何かがくっつき、動きが阻害されているようだった。巨人の増殖を止められなくなった二体の強襲甲虫型スカラシルダーは、敵の物量に押され、ついには両方とも地に組み倒される。


「マズい。――『ハンマー』っ! 押し倒している巨人をまとめて叩き飛ば――」


 ――そのとき、周囲の炎が今まで以上に激しく揺らめき、急激に戦場が明るくなる。


 嫌な予感を覚えたノルソンは指示を中断して、戦場を一瞥する。炎上していた森が更に火の勢いを強めていた。だが、周囲の木々や草花はとっくに燃え尽きているはずだった。にもかかわらず、より激しさを増した劫火をノルソンはいぶかしんだ。


 そのとき、揺らめく炎の中から、燃え上がる巨人の姿が浮かび上がる。それは、黒化した水の勇者が最初に召喚した炎の巨人と酷似していた。


(戦いの途中から仕込まれていたか)


 次々と立ち上がった炎の巨人たちは、森の火災に紛れるように布陣する。機械獣マキナスレイヴたちと交戦中だった黒い魔人も次々とその身を炎に変化させた。直後、炎が波のように押し寄せる。狙いは勿論ノルソンだった。


「――強襲甲虫型スカラ全集合カムバックっ!」


 号令と共に、目の前の戦いから機械獣マキナスレイヴたちが舞い戻る。そのまま鋼鉄の盾となって、指揮者ノルソンへと迫りくる炎を防ぎ止めた。


 それでも、今まで以上に灼熱の地獄と化した戦場は、頑健な機械の体すら悲鳴を上げる。処理しきれなくない過剰熱は、いつ機関部を狂わせるか分かったものではない。それはノルソンの機械化した人体も同様。このままでは長く保たない。


 機械獣マキナスレイヴたちの鋼鉄以外、視界には炎しか映っていない。防御網を破って、攻撃を仕掛ける炎の怪物たちを長剣で両断しながら、ノルソンは戦場を観察する。


 基本的に巨人たちに戦いを任せることにしているのか、水の勇者は少し離れた場所で成り行きを眺めていた。炎を使役する様子は、水の勇者というよりもむしろ、炎の勇者といったほうが似つかわしい。


(――流石に、それは本物に失礼か)


 相手が積極的に動かないなら、まだこちらにも勝ちの目はある。だが、そのためには今ある手綱は離さなければならない。


「そろそろ高みの見物はやめてもらおうか」


 青年は耐炎加工もされた暗緑のジャケット――元の世界の軍服の内側から、一本の筒状の物体を取り出した。全体を赤の塗装がされた、円面の両側に突起物のある奇妙な物体。側面には解読できない文字や記号が側面にいくつか表記がされている。


 それからノルソンは左手で、機械化された自分の右腕の手首を握る。乾いた音と共に、手首裏に隙間が生じて蓋を開かせた。まるで何かを組み込むために意図的に開けられたような窪みが姿を晒す。ちょうど、その窪みは彼が取り出した物体と同じ形をしていた。


 迷いなく筒状の物体を手首に装填し、右腕を元に戻す。同時に、ノルソンの機械化した眼球が赤い光を放った。


 ――さらに、彼は機械獣マキナスレイヴたちにも指示を与える。


強襲甲虫型スカラ完全戦闘行動開始オートマチックオールデストロイ


 半自動だった強襲甲虫型スカラシルダーたちに、完全自動戦闘させるためのコードをノルソンは口にした。これより一時的に、機械の怪物たちの制御はノルソンの手を離れることになる。


 自動コードを与えられた強襲甲虫型スカラシルダーたちは、指揮者と同じように眼を赤く発光させる。指示を待たなくなった彼らは連携こそしないが、機械特有の人外の反応速度で戦闘行動を開始した。


 最初に、地に振り降ろされた槌が周囲に衝撃波を放ち、周囲にいた全てに土砂の弾丸を浴びせる。次に、上空から降ろされた鎖が次々と巨人の頭部を突き抜ける。さらに、高速で移動する剣が炎の巨人を両断した。


 本来の性能を引き出した強襲甲虫型スカラシルダーたちの逆襲が、再び戦場を強引に均衡状態へと持ち込ませる。だが、先ほどと異なるのは、今の強襲甲虫型スカラシルダーは味方の動きすら構わずに攻撃する。味方が傍に居ようが、躊躇なく武器を持って破壊の限りを尽くさんとしていた。


 当然、この均衡は長くはない。いずれ無理な稼働を続けたことで自壊した個体から機能を停止し、ゆくゆくは全滅が待ち受けるだろう。


 もっとも、先に水の勇者が仕留められれば問題はない。


「余所見していていいのか?」


「――!?」


 首裏へ向けて放たれた手刀を、水の勇者が紙一重で回避する。余裕のない全力の動きで、前転して避けていた。低姿勢ながらも身体を翻した彼女の視線の先には瞳から力強い赤光を放ち、機械化した身体に紫電を帯びせたノルソンがいた。


 あたかも武闘家のように、やや腰を落とし、半身に身構え、両手を軽く握っている。どこかに置いたのか、その手に剣はない。


 ――その彼の姿が一瞬ぶれる。


 直後、水の勇者の腹に鋼鉄の右拳がのめりこむ。黒衣に含まれた水が壁となって防いでいたものの、殺しきれない衝撃が黒ドレスの勇者の身体を吹き飛ばした。


 ノルソンは追い打ちに、瞬時に彼女へ肉薄し、その首を狩るかのように回し蹴りを放つが、流石に黒い腕を叩きつけてきたレイラによって相殺された。


「やはり、これでも簡単にはいかないようだな」


 即座に跳び退いた彼は、力を貯めるかのように身を屈める。


「どちらにしろ、手短に終わる」


 今のノルソンの身体能力は、つい数分前の彼とは比べ物にならない。機械化された彼の肉体ボディには戦闘用に様々な改造が施されている。しかし、それらの機構はエネルギーの消費が凄まじく、平時では制限せざるをえない。


 だが、戦時には追加のエネルギー源を投下することにより、彼自身も本来の性能スペックで戦うことができる。


 勿論、欠点はある。この地は彼にとって異世界ゆえに補給手段が乏しく乱用することはできない。そのうえ、燃費の悪さ故に長時間は稼働し続けられない。


「――終わらせる」


 音速を越えたことで生じる衝撃波など意に介さずに、ノルソンの姿が消え、一瞬あとに凄まじい打撃音が水の勇者から発される。


 多数の黒い義手がノルソンへと放たれるが、その疾さのために彼を捕らえることはできない。むしろ、包囲網を高速で潜り抜けた彼の猛打が水の勇者を襲っていた。黒衣の装甲に確実な毀損きそんを与え、修復されるよりも早く、その傷を穿うがっていく。


 あらかた装甲を剥がせたと見るや、一撃離脱を繰り返していた彼が、ふとレイラの目の前で動きを静止させる。それから右腕に紫電を輝かせ、両手を掌底の形に整えて、腕を後ろへ引いていた。


 一拍のちに震えた空気と共に、突きだされた彼の双腕が爆風を引き起こす。


 レイラも直線で腕を交差させて、辛うじて衝撃を殺していたが、それでも吹き飛びまでは防げなかった。


「――さて、これは耐えれるか?」


 その瞬間、戦場が急激に白くなり、水の勇者の側面から奔流となった閃光が突如、雪崩れ込んできた。



 ◇ ◇ ◇



 ほんの数分前、別の戦場で大暴れしていた鋼鉄の巨大鰐マキノスクスは、命令を受信して、尾で敵を薙ぎ払いながら、ある一方へ大顎を向けていた。


 ノルソンが指揮する機械獣マキナスレイヴたちの中でも、格段の大きさを誇るこの個体は、圧倒的な質量で敵を蹂躙する戦略兵器でもあった。


 ところで、異世界から来たノルソンには、先輩神からいくつか制限を言い渡されていた。その中でも銃火器の使用禁止は、彼の戦術を大幅に削るものであった。


 この世界でこそ、長剣やらの近接武器を使用しているが、実際の彼の世界での主武器は銃や砲。本来の強襲甲虫型スカラシルダーの多くにも銃火器が組み込まれている。そのために、ノルソンは遠隔攻撃の手段をほとんど失うことになった。


 だが、一つだけ例外がある。その機構は、そもそも先輩神の許可なしには召喚できない超弩級爬虫類型マキノスクスの大顎の中に組み込まれている。


 超弩級爬虫類型マキノスクスは巨大な顎を大きく開き、その喉奥にエネルギーを充填し、発射口に白い光を灯す。時間を掛けて、光は大きな塊となり、その喉奥を覆い尽くす巨大な球体へと変化していった。


 再度、遠くからの命令を受信した超弩級爬虫類型マキノスクスは、自身の顎を銃身代わりにして、その光体を解き放った。


 ――次の瞬間、射線上にあった森は跡形もなく、丸ごと消失することになった。



 ◇ ◇ ◇



 光の奔流が森の火災ごと呑み込んで通過していく。暴れる強襲甲虫型スカラシルダーたちも、自身の猛撃も全ては、この瞬間の為の布石だった。


 超弩級爬虫類型マキノスクスに内蔵された光線兵器は、ノルソンの世界でも、一つの拠点はおろか、一つの都市をまとめて破壊するほどの威力がある。あれほどの装甲を持つ水の勇者といえども、消耗した後ならば耐えられるとは思えなかった。


 ノルソンは発射指示を超弩級爬虫類型マキノスクスに送るや、即座に戦場から離脱していた。自動戦闘状態にあった強襲甲虫型スカラシルダーたちの制御も、同時に取り戻して離脱させたが、時間が無かったために、二体ほど巻き込まれている。こればかりは止むを得ない。


 火の森に残っていたのは更地のみ。あれほどいた炎の巨人も全て光に呑まれたらしく、人影のようなものは一体すら見かけない。


「どうにか、終わらせることができたか」


 強襲甲虫型スカラシルダーたちは機能停止している。極限の高熱に晒され続けたことで、内部にガタが生じたのか、異音や動作不良が生じている個体もあった。おそらく、メンテナンスをしないことには再び使用することは難しいだろう。


「――ん?」


 そのとき、上空偵察を続けている斥候鳥型スカウジョンたちから視覚情報が送られてきた。緑が広がる山野で行軍を続ける黒い魔物たち。水の勇者が倒されたというのに、動きが止まる気配はない。エベラネクトにいる魔物たちもまた、活動をやめる様子はなかった。


「……なにか、見落としているな」


 指を顎に当ててノルソンは思案する。今更、魔人と水の勇者が無関係だったとは到底思えない。


 まさか、と思いつつ、ノルソンは超弩級爬虫類型マキノスクスの光線兵器によって更地となった森に目を向ける。まだ戦闘機能が持続していることを確認してから視界情報を切り替え、熱源反応を確かめる。


 焼き払われたばかりということもあり、地表は基本的に高温を示す赤一色だった。だが、その中で一箇所だけ色が、強烈な熱源を示す白を表示させている場所があった。


 ――次の瞬間、白を示していた熱源から、間欠泉のように黒い水が噴き上がる。


 そこから跳躍した黒ドレスの勇者がノルソンの近くまで降り立った。その手には黒い水で生成された剣が握られ、その目には冷酷で静かな殺気が湛えられている。


「流石に弱ったな」


 今、強襲甲虫型スカラシルダーたちは動かせない。超弩級爬虫類型マキノスクスは離れているうえ、光線兵器も再使用には冷却時間がしばらく必要だった。戦闘形態の持続もそこまで長くはないだろう。


 もはや立て直しは難しく、勝つ見込みは少ない。作戦に失敗した以上、素直に撤退するのが上策ではある。


「……まあ、あいにく俺にも負けられない理由はある。そういう契約も交わしていることだしな」


 ほんの一瞬、なにかを思い返すかのように彼は一度だけ目を瞑り、鋼鉄の義手を強く握りしめる。それから再び戦いを始めようと身を屈めようとした時だった。


 上空で戦況の監視を続けていた斥候鳥型スカウジョンたちが、新しく得た情報を彼に受信させる。何かがこちらへ向かってくると。


 送信されたのは二つの映像。一つは、森を銀髪の少女が駆けている姿だった。障害物となる木々を身軽に躱しながら、ほぼ一直線に緑のジャケットを着た魔導人形の勇者が向かって来ている。


 それから、もう一人。こちらは映像を確認する間もなく、この地に到着する。


 流れ星のように飛来し、着地と同時に土煙を上げながら銀髪の少年が地面に滑り込んだ。


「……。少し遅かったようだね。ルーイッド君」


 地面に激突した少年に、平然と彼は声を掛けた。


「いや、まだ間に合いますよね? ノルソンさん」


 身体保護のための魔法が掛けられていたのか、少年の身体に傷はなかった。服に付いた土汚れを振り落としながら、強化の賢者は軽く咳をしたあと、周囲の状況を一瞥する。近くにいるノルソンと、黒に染まった水の勇者の姿を視認して、ゆっくりと立ち上がった。


「俺のほうは宣言どおり、水の勇者の命を狙っているところだ」


「それでは、すみませんけど、一度休んでいてもらえませんか?」


「もちろん、それでも構わない。だが、どうするんだ? 君には、あの勇者をどうにかできるのかい?」


 答えずにルーイッドは、勇者のほうへ歩を進める。白制服の腰には赤鞘が収まっていた。


「どちらにしろ、レイラ様相手なら僕は退けません。――勇者を支えてこその賢者。なら、勇者の目を覚まさせるのも賢者の役割でしょう」


 力を借りますと小さく呟いて、ルーイッドは炎の剣を抜いた。鞘から火花を散らせながら、赤白い金属の刃が、その形を露出させる。


 灼熱と陽炎をまとう剣先は、真っ直ぐに水の勇者へ向けられていた。


「手荒いですが、覚悟しておいてください、レイラ様」


 舞い散る火の粉と共に、強化の賢者はかつて尊敬した勇者に向けて、啖呵を切った。

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