第37話 遊び?

 パステルは分かったが、みんなどこで一晩過ごしたか分からず、帰ってくる様子もなかった。

「さすがに心配だね。ビスコッティ、みんなどこにいったの?」

 基本的には、最低でも二人組で行動する事というルールを作ってあるので、そうそう無茶はしないと思うが、なにせ好き勝手が好きな私のチームである。心配するなという方が、難しかった。

「師匠、確認します」

 ビスコッティが無線でいないメンバーを呼び出そうとした。

「雑音が酷くて上手く聞き取れません。しかし、全員無事でお昼までには帰ると、なんとか聞き取れました。恐らく、置き土産の迷宮で冒険ごっこをしているのでしょう」

 ビスコッティが、笑みを浮かべた。

「そっか、返事があったならいいや。私たちもどっかいく?」

「すれ違うと面倒なので、揃うまでここにいましょう。そろそろお昼ですし」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それもそうだね。それにしても、パステルは無事かねぇ」

 私は無線機のチャンネルを変えた。

「パステル、生きてる?」

『はーい、生きてます。お待たせしいています。今日中には、島半分のデータが揃うと思います』

 パステルの元気な声が返ってきた。

「それじゃ、頑張ってね」

「ハーイ!!」

 私は無線を胸ポケットに戻した。

 しばらくすると、部屋に置いてある長距離用の無線機が仮名って、私とビスコッティを呼ぶ声が聞こえてきた。

「はい、どうしました?」

 ビスコッティが無線のマイクを持った。

『うむ。久しいな。さっそく本題に入ろう。今、王都に異国からマッパーを名乗る者が二名訪れている。なんでも、一人でその島の地図を作っていると風の便りに聞き及んだということで、そんな無茶な話はない。事故で死ぬ前に駆けつけたとの事だが、島の地図作りは本当にやっているのか?』

「やってもらってるよ。異国ってどこ?」

『うむ。一人は周辺六国の一つタランタ王国だが、もう一人はわざわざ大洋を越えて約十八時間近く掛けてやってきたようだ。なかなか有名になったな』

「ぴーちゃんの情報管理が甘いって噂だけど、しっかりしてよ!! ……まあ、わざわざ時間とお金を掛けてきてくれちゃった以上は、断る理由なんてないんだけど、確かにパステル一人じゃ大変だね。おいでっていっておいて!!」

『うむ。分かった。その島までの民間の定期便はないし、別の飛行機を仕立てるのは大変だから、王都から定期的に物資を運んでいる、小型輸送機にでも同乗してもらおうかと……』

「だめ、それやるならせめてカリーナまでだよ。疲れてるのにさらに疲れちゃう。カリーナなら、常にどっかの飛行機のエンジンに熱が入っているから、それで運んでもらう方がいいよ。私のYS貸してあげるから!!」

『うむ。分かった、さっそく手配しよう。そうか、地図を作る段階まできたか。もう一個、島いる?』

「……欲しいかも」

「うむ。欲しいかもということは、今は不要ということだな」

 ぴーちゃんの声が聞こえた時、私は背後から肩を叩かれた。

「ん、犬姉か。どうしたの?」

「いらないなら、その島ちょうだい。警部の隊員をぶっ壊して直して鍛えるから!!」

 犬姉が笑った。

『うむ。トークボタンを押しっぱなしだぞ。話は聞こえた。ビスコッティに資料を送るから、参照して決めてくれ。カリーナの平和を守るのだ』

「その前に、情報ダダ漏れをなんとかしろ。ったく……」

 犬姉はブツブツいいながら、家の玄関方面に去っていった。

「……うわ、警備部のみなさん死んじゃうかも?」

「私はいかないですよ。ってか、なんで私に資料送るんですか。直接やればいいのに。

『うむ。放棄されたゴルフ場とかあるし、邪魔なホテルの残骸とかあるので、なんか殺されそうで怖いからだ。以上』

 それきり無線は黙った。

「さぁ、お客さんだよ。それで思い出した。ホテル見てない!!」

「もう営業しています。見物に行きましょうか」

 ビスコッティが、車の鍵を取り出した。

「車を回してきます。師匠は玄関の前で待っていて下さい」

 ビスコッティは資料の束を持って、先に外に出た。

「楽しみだねぇ」

 呟き、私はカメラとスケッチブックを持って、玄関の外に出た。


 玄関の扉の前に出ると、派手にデカールがベタベタ張られたブルーメタリックの車の車が爆音を立ててやってきて、すんごいブレーキ音を立てて止まった。

「師匠、助手席にどうぞ。私の私物を運び込んだのです」

 ビスコッティが、助手席側の窓を開けて声を掛けてきた。

「……なんだこれ。変な棒とかあるし、この椅子どうやって座るの」

 まあ、ともかくなんとか座り、後席も内装も剥がせるものはみんな取っ払いましたという感じで、シートベルトも十六点式で自分じゃやり方が分からないので、ビスコッティに付けてもらった。

「はい、これ……」

 ビスコッティがヘルメットを差し出し、私はそれを被ってため息を吐いた。

「噂には聞いていたけど、マジだったのね……」

 ビスコッティもヘルメットを被り、無駄にブリッピングしてから、シーケンシャルシフトを一速に叩き込み、凄まじい加速で島の未舗装の道を走り始めた。

「ホテルってどこなの?」

 ビスコッティに聞いたが、なにかモードに入ったらしく、返事してくれなかった。車はそのまま湖方向に進み、突き当たりの湖に飛び込むんじゃないかという勢いで、T字路を派手に全輪ドリフトして曲がり、そのまま湖畔を素晴らしい速度で走っていった。

 何回も段差で大ジャンプし、生きた心地もしなかったが、車は湖畔の道から再び森に入った。

「ん? あれ、アリサの白い野郎じゃん。アイツ、サボってるな」

 背後が見たくて、私は無理やりルームミラーを動かすと、バキッと音がして取れた。

「ああ、壊しちゃった!?」

「そんなの壊れたうちに入りません。それより、しつこいアリサを振り切ります。マジで飛ばそう……」

 ビスコッティは一気に車の速度を上げ、私は手に持っていたルームミラーだったもので、背後を確認してみた。

 すると、ピタリと背後に付いた白い車が、猛然と私にたちに追いつこうと頑張っている姿が見えた。

 しばらくすると、ハンドル操作を誤ったのか、白い車が派手にスピンして立木に思い切り衝突し、そのまま動かなくなった。

「び、ビスコッティ。事故っちゃったよ!?」

「知りません。自己責任です」

 ビスコッティはニヤッとした。

「……怖い。おしっこちびりそう」

 途中、路肩で熱心に調べているパステルを見つけ、ビスコッティがクラクションを軽く一回鳴らして通り抜けていった。

「師匠、そろそろですよ」

 ビスコッティは車の速度を落とし、見えてきた可愛い小屋の前にある駐車場に爆音車を駐めた。

 私はヘルメットを外し、シートベルトを取ってもらい、どうにも乗り降りしにくい車を降りた。

「ここがホテルのフロントになります。あとは歩きですよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、私たちは小屋に向かって歩いていった。


 明るくて快適な小屋に入ると、フロントのお兄さんが軽く会釈した。

「オーナー、このような感じでよろしいでしょうか?」

 しばらく誰のことだか分からなかったが、私の事だと気が付いて頷いた。

「う、うん、いいんじゃない?」

 よく分からないので、思わず疑問形になってしまった。

「かしこまりました。お部屋のご案内をします。全室コテージタイプになっておりまして……」

 私たちは、最初に案内されたコテージに入った。

 落ち着いた感のある室内は、なかなか好感度高めで、ベッドが二台置かれていた。

 キッチンなどもあり、自炊も可能なので、家族向けにちょうどよさそうだった。

「うん、いいんじゃない」

「ありがとうございます。どのコテージも同じ作りになっています」

 お兄さんが案内してくれた。

「分かった、ありがとう。今日はこれから客人がくるから、またみにくるよ!!」

 私は笑った。

「では師匠、戻りましょう。王都から一時間でカリーナなので、第一段階は終わったでしょう。ボーイング737ですっ飛んでくる予定なので、急いで戻りましょう。

 こうして、私たちは車で家に戻った。


 家に帰ると、マルシルのおばあちゃんがご馳走作りに忙しそうだった。

「ビスコッティ、歓迎準備急ごう。ジェット機は速いから!!」

「はい、師匠。待ち遠しいですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それにしても、みんな帰ってこないとダメじゃん。呼んで!!」

「それが、地下でもいってしまったのか、全く無線が通じなくなってしまったのです。仕方がないので、これで……」

 ビスコッティは部屋の隅に行き、黒い電話の受話器を取った。

「非常時に備えて、迷宮のあちこちに電話を設置してあるんです。あっ、早く帰ってきて下さい。お客さんです」

 それだけいうと、ビスコッティは電話を切った。

「そ、そんなものまで……」

「はい、無線が通じなくなるのは、想定の範囲内だったので」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「よし、これであとは待つだけだね」

 私はテレビをつけ、くつろぎモードに入った。

「ねぇ、ビスコッティ。テレビ映らないんだけど……」

「当たり前です。電波が届きません。それに、週初めしか放送しないです。まだ普及の途上なので、やる気がないのでしょう」

 ビスコッティが笑った。

「しょうがないなぁ……」

 私はテレビにゲーム機を繋ぎ、テトリスを始めた。

「これ、頭の体操にいいんだよ。ビスコッティ、対戦する?」

「いえ、私は落ち物ゲームは苦手なんです。師匠に勝てるはずないです」

 私はニヤッとした。

「ダメ、やるの。柔軟な思考が出来なくなるよ、いいから隣の床に座って!!」

「はいはい、やればいいんでしょ。もう、師匠は……」

 ビスコッティが隣に座り、私たちは私たちは対戦を始めた。

 しばらくすると、傷や泥だらけのみんなが戻ってきた。

「どうしたんですか?」

 キキが聞いた。

「はい……」

 ビスコッティが事情を説明した。

「あっ、それならお風呂で汚れを落として着替えないと。みなさん、行きましょう」

 みんなが慌てて風呂場向かっていくと、入れ違いにリズとパトラがやってきた。

「なに、今日のメシ美味しそうだし豪華だね。誰かくるの?」

 リズが冷蔵庫から切ってある西瓜を取り出すと、それをシャリシャリいわせながら食べはじめた。

「はい……」

 ビスコッティがリズとパトラに説明した。

「わざわざくるんだ。じゃあ、まともな服を探そう……制服でいいか」

「うん、リズの私服ってボロいから」

 パトラが笑った。

「着られればいいでしょ。そんな事より着替える!!」

「あとどれくらいでくるの?」

 パトラが聞いた。

「はい、三時間じゃ無理か……。五時間くらいですかね。無線で確認してみましょう」

 ビスコッティが、無線で会話を始めた。

「もうカリーナを発ったそうです。あとは、待つだけです」

 ビスコッティが笑った。

 いつ到着するか分からないので、私たちは家でゆっくり待つ事にした。

 片付けるのが面倒なので、張ったままのハンモックに寝転がったり、家の周りの草むしりをしたり、みんなで出来るだけ綺麗にする作業をしたりして、お昼を回って昼下がりのの時間になると、遠雷のようなジェットエンジンの音が聞こえてきた。

「ん、きたっぽい。外に出て待っていよう」

 私たちは全員白衣姿で、マルシルがたまたま見つけてカエルを捕まえて、隣のビスコッティの白衣のポケットに入れた。

「ぎゃあ、私はカエルとか蛇はダメなんです。なにするんですか!!」

 ビスコッティが、リズの顔面目がけてカエルを投げると、パトラが飛びでて食ってしまった。

「うん、美味しい!!」

 パトラが笑った。

「く、食った!?」

 私は思わず声が出た。

「うん、なんでも食うよ。リズほどじゃないけど……」

 パトラが笑った。

「あたしは生のカエルなんて食わないし、ちゃんとした食用ガエルしか食わないの。よく平気だね……」

「うん、なんでも食わないと死ぬし」

 パトラはちょっとだけ暗い笑みを浮かべて、また笑顔になった。

 遠雷のような音が聞こえ、二機の戦闘機が見え、着陸灯も鮮やかに滑走路にタッチダウンすると、後部からパラシュートを開いて急減速した。

 二機目の戦闘機も同様だったが、作動していたのは片方のエンジンだけだった。

「故障してるじゃん……」

 私はポソッと呟いた。

「あ、あれ、737じゃない……」

 ビスコッティがパラパラとクリップボードを捲った。

「はい、確かに予定では、737ですね。F-4ファントムⅡではありません。アフターバーナーの焚きすぎでノズルが焦げ付いています。よほど急いだのでしょうね。

 キャノピーが開いて、間に合わせのタラップで後席からヘルメットを抱えて、なぜか蛍光オレンジの服をきた二人が横並びでこちらにきた。

「大変おまたせしました。私はエルク・ファルデシオン、エルクとお呼び下さい」

 青い目が特徴的なエルクが、手を差し出して握手を求めた。

「エルクだね。よろしく」

 私は握手に応じた。

「初めまして、私はカレンです。私たちはマッパーとして、この島の地図作りを手伝いにまいりました。現場はどこですか?」

 気が早く、エルクが問いかけてきた。

「まあ、待って。ご飯があるから食べてよ。……あっ、肝心のパステルを呼んでない」

「あっ、私も忘れていました。無線で呼び出します」

 ビスコッティが、パステルに無線で連絡した。

 すると、軽快なエンジン音と共に、オフロードバイクに乗った、泥だらけのパステルが帰ってきた。

「呼び出しどうしましたか?」

 背嚢に入っている持ってる道具は全て泥だらけで、中にはひん曲がって壊れているものも見え隠れしていた。

「はい、実は……」

 ビスコッティが、事情を説明した。

「えっ、そうなんですか。助かります、一人だと大変だなと思っていたので」

 パステルが笑みを浮かべた。

「とあえずお風呂とご飯だよ。どうせ、まともな物を食べていないんでしょ」

 私は苦笑した。

「では、さっそく食べましょう。お二人も中に……」

 ビスコッティが扉を開けた。

「では、失礼します」

「はい、お邪魔します」

 エルクとカレンが笑みを浮かべて家の中に入り、私たちも続いて入った。

「食事だとアレなので、先にお風呂に入ってきます」

 パステルが着替えを持って、お風呂に向かっていった。

「それじゃ、先にたべていようか。冷めちゃうから」

「はい、つまらないものですが、どうぞお召し上がり下さい」

 マルシルのおばあちゃんが笑みを浮かべ、調理道具の片付けを始めた。

「それじゃ、いただきます」

 私は大好物の西瓜に囓り付いた。

「師匠、なんで西瓜からなんですか……」

 ビスコッティが笑った。

「好物なんだもん。西瓜はいい。知ってる? 西瓜って野菜なんだよ!!」

「知ってます、常識ですね。ちなみ、メロンは?」

  ビスコッティが笑った。

「果物!!」

「正解です。今はないのであげません」

 ビスコッティが、私の西瓜を横取りして囓り始めた。

「あー!!」

 私はビスコッティから西瓜を奪い返し、ビシバシ……出来なかった」

「あれ、ビシバシしないんですか。いつでもいいですよ」

 ビスコッティが、ナイフを抜いてテーブルに置いた。

「やる気満々じゃん。アリサ、代わりにやって!!」

「はい、素人相手に……」

 ビスコッティがナイフを持って振り、アリサの服が着られてハラハラと床に落ちた。

「……これ、防刃ですよ。一応」

 アリサの顔色が悪くなりました。

「もう忘れましたか、一緒に逃げた同郷の者ですよ。誰が素人?」

 ビスコッティが笑った。

「……エビ食べよ。怖いから」

 私はエビに手をつけたが、それはノーマルサイズのザリガニだった。

「うぇ、泥臭い。なにこれ?」

「おう、釣りしてるとたまに普通のが獲れるんだよ。捨てようかと思ったけど、マルシルのおばあちゃんが尻尾なら食べられるっていうから、取っておいてもらった」

 リズが笑った。

「みなさん、なんで肉を食べないんですか。全部食べちゃいますよ」

 シャワーだけだったのか、いつの間にかいたパステルが笑った。

「それ肉だったの? 野菜炒めかと思ってた」

 野菜の餡が掛けられた料理をほじくると、確かに下に肉が隠れていた。

「ぬわぁ、肉だった。食う!!」

「……師匠、ほじらないで下さい」

 ビスコッティが、私の頭にゲンコツを落とした。

「ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「早く食べて地下四層をクリアしないと、皆さん急いで!!」

 マルシルが焼きそばのようにツバメの巣を吸い込み、キキがニコニコしながら鯛の塩釜焼きの塩を、ハンマーでガンガン叩いて割っていた。

「皆さんに賑やかでいいですね」

 エルクが笑った。

「はい、全くです。マッピングは、体力勝負ですからね。ところで、表のバイクをあとで点検させて下さい。変な音がしていますよ」

 セリカが笑った。

「はい崖から落ちたのですが、それ以来妙な音が……」

「分かりました、工具は持ってきています。私はマクガイバーにはなれません」

 パステルが事もなしにいって、セリカが笑った。

「落ちたら連絡くらいして下さい。救助隊を組んで駆けつけたのに」

 ビスコッティがため息を吐いた。

「はい、大したことなかったもので」

 パステルが笑った。

 こうして、食事を終えた私たちは、手伝う隙もなく食器を手早く洗って片付け始めた。

「さて、さっそくですが、探索エリアを三等分しましょう。私が調べ終わったのはこの辺りまでなので……」

 なにもなくなったテーブルの上に地図を広げ、マッパー三人が相談を始めた。

「なるほど、ほぼ森ですか。これは、やり甲斐がありますね」

 エルクが呟いた。

「低山がありますが、大体の標高は……」

 カレンが地図を指さした。

「はい、五百七十二メートルです。登山道はありません」

 パステルが返した。

 などと、早くもマジな三人は、ボソボソ言い合いを始めた。

「頼んだけど、もっと簡単だと思ってた。こりゃ大変だ……」

 私は苦笑した。

 三人でしばらくやってると、パステルは地図を閉じて、二人に同じ物を手渡した。

「では、死なないように。怪我くらいならいいです」

 パステルがいって、何か儀式のような動きをして、三人でハイタッチをして家から出ていった。

「挨拶もなし……。完全に探索モードだ」

 私は小さく笑った。

「ビスコッティ、そういえばここにきた戦闘機の一機の片エンジンが壊れていたよね。直す?」

「直せるんですか、あんなの?」

 ビスコッティが苦笑した。

「全部バラせばいいじゃん。いこう」

「師匠、マジでいってますか?」

 ビスコッティが小さく息を吐き、家から出ていった。

 しばらくして、爆音が聞こえ、真っ赤な高級農耕用トラクターが出てきた。

「青いのは久々に動かしたら壊れてしまったので、これで我慢して下さい。一人乗りですが、師匠は車体にしがみついていてください。駐機場まで行きましょう」

「駐機場はすぐそこにあるんだよ。そんなの片付けて、歩きで行くよ!!」

 ビスコッティはトラクターをバックさせて元に戻し、歩きで駐機場に入ると、戦闘機のコックピットを見上げている犬姉とアリサがいた。

「何してるの?」

「うん、貸してくれるらしいんだけど、ステップを誰かがどっか持っていっちゃったし、機体のハシゴみたいなステップがあるんだけど、それを使おうとしたらなぜかないし、どうしようかなって考えていたところ」

 犬姉が困り顔だった。

「……ヒュライヒ。はいどうぞ」

 私が呪文を教えると、犬姉の目が輝いた。

「それなに?」

「浮遊の魔法。ぴったりでしょ?」

 私は笑った。

「よし、いいこと聞いた。アリサ、行くよ」

 犬姉とアリサは、呪文を唱えて体を浮かせると、そのままスポッとコックピットに収まった」

 すると、誰かが操作しているのか、キーンと音が聞こえ、ビスコッティは私の手を引いて下がった。

 金属音はあっという間に大きくなり、跳ね上げられていたキャノピーが閉じられた。

 翼のハードポイントにはミサイルが山ほど積まれ、なにしにいくのか知らないが、ちょっとだけ動いたところでエンジンが止まり、チーム芋ジャージオジサンが、慌ててミサイルを外し始めた。

 そのまましばらく眺めていると、ミサイルがなくなった戦闘機は再びバシュッと聞こえ、また金属音が聞こえ始めた。

 音が最高潮に達するとエンジンが始動し、犬姉機は補助翼やらなにやらをパタパタ動かし、誘導路に向かって走っていった。

 その間に、滑走路に向かってC-5M輸送機が着陸し、駐機場に入ると中からワサワサ人が出てきて、故障中の戦闘機の様子をみだした。

「おい、焼き鳥だ。三羽もいやがった。タービン全損、こりゃエンジン交換しかないな」

 焼き鳥とは、エンジンが鳥を吸い込みぶっ壊れる事だ。

 一応勉強した事があるので、変な用語は微妙に覚えていたりする。

 ジャージオジサンの一人が叫び、芋ジャージオジサンが頷いた。

 すると、輸送機から巨大なエンジンがゆっくり運び出され、必要だと思われる機材も同時に出てきた。

「うむ、いいだろう。直せ」

 口数が少ない印象しかない芋ジャージオジサンが、珍しく言葉を発すると、ややこしい作業がはじまった。

「な、なんか大事だね……」

「大事どころではないです。普通、こうなった機体は現地で爆破処理ですよ。それをこんな場所で直すとは、みていていいですか?」

 ビスコッティが目を輝かせていった。

「……いいけど。私は散歩でもしてくる」

 なんかつまらないので、私は家に帰ってキーボックスから赤い高級スポーツカーの鍵を取りそのまま外に出た。

 勝手に作ったらしく、家の裏手には車庫があり、シャッターを開けるとなぜか高級車ばかり並んでいた。

「誰だこの趣味。アストンマーティンとかマセラティまであるよ。やっぱ、さっきのトラクターの方がいいかな……」

 私は鍵を取り替えに行こうとしたが、いつの間にか背後にパトラがいて、黙って私の手を握ると、真っ赤な高級車の鍵を開けた。

「ただの車だよ。免許持ってるなら『動かせる』よ!!」

「こんな赤くて派手でヤバそうなヤツやめようよ……」

 私は小さく息を吐いた。

 運転席の扉を開けて、中に乗り込んだ。

 キーを差しこんでエンジンを掛けると、爆音が背中から聞こえてきた。

「やっぱり帰ろうよ!!」

「うん、平気。ベルト締めて!!」

 パトラはなんか楽しそうだった。

「はぁ、間違ったキーを持ってきちゃったな」

 しばらく爆音をまき散らしながら暖気して、私はクラッチを踏んだ。

「……お、重たい」

「そりゃ重いよ、ドライバーにヤバいって自覚しろって意味もあるから」

 パトラが笑い、私はギアを一速にいれ、そっと半クラッチしたがエンストした。

「あれ?」

「甘いねぇ。代わる?」

 パトラが笑った。

「ほら、もう一回!!」

「はぁ……」

 私は左足のペダルをゆっくり上げ、クラッチを繋いだ。

 今度は飛び出すように走り出した紅い野郎は、目の前の立木を掠めるように曲がり、そのまま不整地でお尻を振るような動きで、なんとか真っ直ぐ走りはじめた。

「やっぱ帰ろう。怖い!!」

「いいからアクセル!!」

 パトラが叫び、私は約時速三十キロでトロトロ走らせ始めた。

 途中、サイクリング中らしいマルシルとキキに追い越され、ママチャリでカゴからネギをはみ出しながら、対向車線を軽快に走っていった。

「なに、店なんか出来たの?」

「うん、買い物客はほとんどどっかの工作員らしいけど、ファン王国海兵隊の隊員もお酒を買いにいくみたいだよ」

 パトラが笑った。

「こ、工作員が買い物……」

「しかも、ほとんどがクレジットカード払い。痕跡バリバリに残してて楽しいよ」

 パトラが笑った。

「それ、ヤバくない?」

「うん、任務放棄と見なされてもおかしくないね。上官が見てたらその場で射殺されるよ」

 パトラが笑った。

「……どんな店だろ、いってみよう」

「じゃあ、そこを右に曲がってすぐにあるよ」

 私はリズが運転する軽トラが通過するのを待って、時速二十キロでお店を探していたら、簡単にそこそこ大きなスーパーマーケットがあった。

「ここ?」

「うん、ここ。たこ焼き屋もあるし、美味しい店ばっかりだよ!!」

 パトラが笑った。

「……工作員ってたこ焼き食べていいんだ。鰹節のニオイでバレると思うけど」

「うん、でもそれ以下の問題があるね。買い物なんかするな、バカっていう」

 パトラが笑った。

「ま、まあ、いってみよう」

 私は車のお腹を段差で擦っても気にせず、駐車場に入った。

 他に対して車はなく、やや遠くでリズが軽トラの荷台になにか積んでいるのが見えた。

「あっ、リズがいた。隣に駐めよう」

 私はどうしても無駄に空ぶかしになってしまう中、リズの軽トラの隣の枠に駐めた。

 しかし、ちょうど荷物を積み終え、リズの軽トラはゆっくり走り去ってしまった。

「リズのヤツ、ここでチューリップを育ってているんだよ。肥料かなんかじゃない?」

「そ、そうなんだ。私もガーベラでも撒こうかな」

 私は笑った。

「それもいいね。さて、中に入ろう」

 私たちは車を降り、スーパーの店内に向かった。


 中にはいると、他のお客さんがぶったまげた顔をして、慌ててカゴに商品を詰め込み、レジに長い列を作って待ち始めた。

「あれ、なんか嫌われるような事したかな……」

「違うよ。いきなり仕事のターゲットが向こうから来ちゃったから、慌てて仕事に戻ろうとしているんだよ。ご苦労様っていってやりな」

 パトラが笑った。

「そっか、変に落ち着くんだけど……」

「うん、監視カメラも人目もあるし、なんかあったら逃げ込めばいいよ。ここじゃ手出しできないから」

 パトラは笑った。

「そうだね。でも、特に代わり栄えのしないスーパーだね。なぜか、ミカンばかり売ってるけど」

「私な納豆と焼き豆腐でも買ってくよ。好物なんだ」

 パトラが笑みを浮かべた。

「私は豚バラ。脂がのってて美味しい。ロースは嫌い!!」

 私は笑った。

 店内を歩いて行くと、豆腐などが置いてある陳列棚があった。

「焼き豆腐……あれ、ないな。値段を書いたプレートはあるから、売り切れちゃったか」

 パトラが残念そうにもずく酢を手に取った。

「代わりにこれで勘弁してやろう。あとは豚バラだね」

 精肉コーナーに行くと、私は豚バラ徳用五百グラムの大皿をカゴに入れた。

「これだけあれば足りるかな。なにせ、大人数だからねぇ」

 呟きながら、私はも一パックカゴに入れた。

「今日はノドグロの特売日だね。買っておいて、損はないです」

 パトラが笑った。

「ノドグロって高級魚じゃん。でも、確かに安いな。五パックくらい買って、煮付けにしてもらおう」

 私はノドグロを五パックカゴに入れた。

 あとは大根とお菓子を大量に買い、レジで精算してマイバッグなどないので、レジ袋を買って詰め込んだ。

「ずいぶん買っちゃったね。店内、私たち以外誰もいなくなちゃった」

「そりゃ、いなくなるでしょ。さて、帰ろうか」

 私たちは、真っ赤なヤツに戻った。


 車に戻ってみると、いきなり困った事に直面した。

 車内が狭すぎて荷物が積めないという、致命的な事だった。

 こういう時こそビスコッティなので、私は無線でスーパーに呼んだ。

「すぐ行くって。ビシバシするって、なんか怒ってた」

 私は苦笑した。

「私はリズを呼んでみたよ。もう一人で帰れるでしょ。間違っても、『運転』はしないでね!!」

 しばらく待っていると、黒塗りの大きな車がやってきて横付けで駐めた。

「なんだ、ここにいたんだ。ってか、ここヤバい場所だよ。連れてきてどうするの」

 リズが運転席でぼやいた。

「うん、面白いから『動かして』もらってきた。

「なに、フェララーリできちゃったの。馬鹿野郎、荷物積めないじゃん。トランク開けるから、早く積んで!!」

 車のトランクがバコッと開き、私が持っていた買い物袋を積んだ。

「じゃあ、車持ってきてね!!」

 黒塗りの車は、デロデロ排気音を立てながら去っていった。

 それに続け、ビスコッティが歩きでやってきた。

「ここにきちゃダメです。ビシバシします!!」

 私はビスコッティの往復ビンタをバシバシ受けた。

「さて、帰りますよ」

「……痛い」

 私は小さな息を吐いた。

「車はどこですかと聞かなくても、一台しかないのですぐ分かりました。あんなのでよくきましたね。行きますよ」

 ビスコッティが運転席に座り、しばらくエンジンを掛けずに待ってから、キーを捻ってエンジンを掛けた。

 バラバラした音が整ったものになると、ビスコッティは車を出した。

 ゆっくり車が走っていくと、エルクが測量している姿が路肩に見え、ビスコッティが軽くクラクションを鳴らすと、手を振って応えてきた。

「地図作れなんていったの、間違ってたかな。ここまで拘られると……」

 私は小さく息を吐いた。

「間違ってはいませんが、私もここまで凝り性だとは思いませんでした」

 ビスコッティが苦笑した。

 車はゆっくり走り、家が近づくとセリカがバイクに跨がり、猛スピードでどこかに向かっていった。

「大事になっちゃった。地図づくりって大変なんだね」

「それはそうです。だから、機密扱いにされてしまうんです」

 車は家に到着し、先発のリズが運転していた黒塗りの車が、ちょうどバックして車庫入れしていた。

 ゴンという音が聞こえたが、リズはお構いなしにそのまま家に入っていった。

「……ぶつけましたね。あの車、メチャクチャ高いですよ」

 ビスコッティが苦笑し、空いているその隣に車庫入れを始めた。

「リズが車が曲がったままいっちゃうから……」

 そのうち、ドンガシャと音がして、黒塗りの車のサイドに、こっちの車の角がめり込んでいた。

「……やっちった」

 ビスコッティがペロッと舌を出した。

「やっちったじゃないよ。誰にだか知らないけど、謝らないと!!」

 グローブボックスを開けてガサゴソやっていると、「所有者 カリーナ魔法学校」と書かれた書類が見つかった。

「はい、ここの車は全てカリーナ魔法学校の所有物なんです。無視していれば、誰にも分かりません」

「ダメだよ。でも、どこに謝るんだろ。校長先生?」

「学校の資産です。ほら、もう直しにきた」

 芋ジャージオジサンを先頭に、数々の部品やら工具をもって、用務員さんたちが集合し始めた。

「な、直しにくるの早いね……」

「はい、私たちは常に監視対象です。ですから、すぐに集まってくるんですよ」

 ビスコッティが笑った。

「監視ねぇ。気に入らないけど、こういう時だけは便利だね。じゃあ、あとは任せて、私たちは帰ろう」

 私は笑みを浮かべた。


 家に帰るとちょうどお昼で、キッチンでマルシルのおばあちゃんが作る料理が、いい匂いを立てていた。

 パトラが買い物袋の中の食品を冷蔵庫に入れ、リズはテレビの前で世界ラリー選手権のDVDを観ていた。しばらくすると、キキが困り顔で家に入ってきた。

「あの、マルシル帰っていませんか。サイクリングしていたら、はぐれてしまって……」

「それなら、無線で呼んでみたら?」

 リズがキキにいった。

「それが、応答がないんです。二次災害はシャレにならないので、今はファン王国海兵隊に頼んで、ヘリコプターで捜索してもらっています」

 キキがため息を吐いた。

「ファン王国海兵隊が探しているんだ。私たちも探しに行こうかと思ったけど、同じ服を着てるから紛らわしいかな」

「はい、今は動かない方が賢明です。どの辺りにいったんですか?」

 ビスコッティは、以前私が描いた島の形くらいしか分からない地図を出した。

「えっと、これでは分かりにくいですが、結構深く山間までいったんです。この辺りかも……」

 キキが指さした所は、勝手な記号で描いた山の上だった。

「随分進んだね。山か……」

 私は唸った。

「山は森に隠されているような感じです。捜索は任せる方が無難ですよ。私たちが遭難してしまいます」

 ビスコッティがいった。

「そうだね。ここは、プロに任せよう……」

 数時間後、バタバタいう音が聞こえ慌てて家から出ると、着陸したばかりのヘリがマルシルを乗せた担架を運んで家の中に入れた。

「ここは演習場なので、簡単な怪我人の処置しかできん。あとは任せた。なにか魔法がある事を期待する」

 迷彩柄の軍服を着た一団が去ると、真っ先にパトラが様子を診に走った。

「心肺停止。誰か人工呼吸と心マ。速攻で魔法薬を作る!!」

 ビスコッティがすっ飛んでいって人工呼吸を始め、家にいた犬姉が心臓マッサージを始めた。

「そこら中骨折してるよ。変に触らないで、回復魔法もダメ。痛みが強くなるだけだから!!」

 人工呼吸をしながら、器用になにか呪文を唱えていたがやめた。

 まさに、速攻という言葉が相応しい勢いで装置を組み立て、パトラが薬を作りはじめた。

 パトラがいうまでもなく、リズが材料をバカスカ取り出し、パトラがそれを乳鉢でゴリゴリ潰して装置に放り込み、どうやら待つだけになったようだった。

「あと五分で出来るよ。深い傷の縫合でもしておくかな。リズ、縫合!!」

「あのね、あたし下手くそだよ」

 苦笑したリズが、医療用の細い糸と針で縫い始め、パチパチハサミで糸を切った。

「酷い出来だけど、これじゃ怒られても文句はいえないな」

 リズが苦笑した。

「ないよりマシ。出血量はそうでもないのが良かったよ。人間の血じゃ輸血出来ないし、混じり物の私でもダメだったから」

 パトラが笑みを浮かべた。

「混じり物なんていわないの!!」

 私は小さく息を吐いた。

「よし、戻った」

 犬姉が小さく頷き、ビスコッティが人工呼吸をやめた。

「なんだよ、脅かすなよぉ。なにオイタしたんだか。煙草吸ってこよ」

 犬姉が笑って、家の外に出た。

 五分は時によっては、永遠みたいに長い。

 魔法薬を完成させたパトラが、注射でそれをマルシルに打った。

「これで、あとは待つだけだよ。チャリ用のメット被ってよかったよ」

 パトラが笑みを浮かべた。

「やれやれ……」

 私は苦笑した。

「師匠、念のためマルシルの体を魔法でスキャンしましたが、特に問題はありません。骨折以外は」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 結局、マルシルが意識を取り戻したのは、正午も過ぎた十四時くらいだった。


「私のうっかりで迷惑を掛けてしまったようで、ごめんなさい……」

 椅子に座ったマルシルが、大きなため息を吐いた。

「ごめんなさいじゃないよ。ありがとうございますでしょ?」

 私は笑みを浮かべた。

「はい……」

 マルシルが微かに笑みを浮かべた。

「私が遅かったのが、原因の一つかもしれません。森の中で自転車に乗るなんて初めてだったもので……」

「いい悪いでいえば、原因の一つはマルシルだからね。でも、これはそういう問題じゃないよ。キキも無理したでしょ。ダメだよ、難しいなら難しいっていわなきゃ」

「はい……」

 キキが小さくため息を吐いた。

 犬姉は一度トイレに寄ってから、相変わらずの外回りで家を空け、アリサが当番で家の中にいた。

「はい、大丈夫ですか。お疲れでしょうから、ゆっくり昼食をお召し上がり下さい。温めなおしてあります」

 マルシルのおばあちゃんが、笑みを浮かべた。

「おばあちゃんの煮付けは、最高に美味しいですよ。私も食べます」

 マルシルがテーブルに付いた。

「よし、食べよう。お腹空いた。

 全員がテーブル席に座ると、頂きますと共に私たちはご飯を食べた。


 大騒ぎが待っていた午前中が終わり、一日中ここにいるんじゃないかというマルシルのおばあちゃんがフレンチトーストを作っていた。

「いい香りはいいんだけど、五分前に食べ終えたばかりで、もうおやつなの?」

「はい、おやつは十五時と決めていますので。なにかやらないと、落ち着かないのです」

 マルシルのおばあちゃんの言葉に、私は苦笑した。

 しばらくして音が聞こえ、掃除機を持った芋ジャージオジサンたちが入ってきた。

「うむ、食事中か。ならば、待とう」

 芋ジャージオジサンが、サングラスを外した。

「よし、そこらに散らばった本を片付けろ。読み終えた様子の雑誌は纏めて縛っておけ、かかれ」

 ジャージオジサン軍団が仕事に入り、本を丁寧に片付け始めた。

「うむ、スケスケ魔法のススメか。誰のものが十八禁指定だ。もういいだろう、この雑誌に用事は?」

「え、えっと、私が……」

 ビスコッティが顔を赤くした。

「……好きなの?」

 私は苦笑した。

「うむ、なら保管しておこう。あとは、カリーナの規則に抵触するかもしれない本はないな。禁術はいかん」

 芋ジャージオジサンは、真顔でいった。

「はい……」

 ビスコッティが俯いた。

「……これあげるから、元気出して」

 私は鞄からパッケージに入れたままの、未使用のオモチャをビスコッティに手渡した。

「……嬉しい」

 ビスコッティが、少し笑みを浮かべた。

「うん、直った。あとで補充しておこう」

 私は笑った。

「おやつが出来ましたよ。皆さんどうぞ。男性陣も」

「むっ、俺たちもいいのか。なら、ありがたく頂こう」

 芋ジャージオジサンが少し驚いた顔をしたが、私たちとは離れた端っこのテーブル席に並んで座った。

「うん、美味しそうだけど、食べられるかな……」

「ダメならもらう!!」

 リズが元気よく叫び、自分の分をあっという間に平らげた。

「はい」

 すかさず、おばあちゃんがリズの前にパンケーキを置いた。

「おっ、変わった。三段重ねクリームのせで、変なソースじゃなくてマヌカハニーの香りが……堪らん!!」

 リズがパンケーキに蜜を掛け、満足笑顔で食べはじめた。

「よく食べるねぇ」

 とかいいながら、私もフレンチトーストを食べ終え、パンケーキ五段重ねを食べ、紅茶シフォンケーキを平らげ、締めにあんみつを食べて、ようやく満足した。

「はい、紅茶です」

 おばあちゃんが紅茶をサーブしはじめ、私は呟いた。

「……もっと食べられる体になりたいな」

 私は小さくため息をした。

「師匠、そうなったら食費が大変です!!」

 ビスコッティがビシッと言い放ったが、私と同じ物を同じだけ食べていた。

「購買とか学食はタダなんだからいいじゃん」

 私は笑みを浮かべた。

「あの、食欲が止まらないのですが……」

 マルシルがリズの量さえ越えてもまだ食べていた。

「魔法薬の副作用だよ。エネルギーが必要だから、しばらくはこうだよ」

 パトラが笑った。

「そうですか……太りそうです」

 マルシルが苦笑した。

『パステルです。島の地図ですが、基本データが揃いました。戻ります』

『エルクです。データ収集完了です』

『セリカです。データが揃ったのでも戻ります』

 無線を通じて、地図部隊三人から同時に報告が入った。

「いきなり早くなったね。了解」

 私は笑みを浮かべた。

 しばらくして、三人がほぼ同時に帰ってくると、今度はテーブルに大きな紙を敷いて、三人集まって作図作業が始まった。

「さすがに手慣れてるね……邪魔しないように、離れているよ」

 私はビスコッティを連れて、家の外に出た。

 徐々に夕方に変わって行く中、私たちは適当に散歩しようと歩き始めた。

 しかし、発砲音が聞こえて足に激痛が走り、私はその場に転んだ。

「このスーパー買い物野郎!!」

 ビスコッティがビノクラーで素早く見回し、ライフルを構えて樹上にいた様子の敵に向かって発砲したが、舌打ちしたので外したらしい。

 しばらくして、また発砲音が聞こえ、今度は左脇のお腹に痛みが走った。

「ビスコッティ、今度は左」

 さらに発砲音が聞こえ、無事だった左足もやられた。

「いってぇ!!」

「師匠、逃げましょう!!」

 ビスコッティが叫んだ瞬間、今度はビスコッティが撃たれて倒れた。

 この頃になって、犬姉とアリサが到着したが、いきなり犬姉が被弾して片足だちで座って、もの凄い表情になった。

「隊長!!」

「私はいいから……」

 犬姉がまた被弾して、今度こそ倒れた。

 残ったアリサが家に走り、ライフルを持った芋ジャージオジサンたちが威風堂々と家から出てきて派手な銃撃戦になり、アリサが被弾して倒れて動かなくなった。

 芋ジャージオジサンが手榴弾をぶん投げ、爆発と同時に森の中に突入していき、散発的な発砲音が聞こえた。

「なに、どうしたの。って、みれば分かるか」

 リズがライフルを手に、森に向かってダッシュしていった。

「……スプラッシュレイン」

 私は攻撃魔法を放ち、苦労して裏ルーンから開発した、こけおどしの音と光りだけの魔法を森に向かって放った。

「師匠……生きてますか。イテテ」

 ビスコッティが身を起こし、また倒れた。

「すげぇいたいけど、誰かなんとかして……」

「少し待って。こりゃ酷いな、銃弾が体内に残ってる。スコーン、これここじゃ応急処置しか出来ないよ。手術しないと……。まずは、ビスコッティから治すよ」

 パトラが回復魔法を使い、ビスコッティが立ち上がった。

「師匠!!」

「動かさないで、大動脈付近で弾丸が止まってる。下手に動かすと、大動脈に弾丸が突き刺さって、失血で五秒で死ぬよ!!」

 パトラが慌てて、ビスコッティを止めた。

「そ、そんな、医師なんていないし、どうしよう……」

 ビスコッティが固まってしまった。

「アリサはダメだ。蘇生するよ。一人だから、効くかは運次第だけど」

 パトラが呪文を唱え、背後でアリサが「いってぇ!!」と声を上げた。

「あの、なにが……」

「撃たれただけ。それより、スコーンがヤバい!!」

 パトラが叫んだ。

「は、はい、といっても私は……」

 アリサの戸惑った声が聞こえた、

 再びどこかで発砲音が聞こえ、今度は右肩に命中した。

「今ので分かりました。隊長はどこに?」

「もう、森の中で襲撃者を追ってるよ。アリサはここにいなきゃだめ。いないよりマシ!!」

 パトラはが考える素振りを見せると、家からパステルたちが飛びでてきた。

「あの、発砲音が。あっ……」

 パステルの足下に着弾し、パステルは慌てて構えた。

「強盗団よりマシかと思えば……」

 エルクが拳銃を抜いて、私を取り囲む位置に構えた。

「火急につき平文で連絡します。スコーンが撃たれて重傷。交戦続いています。救援を要請します」

 セリカが冷静に無線で救援を呼んだ。

 しばらくしてヘリの音が聞こえ、アパッチが機関砲を猛射しているのが見えた。

 そんな中、一台の大きな軍用車が突撃してきて、私の近くで止まった。

 車体に赤い十字マークが張られている床をみると、噂に聞く戦場救急車だろう。

 降りて来た隊員によってそっと担架に乗せられ、車両後部に乗せられると、滑り込むように乗り混んできたビスコッティと共に、またもや銃撃戦の最中を突っ走り、ぶっ壊れるんじゃないかという勢いで、ファン王国海兵隊の演習所へと担ぎ込まれた。


 どうやら、すぐさま弾丸の摘出手術を行うようで、私は全身麻酔で寝かされた。

 意識が戻った時には病室のベッドに寝かされ、窓の外が暗くなっていて、ビスコッティが心配そうにしていた。

「あっ、師匠。弾丸は全て摘出されました。痕は残ってしまいましたが、命に別状はないそうです。六人いた全員犯人は射殺されましたが、所属等は一切不明です」

 ビスコッティが、小さくため息を吐いた。

「六人で私をタコ殴りかい!!」

 私は苦笑した。

「着ている制服のお陰です。これで威力が落ちたので、この程度で済んだと思って下さい。全く、私とした事が、ど素人相手に……」

 ビスコッティが舌打ちした。

「素人だったの?」

「はい、間抜けです。狙いがはずれて乱射なんて。それにやられたショックで、犬姉とアリサは家でふて寝しています」

 ビスコッティは笑った。

「まあ、いいや。ここどこ?」

 はい、ファン王国海兵隊の演習場内にある、ちょっとした病院です。

 ビスコッティが、ポテチののりしお味を取り出して、私にその袋を渡してきた。

「うん、これこれ。やっぱり、ノリ塩だよね。もう食べていいの?」

「はい、問題ありません」

 ビスコッティが笑みをうかべ、私は袋を開けて食べはじめた。

「師匠、ここで食べるのは……」

 ビスコッティが辺りを見回しながらいった。

「だって、お腹空いたんだもん」

 私はポテチを全て食べ終え、袋をゴミ箱に放り込んだ。

「師匠、行きましょう。いくら大家さんでも、ここは機密度の高い軍事施設です。長居はできません」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そっか、ならいこう。誰にお礼いわなきゃ……」

「それいいんです。民間人がいたってバレてしまうと、コマンダーが黙っていません。逃げるように帰りますよ」

 ビスコッティは私の手を引いて建物の外に出ると、ヘリコプターが急げと急かすようにバタバタとローターを回していた。

「師匠、乗って下さい。急ぎます!!」

 私たちがヘリコプターに乗ると、急上昇してついでに感じで上空で縦に一回転してから、家を目指して飛んでいった。

 あっという間に家の上空に到達すると、ビスコッティは私を抱きしめるようにして、ロープ一本で地上に降り立ち、ビスコッティが手を振ると、手早くロープを片付けながら、夜闇に溶け込んで去っていった。

 駐機場では、片方のエンジンが壊れていた機体の修理が終わったらしく、ワイヤーで固定した状態で、エンジンの空ぶかしをしていた。

「ビスコッティ、直ったみたいだね」

「はい、異常に早いですが、直ったようですね。犬姉とアリサのコンビがテスト飛行の準備をして、もう搭乗して待っているはずです。

「ビスコッティが笑った」

 一度エンジンが止められると、期待を固定していたワイヤーが外され、再びエンジンが点火され、期待はゆっくり滑走路に向かっていった。

「……私も夜間飛行が出来るようになりたいな」

 私は小さく息を吐いた。

 戦闘機の姿は見えなかったが、時々滑走路に降りてはそのまま離陸していくタッチアンドゴーをやっていたりした。

「さて、入りましょう。晩ご飯にしては、遅いですが」

 ビスコッティが苦笑した。

 家に入ると犬姉とアリサ以外の全員が揃っていて、心配そうな視線を向けてきた。

「もう大丈夫なんですか?」

 代表してともいわんばかりに、地図の作図をしていたパステルが問いかけてきた。

「うん、もう痛くない。多分、大丈夫!!」

 私は笑った。

「師匠、お風呂は最低でも一週間くらいダメだそうです」

「そうなの? 治してよ。お風呂入れないなら、ビスコッティにスケスケの魔法使うよ!!」

 私はビスコッティの顔面にパンチを入れた。

「……ダメなものはダメですよ。それとも、私と鼻血も出なくなるまで、やり合いますか?」

 ビスコッティが指を鳴らし、私の頭にゲンコツを落とした。

「ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい」

 ビスコッティは笑みを浮かべた。

「さて、ご飯をどうぞ。温め直しました。今夜はすき焼きです」

 マルシルのおばあちゃんが、テーブルにカセットボンベ式のコンロを置き、キッチンの拭き掃除をはじめた。

「さて、師匠。食べましょうか」

 ビスコッティが鍋の中の具を自分の分と私の分を取って、目の前に置いた。

「あれ、食べてないの?」

「食べる暇がどこにあるんですか。あっ、卵が切れているのでないですよ」

 ビスコッティが、ご飯を食べはじめた。

「えっ、卵ないの。寂しよ、悲しいよ。タダの肉じゃん……」

 私は小さく息を吐いた。

「ただの肉料理でいいじゃないですか」

 ビスコッティが笑った。

「まあいいけど……。ところで、やたら焼き豆腐が多いすき焼きを食べはじめた」

 甘めの汁が美味いすき焼きを、ビスコッティが勢い良くたべたので、あっという間に鍋の半分が消えた。

「こら、そんなに大量に食うな!!」

 私は胃袋シフトを一速に叩きこんだ。

 むしゃぶり付くように鍋から取り皿にいれ、二速にシフトした。

「やりますね。私も頑張ります」

 ビスコッティの食べる速度が上がり、私は三速に入れたが胃袋がノッキングを起こし、しゃっくりが止まらなくなったが、それでも一個飛ばして五速にいれ、ついに笑いが出始めた。

「ん、まだあったの。あたしも食うかな」

 リズが加わり、鍋抗争は激しいデットヒートとなった。

 リズとビスコッティの箸の下をくぐり抜け、私は焼き豆腐ばかりを狙って食べた。

「焼き豆腐美味しい」

「師匠、肉がもうほとんどないですよ。あげませんが」

 ビスコッティが笑う間ももったいないといわんばかりに、ネギと肉を食べていった。

 結局、私は食べたのは肉少々と、てんこ盛りの焼き豆腐と白滝だけだった。

「ごちそうさま。なんで、みんな早食いなんだか」

 私は苦笑した。

「早食いが癖でさ。一回、寝ぼけて間違えてパトラ食っちまった時は、慌てて頭だけ残してもヘラヘラしてたんだよ。あの時の速度は速かったなぁ」

 リズが遠くをみた。

「く、食った!?」

「うん、朝からエロいことやろうとしたら、いきなり噛みつかれて食われてさ。痛かったけど、リズだからこういう事もあるよねって思って黙ってたよ。早食いされて、面白かった」

 パトラが笑みを浮かべた。

「……すんごいコンビじゃない。もしかして」

 私は苦笑した。

 どうやってパトラがまともに戻ったか。

 それは、怖くてとても聞けなかった。

「さて、みなさんお食事はお済みですか。空いた器から、片付けましょう」

 マルシルのおばあちゃんが、空いた器を下げ始めた。

「あっ、私は自分でやる」

 私が立ち上がった時、ビシッと音がしてヒビが入った。

「狙撃だ、伏せろ!!」

 全員が一斉に伏せ、またビシッとヒビが入った。

「防弾でよかった」

「はい、師匠。でも、また素人です。防弾と分かった時点で、同じ窓に向かって撃ったりしません。しかも、狙いが甘いです」

「ビスコッティは苦笑した」

「誰だよ、全く……」

 私はぼやいた。

「あっ、これは私かもしれません。まあ、事情がありまして……」

 エルクが苦笑した。

「そっちだったの!?」

「はい、冒険者なんてやってると、たまに恨みを買う事がありまして……」

 エルクが微妙な笑みを浮かべた。

「それで、なんで私を狙うの!?」

「さぁ、そこまでは……」

 エルクがちょっと困った顔をした。

『こちらファン王国海兵隊のコマンダーだ。掃討作戦を開始するが、許可を求める』

 無線から、いきなり声が聞こえた。

「うん、やって。キリがないから」

『うむ、分かった。その家から出ないでくれ。巻き添えになるとマズいからな』

 明らかに、オジサンと分かる声が聞こえた。

 瞬間、家の周りで立て続けに爆発が起き、凄まじい大きさのジェット機のエンジン音が聞こえた。

「ほらぁ、また大事になった。なんで、私が行くところ、必ず何かが起きるんだもん。

 ……それが主人公だよぉ。

「あれっ、幻聴? まあ、疲れてるからね」

 私は軽く頭を振ってから、苦笑した。

 そのうち、アサルトライフルの音が聞こえ始め、重低音を轟かせながら散発的な射撃音が聞こえ、履帯が軋む音が聞こえ、ドガンと派手な音が立て続けに聞こえ、さながら戦場のようになってしまった。

「……ビスコッティ、私たちは普通にしよう。もう疲れた

 私は伏せの姿勢から椅子に戻った。

 そして、激しい戦闘の中、私たちは食事を終えた。


 ご飯は食べたが、外ではまだ戦いが続いているようで、時々屋根にゴン!! と音が聞こえた。

「この家頑丈だねぇ」

「はい、師匠。エルフのみなさんが、手抜きせずに作ってくれたようですね」

 ビスコッティがコーヒーを飲みながら、私は紅茶を飲んでいた。

「ぺっ、自分でやると苦いよ!!」

「まだ甘いですね」

 ビスコッティが胸をはり、そこに飛んできた弾丸が命中いた。

「び、ビスコッティ!?」

 私は倒れたビスコッティの元に近寄った。

 どうやら、さっきひび割れた防弾ガラスの穴を通って、弾丸が抜けたようだった。

「うぉ、ピンホールショットしやがった。アリサ、手伝え。お前の回復魔法の練習の成果をみせてみろ!!」

 犬姉がビスコッティの上着をナイフで切って、傷の様子を確認した。

「肋骨で弾かれたみたいだけど、多分、ヒビが入ってるとは思う。五、五十六ミリでまだよかったよ」

 ビスコッティが顔をしかめて身を起こし、ため息を吐いた。

「また撃たれました。厄日を移さないで下さい」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「し、知らないよ。それより、動いていいの!?」

「動けるので動いています。しっかし、痛いですね。昔はしょちゅう食らっていましたが、久々に痛いです。師匠、どうにかして下さい」

 ビスコッティが笑い、痛みで顔をゆがめた。

「ダメだよ笑っちゃ……じゃなかった、動いたら。パトラ、なんとかして」

「うん、出番だね」

 パトラがやってきて、ビスコッティの全身が光り、パトラが頷いた。

「肋骨に微妙にヒビが入っただけ。治す」

 パトラは回復魔法を使い、ビスコッティの怪我を治した。

「終わったよ。動いていいけど、今日はじっとしていた方がいいと思うよ。なぜか、素人の集団が紛れ込んだみたいだね。時々、プロが混ざってるけど。連中が乗ってきたんじゃないかって船は、護衛のイージス艦がハープーン対艦ミサイル粉々にしちゃったから、ここに骨を埋めるしかないって、みんな必死なんだよ。多分、最後の一人まで戦うよ!!」

 パトラが笑みを浮かべた。

「地図出来ましたよ!!」

 パステルがニコニコしながら声を上げた。

「おっ、出来たの?」

 私は三人が集まって作った地図をみた。

「……こ、細かい」

 その地図には、崖の高さまで記載されていて、全てミリ単位の数字が並び、等高線やらなにやら、やり過ぎ感満載だが、これはこれで貴重なので私は家の壁に貼った。

「師匠、そこはダメです。バレてしまいますよ。地図はとても貴重なんです!!」

 ビスコッティが、また苦痛の表情を浮かべた。

「こら、デカい声だすな。怪我したばかりだぞ!!」

 犬姉が壁の穴を治そうとしてやめ、粘着テープで塞ぐ作業していた。

 外からキャリキャリと履帯の音が聞こえ、家全体を囲むように配置された。

「そっか、どっかに貼りたいな」

「研究室にして下さい。島内に置いておくのは危険です」

 怒るよ、あたしの出番がない!! ……撃たれるか爆撃に巻き込まれるか榴弾砲の餌食だぞ。……やめときます。じゃなくて、ほら他にあるでしょ。メシ食うか寝るか……魔法書でも書いてれば? あっ、それいい。でも、書くものが。はい、新品ノートペン。書けるよ!! ……うん、書く。なにがいいかな。結界といえばアレだ。アレしかない!!」

 リズがテーブルの上にノートを置き、なにやら呟きながら書きはじめた。

「……チラ見」

 私はリズの書いたものをちらっとみた。

「ダメ、極秘!!」

「やっぱり……。結界ってむずかしいんだよねぇ……」

 私は呪文を唱え、結界でビスコッティを閉じ込めてみたが、指で押されただけで粉々に砕け散った。

「師匠、甘いです。鈍りましたか?」

「な、なにを!!」

 私はムキになって、ノートを真っ黒にした。

「こ、これでどうだ!!」

 しかし、発動すらしなかった。

「ムキー!!」

 私はノートのページを破いて捨て、深呼吸してからガリガリとノートに書きはじめた。

「隊長、専用機Ⅰ号輸送機に搭載完了です。Ⅱ号機はすでに向かっていますが、あと三時間は掛かるそうです」

 衛星電話を持ったアリサが、犬姉に報告した。

「遅いよ。何時間前に呼んだと思ってるの!!」

 犬姉が頭をガシガシ描いた。

「はい、Ⅱ号機のエンジンがへそを曲げたようで。修理して問題ないそうです。

「あれ、意外とデリケートなので、致し方ない所です。また連絡です、カリーナ周辺

 大雨視程ゼロ。滑走路閉鎖です。一号輸送機はいつくるか分かりません」

「大雪の次は大雨かよぉ……」

 犬姉がため息を吐いた。

「ん、空間を削って、ワープみたいにできる魔法は使えるよ。でもこれ、総重量と距離によっては届かないし、それを決めるのが魔力なんだよ。パステル、カリーナからここまで何キロある?」

 リズがパステルに聞いた。

「はい、軽く三千キロメートル近くあります」

「うげ、そんなにあるのか。重量のデータは、えっと……」

 リズが手帳を取り出し、パラパラ捲った。

「……残念、大きさはいいんだけど、完全に重量オーバー。輸送機が重すぎる!!」

 リズは計算式をみてぼやくようにいった。

「よし、アリサ。まだタイダウンしてる最中でしょ。荷ほどきして!!」

「無理です。誘導路渋滞の先頭にいて、にっちもさっちもいかない状態です。予報によれば、あと数時間で雨は止みそうだとの事でした」

 アリサが無線で交信した。

「こりゃ、Ⅰ号機は間に合わないな。Ⅱ号機は?」

「はい、ポテチのコンソメパンチを食べながら、最高速度で巡航しているそうです。元々、長距離移動には向いていないので、パイロットも必死です」

 アリサが笑みを浮かべた。

 戦場の音が大分遠くなり、やがて微かに聞こえるようになった。

「ああ、終わっちゃう。私のⅡ号機が!!」

 犬姉が頭を抱えた。

「……終わった方がいいじゃん」

 私は笑った。

 窓の外では、軍服姿の人たちがウロウロしていて、芋ジャージオジサンたちが煙草を吸って一服していた。

 家を取り囲んでいた戦車がどこかに走っていき、とりあえず平和になったようだった。

『芋ジャージだ。まだ、家の周りを掃除中だ。見たくないなら、外には出るな』

 いきなり、芋ジャージオジサンの声が聞こえた。

「う、うん、よろしく」

『終わったら連絡する。じきに、窓ガラスの交換屋も到着するだろう』

 芋ジャージオジサンの声が、それきり途切れた。

「なんか、まだ騒ぎがありそうだね……覚悟しとこ!!」

 私は苦笑した。


 深夜近くなって、独特のエンジン音が聞こえ、犬姉が外に出たので怪我をしているビスコッティの代わりに、アリサと一緒に外に出た。

 駐機場横のヘリポートに向かって、小さな戦闘機っぽい機体が固定翼機なのに、垂直に降下して着陸した。

「な、なんだ、あれ?」

 見たことない機体に、私は目を丸くした。

「ハリヤーⅡです。隊長の趣味ですね。機体損傷で廃棄処分になるところを拾って直して、勝手に専用機にしたんです。ついでに、最新鋭仕様にしているのですが、対地攻撃機だと思って下さい。戦場の猟犬なんて呼ばれる機ですよ」

 アリサが解説してくれた。

「しっかし、よく撃たれるねぇ。防弾ガラスの家に地味に装甲板貼ってるの、屋根直して知ってるんだぞ。ありゃトーチカだな。そのくらいしないと、慢性的に魔物に襲われていたスラーダの気が済まなかったんじゃない。まあ、頑丈でいいじゃん。そう思わなきゃ、居心地がいい家なんだから」

 犬姉とアリサが笑みを浮かべた。

「うん、頑丈なのはいいことだけど、ちょっと過剰防衛じゃない。まあ、いいけど」

 私は笑った。


 犬姉がアリサを地上で待たせて、飛んできた変な飛行機で遊び始めたので、見ていたら戦闘の音がする方向に飛んでいってしまった。

「……見たところ、爆弾も積まずに飛んでいっちゃった」

 もっとも、この島に爆弾があるとしたら、ファン王国海兵隊の演習場だが、そこまでは確認する気はしなかった。

「さて、戻るか。アリサ、帰るよ」

「はい、この調子ではしばらく隊長は帰ってきません。一緒に戻ります」

 私たちは笑って家に入った。


 家に入ると、ビスコッティがケロッとした顔で歩いていた。

「ビスコッティ、もう平気なの?」

「はい、ちょっと痛いだけです。それより、犬姉は?」

 ビスコッティが犬姉を探しているようだった。

「無線で呼んだら?」

「あっ、そうでしたね。無線で呼びましょう」

 ビスコッティが、大型無線機で呼び出しをした。

「……あれ、出ないな。島のどこかにいったのかな」

 ビスコッティが周波数の設定を始め、やっと犬姉を捕まえたらしく、なにか話をはじめ

無線の受話器を置いた。

「あの、戦っちゃってます。爆装なんかしてねぇとかいいながら、機関砲のみで暴れていりょうようです」

「……私も好きなように暴れたいな」

 私は小さなため息を吐いた。

「師匠はダメです。ビシバシします!!」

 ビスコッティが私の顔に弱々しい平手を撃ち、そのまま床にひっくり返った。

「ど、どうしたの?」

「……痛い」

 ビスコッティが動かなくなってしまった。

「こら、ビスコッティがそれじゃ、私暴れちゃうよ!!」

「お酒でも飲めば治ります。下さい」

 私は慌てて、誰が保管庫から出したのか、その辺りに置いてあった二十四年ものの瓶を取った。

「ビスコッティ、お酒だよね。待って、今開ける!!」

 私はコルク抜きを探したが、これまた誰かが持ってったのか、お片付けの所定の場所に置いてなかった。

「うーん……ナイフでも使って削るか……」

 私はナイフを抜いたが、なんか嫌な予感がして、ナイフをしまった。

「あっ、こっちで祝杯を挙げています。コルク抜きなら、ここです。でもそれ、潰れたシャトーのビンテージですよ。買うと二十五万クローネするお宝です。なぜそこにあるか分かりませんが、この気温で二時間近く放置されているので、味が心配です」

 パステルが苦笑した。

「師匠、ビシバシします!!」

 いきなり復活したビスコッティが、私をボコボコにして床に放り出した。

「あーあもう、今は飲みたくないので保管庫に戻しますが。間に合ったかどうか」

 ビスコッティは、よく飲んでいる安物を取り出し、コルク抜きで栓をぬいて、ラッパ飲みで飲み干し、そのまま倒れた。

「あー、ビスコッティが死んだ!?」

 私は思わず声をあげ、慌ててビスコッティを診た。

「大丈夫?」

「はい、無理に動いたので痛いだけです。自分に回復魔法を掛けても、効果はほとんどないので、痛み止めにもなりませんが」

「そりゃそうだよ。自分の生命エネルギーで自分を治そうとしたって、ループするだけで無理やりやると悪化するよ」

 パトラがやってきて、回復魔法を掛けた。

「これで完治かな、痛くないでしょ?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

 ビスコッティが立ち上がり、体をバキバキ動かしてなにか確認してるようだった。

「しっかし、今日は派手にやられる日だねぇ。素人のくせに隠れるのが異常に上手くて、それいでいて射撃は下手くそながら、それなりに上手い。恐らく、ロックゲン王国だね。あそこ、お金ないから正規軍の人数が少ないし、そもそもそんなの投入したら戦争になっちゃうし、隠し持っている特殊部隊を使ったんだろうけど、素人同然の経験不足の傭兵まで雇っていたみたいだね。まあ、これ以上は機密だからいえないけど、サービスサービス、現国王は体調不良で寝たきり!!」

「こら!!」

 リズのパンチが、パトラの顔面にめり込んだ。

「いいじゃん、減るもんじゃなし」

「あたしの寿命が減る!!」

 リズがパトラの頭に、ゲンコツを落とした。

「ごめんなさいは?」

「……しーらない!!」

 パトラは笑みを浮かべた。

「こ、このボケナス。どうやったら、締められるかな……」

 リズが頭を掻いた。

「師匠、大変な情報です。各国要人の体調は厳秘なんですよ。あわわ」

 ビスコッティが慌て始めた。

「……なんでか気になるけど、裏の世界みたいだし、聞かないでおこう」

「はい、師匠は知らないフリをしていて下さい。タダでさえ目立っているのに、これ以上は堪りません」

 ビスコッティが小さな息を吐いた。

「さて、遅くなりましたね。夜食の準備が出来ましたよ」

 マルシルのおばあちゃんが、小さく笑みを浮かべたのだった。

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