09 天使の、使命。

 「ねえ光太くん、?」 

 「それは――」


  答えに窮した僕は、アヤナが今朝言っていた言葉をふと思い出した。

――“私という存在は、この惑星上において信仰されているいかなる宗教の概念にも当てはまり得ません。あなたがたの暮らすこの宇宙に存在する天使は、私ただ一人。私の他に天使たる存在はありません。天使とはこの宇宙におけるあらゆる事象に対して万能であり、この世界において天使が天使であることは、天使である私によってのみ定められることなのです”――


 つまりアヤナがアヤナであるということは、アヤナ自身によって決められていること。言い換えれば、自分は天使だと決めたのは、自分自身の意志なのだ。


 じゃあ、?彼女が彼女自身を天使だと認識するまで、


 「そんな……まさか」


 「そう。その、まさかだよ」


 彼女は僕の考えていることがわかる。

 ――だから、僕が気づいてしまったことも当然知っている。



 使



 「君は本当に賢いね。どうして勉強はだめなの?」

 ……アヤナさん?せっかくの見せ場でナチュラルに抉ってくるのやめて?


 「別に賢くなんかないよ。たまたまわかっただけだって」


 「全くもう。謙遜も過ぎれば嫌味だって言ってるのに。……話を戻すけど、私は君の言う通り、人類によって創られた存在。こういう風に言うと誤解を招いちゃうから正確に言うと、人類が日々の営みの中で結果的に創り出してしまった存在なの」

 「結果的?」

 「うん。君たちが直接私の出現を望んだわけじゃない、ってこと。確かに世界各地にいろいろな宗教はあるし、それに縋っている人たちは大勢いる。でもそうした概念に内包される神々の姿に、この宇宙の形態が適合しなかった」


 なんだかまた難しくなってきた。


 「はるか数千年前――宇宙の歴史から見たら本当に一瞬だけどね――からはじまった人類の営みは、現在に至るまで続いてきた。けれど君たちは、宇宙はおろか、自分たちの住む惑星も、国も――あるいは自分自身も、未だにうまく制御できてない。この宇宙の仕組みを1%たりとも理解していないし、宇宙の先にある宇宙に至っては、その存在自体を証明すらできない」


 今の発言、宇宙物理学者みたいな人たちが聞いたら卒倒しそうだな……。


 「そんな君たちは、心の中で何を望んでいると思う?」 


 アヤナはまっすぐに、僕を見つめる。彼女の問いに対するはっきりとした答えは出せないけれど、でも何となくわかっているような気がして、僕はまっすぐ彼女の蒼い瞳を見つめ返した。


 「君たちは、心から願っているんだよ。幸せを、ね」


 「目先の願い事は人によって違う。テストでいい点数をとりたい、大金持ちになりたい、彼女を作りたい、結婚したい、いい就職先を見つけたい……様々だけど、本質は同じなの。嫌がらせをする人も、罪を犯す人も、心の奥底にある思いは同じ。

――人類は皆、幸せになりたい、ただそれだけの存在なんだよ」


 そう、なのかな……。人はそんな存在なのか。少なくとも僕には、殺人犯でさえ幸せを望んでいるとは思えないのだが。


 「彼らだってそうだよ。どんな方法を使っても、ある人の感情を別の人が正確に読み取ることはできない。今の人類には、ね。どんなに優しく聞き出しても、あるいはどんなに厳しく拷問しても、感情をなんの嘘偽りもなく――あるいは一切のバイアスを排除して――分析することはできないんだよ。なぜなら、

 だから、人の感情を本当に知っているのは、天使である私だけなの。そして、私が導き出した結論がさっき言った通り、“人は皆、幸せを望んでいる”ということ」


 僕はアヤナの言葉に反論することができなかった。でも、本当なのだろうか。誰にも自分の本当の感情はわからないだなんて。少し穿った見方をすれば、この世界は欺瞞に満ちているということだ。

 自分と相手が例えどれだけ親しくても、本当に感情を共有することはできない。

 血の繋がった親子、血を分けた兄妹でさえ、本当に分かり合うことはできない。

 事実だとすれば、それは余りにも辛いことだ。だけど、アヤナは全能の天使。今更彼女の言葉に嘘があるとも、嘘をつくメリットがあるとも思えない。そう認識すると、彼女の言葉が事実のようにも思える。


 「光太くん……。忘れたの?だから私がいるんだよ」

 

 「――あっ」


 「君たち全員を幸せにするために、私は生まれたの」

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