06 彼は、選ばれた。

 気がつくとそこは、見慣れた教室だった。

 1つおかしい点があるとすれば、壁に掛けられた時計の針はすでに授業時間直前――8時3分――を差しているというのに、その教室には誰もいないという点である。


 「ここは、僕の高校の教室……ですよね?」

 「そうです。――とは言え、ここは


 ひえぇ……。さすが天使。物理法則なんのその、という感じである。どういうことなのか説明されても間違いなく理解できないので、さっそく本題に入らせてもらおう。


 「では、あなたが人類の代表に選ばれた理由をご説明します」

 相変わらず僕の頭の中は全部お見通しのようだ。……まあ、僕としても話を切り出さずに言いたいことをすべてわかってもらえるので助かりはするのだが。


 「あなたが選ばれた理由は――



 「……えっ」

 き、気に入った?

 どういうことなのかさっぱりわからない。そもそも自分がなぜ気に入られるかがわからないし、何よりそれで人類の代表に?冗談じゃない。僕が全人類の前で土下座させられる未来が見えるし、僕のせいで人類絶滅、なんてことになればたまったものではない。


 「ふふっ――」

 驚くべきことに、天使は笑っていた。上品さの中にも美しさ――そして可愛らしさがあって、思わずどきっとする。この感情すら彼女には伝わってしまうのだと思うと、さすがに恥ずかしかった。


 「あなたは謙虚な人ですね。私が気に入っただけのことはあります」

 「いや、別に僕は謙虚なわけでは……」

 「いいえ、謙虚ですよ。そして私にはわかります。出月さんの心は混じり気がなく、どこまでも澄んでいるということが」


 そんなわけあるかっ!混じり気がないどころか、不純物まみれだと思うのだが。ここまで言われてしまうと、何か裏があるように思えてならない。まあ、天使が何の取り柄もない男子高校生に絡む時点で、裏があるのはわかりきっているけど。


 「謙遜も過ぎれば嫌味になってしまいますよ、出月さん。――さて、話が少しそれてしまったので、元に戻しましょう」


 「冗談はやめてくださいよ……」


 「あなたには、人類の代表たるにふさわしい素質があるのです」


 「そんなものないですって」


 「いいえ。あなたは今まで私が会った人間の中で、最も現実と向き合い、現実を受け容れ、柔軟に対応できる人でした」


 確かに、この目の前の美少女が天使だと――人知を超えた万能の存在だと。比較的すぐに信じることはできた。でも、それがそこまで特別なことだろうか?


 「私はこれまで世界26都市、12万人の人々を見てきましたが、あなたのような人は一人としていませんでした。もちろん地球上のすべての人間にあったわけではありません。ですが、私にはわかります。私を、信じてください」


 だめだって。銀髪碧眼の上目遣いとか、わずかに朱のさした頬とか、少し震えた声とか、断れるはずがない――もっとも、彼女のことだから、わざとやっている仕草なのはわかりきっているが。

 彼女はそこまでして僕に何をさせたいのだろう。さっきだって謙虚、謙虚と僕の自己肯定感を無理矢理高めようとしてくるけど、僕を洗脳しようとでもしているのだろうか?

 我ながらチョロいとは思う。だけど、彼女のことを信じなければ何も始まらない。当然、拒否権もない。こうなれば自分の可能性と天使の言葉に賭けてみるほかないと、僕は思った。


 「……わかりました。信じますよ。――それで、人類代表の僕は何をすれば良いんですか?」


 「すべての人々を、“幸せ”にしてもらいます」

 少しの間をおいて、彼女はなぜだかひどく難しそうな顔をしてそう言った。

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