05 初めての、会話。

 「初めまして、出月光太さん」

 「!?」

 彼女は開口一番、僕の名前を口ずさんだ。天使は万能であると頭ではわかっていても、驚かずにはいられなかった。どういう理屈で僕の名前を知っているのかはわからないし、説明されても理解できないだろう。でも、とりあえず彼女は僕の名前を知っているのだ。だから、


 「そ、その」

 

 「何でしょうか?」

 言うべきだと思ったのだ。

 

 「よ、よろしくお願いします――!」


 「――はい、こちらこそ」

 無表情だった彼女の口角が少しだけ上がったように、僕には思えた。



 少しの間があって、天使はこんなことを口にした。

 「あなたは、選ばれました」

 「えっ……僕が、ですか?」

 「そうです」

 「それは何に、……?」


 「人類の代表に、です」


 世界の人口は今や77億。その中には当然オリンピック金メダル級のアスリートだって、アインシュタインみたいな天才だってごろごろいる。そもそも自分は、狭い学校の中でさえ、何かに秀でているわけでもない。そんな僕が、なぜ。――というより、僕が人類の代表なんかになっていいはずがない。


 「すみませんが、その……代表は、辞退させていただきます」

 天使は万能だって彼女は言っているけど、ひょっとしなくても彼女の目はかなり狂っているのではなかろうか。とは言えここは丁寧に、礼儀正しくお断りさせてもらうしか――


 「申し訳ありませんが、それはできません」

 「そんな……」

 そこまでしてどうして僕が選ばれたのか、全くもってわからない。


 「ご説明させていただきますね。場所を変えましょう」

 そう言って彼女は、右手を優雅に顔の前に持ってきて――


 パチン、と指を鳴らした。


 静かな水面に1滴の雫が落ちたかのように、空気が震える。


 気がつくと、周りにいたはずの人々の姿は消えていた。


 「皆さんには電車内に戻っていただきました。電車はすぐに動き出しますので、どうぞこちらへ」


 言われるがままに線路の脇へ移動すると同時に、止まっていた電車は何事もなかったかのように動きだす。数秒後には、僕との天使の1mほど前を高速で駆け抜けていった。


 「では、私たちも移動しましょうか」


呆気にとられる僕の視界は、白く染まった。

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