04 天使との、邂逅。

 ――“こちらです”――


 自我が半分くらい消失し、意識が混濁したような没入感の中、声に導かれて先頭車両へひたすら走る。運動ができるわけでも体力があるわけでもないが、なぜか今は疲れを全く感じない。

 周囲を見れば、開いたドアからすでに多くの人が降りて、僕と同じ方向へ向かって走っていた。彼らにおいていかれるわけにはいかない。

 

 僕は、ひたすら走った。


 そして、見た。


 天使を。


 足元まで伸びる、真っ直ぐな銀色の長髪。

 雪のように白くきらめく、艶やかな肌。

 大きくて、それでいて理知的な鋭さを残す蒼い瞳。

 抜群のプロポーションを持つ、すらりとした長身。

 身に纏うのは、ふわりとした純白のドレス。 


 まさに「美」の一つの完成形を体現していると言うべき美しい少女が、線路の中央に、静かに立っていた。


 すでに数十人の人々が僕と同じように集まってきていたが、彼らは天使から10mは離れて彼女の前に立っていた。別に彼女から光が発せられているわけでないのに、常人が近づくにはあまりに恐れ多いと感じさせるほど、この銀髪碧眼の少女は凛として美しく――そして神々しかった。


 ふと一人の女性が思い出したかのようにポケットからスマホを取り出し、天使に向けて構える。

 カシャッ。

 無機質なシャッター音が鳴り響き、女性は満足そうな表情で写真を確認して、硬直した。

 「写って――ない……!?」

 目の前には確かに天使が佇んでいるというのに、彼女のスマホの画面には写っていないということだろうか。そんなことがあり得るはずがない。

 

――いや、違う。

 天使は僕たち人間の理解を超えた存在。今は信じられないが、それはおそらく確かなことだ。いわば神である彼女を前にして、僕たちの常識など一欠片たりとも通用しないのかもしれないのだ。


 別の男性が、勇気を振り絞って声を掛けた。

 「天使――様。あなたの頭上に、何か物体は見えますか?」

 天使はゆっくりと空を見上げて、答えた。

 ――“あなたがたの言葉で言う「人工衛星」が2機、差し掛かっています”――

 「おい、嘘だろ……」

 スマホで何やら見ていた男性は真っ青になった。どうやら正解らしい。


 僕は嫌な予感に襲われた。この二人は、使とも取れる行為をしてしまったのだ。女性は天使に、いきなりスマホを向けた。スマホがどういうものかを天使が知らなければ、銃口を向けているように捉えられてしまうかもしれない。男性に至っては、明確な挑発だ。目の前の天使がどういう性格かはわからないが、「万能」であるという彼女が激昂し暴れようものなら、ここにいる僕たちは一巻の終わりである可能性が高い。


 ――“私は試されたからといって、あなたがたを傷つけたりはしませんよ?”――

 

 なっ!?

 思考を読まれていたのか?――違う。天使は僕のことを見てなどいないはず。


 

 この場にいる数十人――いや、電車に乗っていた人々全員の思考は全て、万能の天使である彼女に筒抜けなのだ。

 そう考えた瞬間。


 「


天使が初めて口を開いた。銀髪をなびかせて、彼女は僕に向かってまっすぐに、ゆっくりと歩いてくる。ざざざ、と群衆が割れて、遮る人のいなくなった2人の距離が縮まっていく。

 身長170cmの僕とちょうど同じくらいの彼女と、目が合う。僕の心臓がどきんと跳ねた。脈拍がどんどん上がっていく。呼吸が荒くなる。僕の2本の足はバラストに根を張ったかのように、ぴくりとも動かない。


 ついに、天使は僕の目の前に立った。手を伸ばせば届く距離だが、やはり僕は指先一本たりとも動かせなかった。

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