02 日常、でも非日常。

 7時47分。時刻表通りプラットホームに滑り込んできた電車に乗り込む。どうせ3駅で降りるので、ドア近くの狭い空間をすぐさま確保。むさ苦しい社会人たちに押され続ける寿司詰め状態のはじまりはじまり〜、とでも言うように、自動ドアがバタンと閉まる。ガタン、と動き始めた電車が滑らかに加速していくのと時を同じくして、僕の脳も少しずつ回転速度を上げてゆく。今日は週の真ん中、水曜日。昨日も一昨日も変わったことはなかったし、今日だってないだろう。今日という日は、何ということはなく平凡に過ぎ去り、過ぎ去っていく毎日のうちの1日でしかないのだ。


 ――じゃあ何なんだろう、この妙な気持ちは。


 何も特別なことはないはずなのに、何だかのだ。確かに小説やアニメ、マンガの世界ならこういう予感は的中するものだけれど、現実世界でそんなことがあるはずはない。僕はエスパーではないのだ。というより、そんな能力が本当にあるなら、今ごろ僕は高校に行かずに占いでもやって大儲けしているに違いない。


 窓の外を流れてゆく、見慣れた景色。

 灰色の青空を、気だるそうに流れゆく雲。


 やっぱり気のせいだ。今朝の自分はちょっとどうかしているような気がするけど、熱があるわけでもなさそうだし、単に疲れているのかもしれない。まずは学校に行ってみよう。行ってみたら治った、なんてのはよくあることだ。


 そんなことを考えている間に、電車の車輪がレールの継ぎ目を通る音の間隔はだんだん長くなっていき、満員の電車は1駅目についた。ドア脇の手すりに必死につかまって大量の人の乗り降りをなんとかやり過ごすのも、とっくに慣れた。地方に行けば多少違うのだろう、とふと思ったところでやっぱり、違和感。そして気づいてしまったのだ。


 さっき自分は何と思った?


 ――“現実世界でそんなことがあるはずない”


 嗚呼ああ


 これぞまさに、「死亡フラグ」だったのだと。 


 そして、やはりというかなんというか、現実世界は僕の期待を裏切ってはくれなかった。

 聞いたことのないほど甲高い、キーッという音が耳をつんざいた。加速を始めたばかりの電車が、突然急ブレーキをかけて止まったのだ。周りの大人たちも思わず耳を塞ぎ、何事か、と不安げな表情。


 その時、聴こえた。


 “――――――――――――――――――――――――”


 音が、聴えたのだ。


 ちょっとばかり音感がある僕にはわかる。これは、ピアノの鍵盤に例えるなら「ラ」の音だ。それも、無機質な機械音ではなく、鈴を転がすような女性の声。

 一瞬、それは僕の耳鳴りか、それとも気のせいかとも思った。その高く美しく、透明感に満ち溢れた歌声は、電車内でも外からでもなく――つまり耳にではなく、からだ。が、どうやら気のせいではないらしい。乗客たちは皆、頭を押さえていぶかしそうにしている。


 

 何の変哲もない日常は、この瞬間に、非日常になった。

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