第四幕 お客さん 4.アカンけど親分が痛快

 ある日の夕方のこと、いかにもワイルドな感じの二人が店にやってきた。先に入ってきたのは、白色のスーツ姿で、絨毯みたいに細やかなパーマの男であった。テーブル席へつく。後を続いて入ってきたのは、アロハシャツにだぼだぼのジーンズ姿。こちらはカウンター席に座った。いくら狭い店で客がいないからといって、その着席の仕方はないだろうと思っているとアロハが大きな声を放つ。

「アニキ! ビールたのみますか!?」

「おう」

 あにきはタバコをくわえ、アロハがすかさずライターで火をつける。TV映画の難波金融道そのまんまだ。タバコを胸いっぱいに吸いながら、アニキが壁に貼られたメニュー札をじろりと睨む。

「スーーー、はぁぁぁぁ。ビールと餃子と炒飯や!」

 可愛い注文にずっこけそうになった。とその瞬間、この二人は前にも来たことに気がついた。そう、炒飯パラパラ野郎のあの二人組みだ。結局今日も「炒飯二つ、餃子二つ」のベストプライスなご注文だった。

 これほどにしょぼい連中が相手でも、チーフはいつも通りのリズムで料理を始める。鉄板の火を上げ、餃子を並べる。次に赤ハム二枚を一センチ幅に切り分け、青ネギの刻みを小鉢に入れる。炒飯用のフライパンを火にかけ、ラードをたっぷりと入れ馴染んだらすべてを油入れに戻す。直後、餃子の入った鉄板に水をそそいで蓋をする。溶いた生卵をフライパンにいれ、ハムと下味をつけた炒飯をどっさり。オタマの背で叩くようにして固まったご飯を崩していく。店内に餃子の焼ける香ばしい匂いと炒飯のまろやかな香りが漂う。

 こうしている間、二人組みの会話する声と内容はやっぱりでかい。

「アニキッ、駅前の福島組にガサが入りよったらしいですわ。駅向うの江島組との抗争が騒がしゅうなってきましたでぇ。わしらは見てるだけでよろしんでっか?!」

「あほぅ、そんな小さな喧嘩に顔を出してる暇はあらへん。そんなことよりちゃんとシノギを積んでこんかい! それはそうと今度の会場は決まったんかい?」

「へぇ、新大阪のすかいらーくで会合ですわ」

 こんな話を瓶ビール1本で、しかめっ面になって続けるわけだが、どこか楽しそうにも見えてしまう。出来上がった料理を出すとアニキは足をかぱっと開き、犬のように荒々しく、でもおいしそうに炒飯を食べるのであった。そして、くちゃくちゃと音をたてて食べるうち、チーフのほうへ振り向きこう言った。

「おぅ、餃子がぼろぼろやないか。皮がめくれて中が出てきよるぞ。もっとちゃんと包まれへんのかい!」

 チーフはちらっと見るだけで特に相手にしない。

「はぁ、えらいすんまへ~ん」

 すると舎弟を前にしてアニキが噛み付いた。

「すんませんやあらへんがなっ。中華屋のくせして餃子もちゃんと包まれへんのか」

 チーフはロンピーを片手に、片方の眉毛を上げてこう言い返す。

「ほなもう一人前焼きまひょか?」

「はぁ~? それは店の奢りかい?」

「いや、なんも悪いことしてへんのやから奢りやあれへん」というと今度はカウンター席で炒飯を食べていたアロハが大きな声をだした。

「なんやとっ!」

 言いがかりの付け方も安すぎる。僕はこの後どうなって行くのか不安で一杯だった。今までの例から言ってチーフは絶対に引かない。もし、揉め事になったらとりあえずパチンコ屋まで行けば誰かいるか、などと色々その後のことを考えていた。

 と、その瞬間、暖簾がめくれて扉がゆっくりと開いた。

「カラカラカラ・・・・・」

 なんと、親分ではないか。月に1回ほどのペースで、必ず一時間ほど前に予約の電話を入れてから来るのに、この日は珍しく電話なしでのご来店であった。

 親分は瞬時にその異様な空気を読み取ったのか、1歩入ったところでじっと立ち止まっている。年齢は六〇歳代半ばくらい。肩に上着をかけ、下は白いシャツ姿。髪はやや薄いが全体に跳ね上がっていて、映画「ダーティハリー」みたいなサングラスをかけている。

 とその直後、先まで騒いでいたアロハとアニキが、椅子から転げ落ちるようにして直立不動となり「うぉっす!」と水差し鳥みたいに頭を下げる。すると、親分は彼らの前をゆっくりと歩いて奥のテーブルへ向かい、そのすぐ後ろからいつものお付役の大柄の男が入ってきた。こちらは芸人のキムニーにそっくりである。大柄のキムニーは入口に立ち、二人をじろっと睨んだかと思うと今度は親分がくるっと振り向き、低い声でこう言った。

「おのれらここで何をさらしとるんじゃ?」

「はっ、えろうすんませんです!」

 続いて大柄のキムニーが恫喝。

「お前らみたいなチンピラが来るところやないんや! はよどっか失せろ!」

「はいっ、えろうすんませんでした!」

 二人は血相を変えて直立したまま何度もお辞儀をして、逃げるようにして外へ出て行った。奇跡のナイスタイミングであった。椅子に腰をかけた親分がサングラスを取り、チーフのほうを見る。サングラスを取った親分の素顔を見たのは初めてだ。想像通りの細く鋭い目つきで、きりりと吊りあがった眉はどうやら刺青のようである。

「えろう悪かったね、この通りですわ、わしのほうからも謝るさかい許したって。あのチンピラは隣の○○組のもんでね。堅気とスジの区別もできんアホですわ。お代はわしが払うよって、ほんますんまへんなぁ」

「すんまへん」と、大柄のキムニーも頭を下げる。

 チーフは照れくさそうにしながら「いやいや、そんな親分さんに頭下げてもらったらこっちが恐縮しますわ。チンピラや思うて相手にしてませんでしてん」

 いやいや、売られてすぐに買ってたやん、と僕は心の中でつぶやく。

 結局親分たちはいつものようにビールと骨付きの唐揚げや餃子、豚肉の炒りつけなどを平らげ、ぼちぼちと他のお客も来店し出した頃に親分はお勘定をしようとする。

 電卓で計算した僕が三、四千円の金額を告げると、親分はさっと一万円を出して「ほい、これ先の分も。足るか?」

「へ? 足り過ぎます。お釣りあります!」

「釣りはいらんから」

「いやいや、それは困ります!」

「ええから。ほな、ごちそうさん」

「おおきに、毎度!」「おおきに、ありがとうございます!」

 カタギじゃない人を英雄視するのは間違っているとは思うけど、やっぱり渋すぎる。漫画みたいな本当の話であるが、町はこのように清濁を併せ持って微妙なバランスで保たれていた。いや、待てよ。もしかしたら茶番だったのかも。だってチーフは毎正月、高価な門松を付き合いで買っていたわけで。おいおい、何がほんまで嘘やねん。





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