第三幕 男になれるか 6.チーフの餃子は食べる造形芸術

 何度見てもリズミカルでスピーディ。チーフの餃子作りほど見ていて気持ちのいいものはない。さっと左の手の平に餃子の皮を広げたかと思うと、餡を掬い取っておいた右手のステンレス製サジを素早く皮の真ん中に塗りつける。そして、両手の指できゅっきゅっきゅっと摘まむのだ。

 一つを包む時間は四、五秒か。早いだけでなく、何個包んでも同じ形をしているところがまた凄い。その美しい湾曲のフォルムに見蕩れてしまう。餃子はまさに食べる造形芸術なのであった。

 包む量は日によってまちまちだが、一回の仕込みできるのはおそらくざっと三〇〇個以上。一人前が八個入りだから約四〇人前かと思われる。宴会や大量のテイクアウトなどがある時は軽く七~八〇人前は出ていただろうか。そんな日はひたすら仕込みに追われる。

 一般的に餃子の主な素材は白菜や豚の脂であることが多いと言われるが、チーフの場合はキャベツがメインである。まず天側と根側で二等分にし、主に根側を使用する。天側は大きな笊に入れておき、揚げ物などに添えるケン切り仕様とする。根側をまな板の上に並べ、端から中華包丁で幅五ミリ程度に切っていく。それが終わると今度は横に向けて再び五ミリ幅に「ザクザクザク」。後半は芯を取り除いて三倍速でさらに細かく刻む。

 で、実はこの包丁使いが見た目と違ってなかなかに難しい。ぱっと見には単純なみじん切りに見えるのだがまったく違うのだ。切り終わったら、笊に入れて上から新聞紙をかけて冷蔵庫に入れておくのだが、チーフが切ったキャベツの場合は新聞紙が濡れず、笊の下から水分も出ない。だが、僕が切ったものだと一時間もすると新聞紙が湿り、笊をもつと手が濡れる。押し潰すのではなく、ちゃんと切り刻む包丁使いでないとこうはならない。

 この後、ニラ、タマネギ、ショウガ、ニンニク、そして豚のミンチ肉などの素材を加え、塩と胡椒、醤油、ごま油、わずかな旨み調味料で味をつける。そしてこの和え方にコツがある。手の平を大きくかっぴろげて具を掴み取るようにして返しつつ、細かく和えるけど決して練り込まない、という混ぜ方なのだ。ここで練ってしまうとせっかく切り刻んだキャベツから水分が滲み出て、その他諸々の旨みも外へ連れ出してしまう。

 もし水分が滴り落ちてしまった具で餃子にするとどうなるかというと、歯応えが弱く、旨みが乏しいものとなる。一方キャベツをちゃんと切り刻み上手に和えた具だと、ざくざくとした歯応えと共に底深い旨みが滲み出す。それでいて素材のメインはキャベツだから胃がもたれることはありえない。キャベツには荒れた胃を修復したり、免疫力の向上や解毒作用が期待され、食べる胃腸薬とも言われる。

 そして最終段階の調理。まず鉄板の火を上げて油をすばやくひとたらし。ここに餃子を並べていくのだが、すぐに水は入れない。しばらく焼いてから水を加えすぐに蓋をする。その後は不用意に開けない。しっかりと密閉し、蒸し焼き状態にする事が大事だ。そしてここからが意外にも時間を要する。これはおそらく機械的な性能の問題である。『新大蓮』のそれは一人前がおよそ五分、二人前でプラス二分、三人前ならトータル七、八分と言ったところだろうか。だから立て続けに注文されてしまうと、最後のほうの人はかなり待たなければならない。

 もっと火力の強い鉄板に代えてもいいのではないかと提案したことがあったが、じっくりと焼きあげていくことで、しっかりと焦げ目がついて皮が香ばしくなるとチーフ。

 カリカリとした餃子は確かにおいしいものだが、その殆どは揚げ餃子かと思うほども油をたっぷりと入れる。そうすることで調理時間の短縮にもなるし誰でもできるし香ばしさも簡単に増すからだ。でも、チーフは油に頼らない。

 あくまで時間をかけて、鼻と耳を澄まして体感で焼き上げるのである。最初は蒸気が「モクモク」、だんだんと静かになって、後半は「パチパチ」と焼ける音に進化する。その後「チクチク」という細かい音になり、こんがりとした香りが漂ってきたらOKサイン。蓋を開けると息を止めて膨らんでいた餃子が「プハァッー」となって皮が「シュルルゥ」と縮み、中の具が透き通って見える。で、ヘラを使って皿に盛り付けたら出来上がり。

 茶色い焦げめが絶妙な香ばしさを放ち、口に入れるとキャベツのザクザクとした歯応えと共に豚肉と合体したふんわりとした旨みが染み出してくる。サイズは限り無く中間、皮は薄め、油は控えめ、ということもあってとにかく口当たりが鮮やかで軽快。好きな人はテッサを摘まむようにして一度に三つずつ食べる。

 チーフの餃子が多くの人から「いくつも食べたくなる」と人気だったのはそれなりの理由がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます