第三幕 男になれるか 4.パラパラ炒飯事件

 『新大蓮』の客層は実に幅広い。中には額や頬に傷があるようなスジの人もいた。地元には二つの組があって、ひとつは地元で認められているというと変な表現だが、脅威に思われる存在ではなく、親分がいつも舎弟を二人連れて店に来ていた。で、もう一つの組が荒っぽくて流れ者も多いことで知られていた。双方の組は所属している幹が同じなので相応の交流はあったようだが、とりあえず地元民からすれば同じ組でも、出来が良いのと悪いのと暗黙の区別が確かにあった。

 前者の面々はだいたい来る時間やパターンが決まっていて、チーフが慕っていた例のライオネル・リッチー似の若頭ガッちゃんは週に一、二回、昼の二時か二時半頃に一人でくる。そして親分は月に一回か二回夜に限っていて、来店する一時間前に舎弟から確認の電話が入る。たまにお孫さんを連れて賑やかな食卓になることもあった。

 が、後者の組の者はなんだか得体が知れず、いかにもな連中が忘れた頃にぶらりとやってくるのであった。そして、こういうのは総じて変な時間にやってくる。

 ある日の夕方五時前のこと。その日の僕は朝から通しで入っていて、休憩から帰ってくるとなんだかチーフの様子がおかしい。いつもは「おかえり!」と元気に声をかけてくれるのに、ぼそぼそとつぶやいただけでフライパンの中の油に浮かぶ酢豚用の豚の天ぷらを睨みながらオタマでかき混ぜ続けているのだ。顎の下に何重ものしわが出来るほど口をぎゅっとしている。

 あれれと思った瞬間、カウンターに違和感を感じた。見るとスジ丸出しの若い男が二人座っていた。一人はシルバーのテカテカのスーツを着た男で、もう一人は白い半そでシャツ姿で腕から刺青が見えている。彼らは椅子を二つあけてカウンターを牛耳るような格好で食事をしていた。そんなに大きな声でしゃべらなくてもいいのに、と思うほどでかい声で会話している。なにやら、務所送りとか、何千万円とか、超一流ホテルがどうとか、内容もいちいちでかい。伝票を見ると三五〇円のラーメンと五五〇円の炒飯だけである。陳腐で薄っぺらい、まさにチンピラとはこのことだ。

 それにしてもこんなチンピラなら見慣れているはずなのに、チーフのご機嫌が異様なまでに斜めである。揚げ物の油を今にでも撒き散らしそうな殺気に満ちていた。

 僕はいつものようにキャベツを並べてルーティーンワークをこなし、五分ほどが経った頃に二人の男がすくっと立ちあがった。

「おい、なんぼや?」とスーツの男。

 客席側に回って「ラーメンと炒飯で九〇〇円になります!」と言うとスーツ男がううつむいたまま「別々や」とぽつり。

「はい、ではラーメンが三五〇円で、炒飯の方は五五〇円になりま~す」

 二人は爪楊枝を咥えながら、暖簾を肩で掻き分け颯爽と出て行った。扉の隙間からイナイチを行きかう車の音が響いてくる。二人の姿が遠ざかるの確認してから僕はどばっと吹き出してしまった。

「せこいっ! もう笑えて仕方がないですわ、チーフ。あれは××組の新人やろか。漫画見てるみたいやったですねぇ」

 するとチーフがやれやれといった表情でため息をつく。

「ほ~んましょうもない連中や。むかつくでぇ。あいつら入ってきて、いきなりカウンターの上に足のせよったんや」

「ええっー、まじですか。こんな狭いところでよう足載せれたもんで。ヤクザのくせして器用なんですね、信じられへん」

「エナメルの白い靴やった。でな、その後がまた腹たつ。炒飯を食ってたテカテカスーツおったやろ? あいつが“この炒飯パラパラやないか”って言ってきよったんや。わし、“わざとパラパラにしとるんや”って言い返したった」

「酷い話ですね。パラパラなんがええのに。チーフもよう言い返しますわ」

「そやろ。でも、わしがそう言うたらその後何も言いよらん。あいつはパラパラの魅力がわかっとらん。あぁ、思い出したらまた腹がたってきた」

「それで張り詰めた空気やったんですね。でもチーフ、これ見てください。炒飯一粒残さず平らげてますよ。あのパラパラ炒飯を蓮華だけで残さず食べるのはけっこう難しいはず。ラーメンももやし一本も残ってないし。実はうまくてハッピーやったんとちゃいますか。素直にご馳走さん言うて帰ったらええのにね」

「ほんまチンピラめ。ややこしゅうなったら嫌やから、それ以上なんも言わんかった。ひょっとしたら親分んとこの連中やったら気を使うし」

「しかし、そうだとしたら礼儀知らずですね。一発、ガッちゃんにたれこんどいたほうがええのとちゃいますか」

「いや、ガッちゃんにそんな下らん話は申し訳ない。逆に迷惑をかけてしまうかもわからんし。もうええ、忘れよう」

 チーフは本当に人がいいんだから。そう言って、いつものように勝手口に片足をかけて、ロンピーをふかしながらバス停中河原南口のほうへと目をやった。

 ちなみにガッちゃんという人は身長が一八〇センチほどあって、服装は年中真っ黒の長袖シャツかセーター、機嫌の悪いライオネル・リッチーみたいな顔つきなのでどこからどう見てもやばい気配が漂いまくっている。だのに、チーフのみならず町の人々から慕われているところがあった。

 以前「パチンコ一七一」でのある事件が大きなきっかけとなっている。それはパチンコ屋の店員と客の誰かが結託してイカサマをやっていることが発覚した際に起こった。その客が、何も詰まってもないのに、玉が詰まったと店員を呼び出し、台の扉を開けさせて玉をわんさかと入れたという、あまりにも幼稚でしょぼい悪巧みだ。

 その現場をたまたま見た別の客が怒り出して、店内で激しい口論になったという。そして少し離れたところでパチンコをしていたガッちゃんがいきなり立ち上がり、つかつかと歩いていって何も言わずに店員を一発で殴りたおし、騒動が一瞬にして治まったというものだ。スジの人がちんまい悪党を倒してしまったという嘘のような珍事件。以来、特にパチンコ屋に入り浸っている者のあいだで、「さすがのガッちゃん」と英雄視する人が増えたのだった。

 そんなガッちゃんも愛していたのがこのパラパラ炒飯。僕も元々は大好きだったのだが、料理を勉強すればするほど怖い一品となってしまった。というのも、どうしてもチーフが作る炒飯のようにパラパラと、かつ香ばしくならないからだ。バイト時代もまかないで幾度となく作らせてもらったのだが、いまだにチーフと同じように出来たためしがない。その理由が何なのか、わからないからこそどんどん脅威になるのである。あらためて問うてみると、チーフが冷えた炒飯を手に取りこういった。それは下味をつけて一度炒めてある炒飯である。

「カワムラ君、この米粒をよう見てみ。炊き立てとは違って乾いてるやろ? 一度しっかりと炒めて冷ましてるもんやから、この粒の中に味と油が凝縮されとるんや。つまり、仕上げは炒めるだけでええねん。ただし、強火でさっとや。あんまりいじくったらあかん。いかに触らんようにして混ぜるか。それでパラパラになる」

 チーフがその冷め切ったチャーハンを指で摘まんで口に入れた。僕も真似て口に入れてみる。すると乾いていて硬いのだが、噛み締めるほどに内側から旨みが滲み出てくる。

「そうなんよなぁ。もう味はほぼできてるというのに、僕がやるとべたついて味がすっきりとしないんですわ。強火なんですけどね。混ぜ方が悪いのかな」

 炒飯を混ぜる際はオタマの背側を使う。ぽんぽんと叩くようにして、冷えて固まったご飯を崩していく感じだ。ここで押し付けすぎると米がベタベタとしてしまう。かといってほぐし足らないと温度や味、食感にばらつきが出てしまう。米の細胞を潰さず、なおかつ均一にばらさなければならない。たかが仕上げであるが、これは炒飯の生命線である。べたついたものとパラパラとしたものでは、いくら下味をうまくつけていても、香りや味わい深さがまったく違ってくる。

 理論的に考えているうちはまだまだ。いわゆるレシピは単なる情報でしかない。技というものは身体での理解が不可欠である。シンプルなものほど難しい、ということを僕はこの頃から強く感じるようになっていた。


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