第三幕 男になれるか 3.秘伝、鶏屋は鶏に似るの巻

 三度目となる今回の『新大蓮』生活では、特に料理について踏み込ませてもらった。今まで入ることのなかった鍋場にいれてもらったり、同じ仕込でも一部分ではなく全工程を教えてもらったりした。そんな中に鶏の解体もあった。鶏は『新大蓮』の核である。

 週に二度ほどのペースで鶏専門業者がごっそりと素材を納めにやってくる。二つの籠があってひとつは、いわゆるマルが入っている。マルというのは羽毛を剥ぎとり、頭部を落としただけの鶏そのもの。そしてもうひとつがガラで骨のこと。双方とも見た目はグロテスクだが、前者は肉となり、残りをスープとし、後者はすべてスープの素材とする。これぞ店の血液であり骨である。

 まずマルだが、こいつを解体するのが職人技。昔は丸太を輪切りにした分厚いまな板の上で作業したものだが、保健所の指示で、今は抗菌のプラスティック製に変わっている。ここに水洗いしたマルを一羽ずつ置いて解体を始める。

 まず、尾っぽを切り取ってから背中の真ん中に切りめをいれ、ひっくり返してモモに刃を入れる。そこに指を突っ込んでばきっと割きながら最後の皮を刃できりとる。次にクビの皮を切り、胸の真ん中に切りめをいれ、肩というか手羽の上部の筋を切り、指を突っ込んで割る。

 胴体のムネ側を外し、その両脇にあるササミの筋を抜き取る。その後は手羽とムネ肉を別けるのだが、このムネ肉とササミが鶏の天ぷらや辛し炒め、うま煮になる。残ったモモや手羽の部分は、中華包丁でダンッダンッと骨ごとやや大きめに割って、別の容器に入れて唐揚げ用にする。最後は残った胴を流水で洗い、ガラとあわせて、直径八〇センチ深さ一メートルほどの大きな寸胴鍋の中にいれるのだ。

 それから水を少しずつ入れ、同時に火をつけるのだが、最初は弱火。そしてガラがひたひたになるまで水を入れたら、今度は青ネギと生姜、卵の殻を入れる。卵の殻を入れることで濁りを取ることが出来るとチーフは言う。温度が上がり、しばらくするとアクや屑が浮きあがってくるのでそれをこまめにオタマで掬い取る。スープが完成するのは暑い時期でざっと六時間ほど、寒い時期ならプラスもう一、二時間はかかっただろうか。だからその日の昼間の分を朝に仕込んでいたのでは間に合わない。

 スープについては前々からよく「沸かすな、触るな」と聞いていたが、これはつまり澄んだ上品なスープをとるためだった。ぐつぐつと沸騰させてぐちゃぐちゃに混ぜてしまうと濁ってしまいアクが混ざってしまうのだ。同じ中華料理でも地域や店によって豚を使ったり、両方を混ぜてこってりとした濁ったスープを作ることもあるが、チーフはそうではなかった。こういうのを「清湯(チンタン)スープ」と言う。

 煮出してからしばらくはアクを取り続け、その後は触らずにちまちまと煮続けると、何時間も経ってから上面に鶏のゼラチンが浮かんでくる。これがしっかりと出切るとスープ全体が透き通った黄色になり、ゼラチンがちかちかと光るので金色に見えるのだ。高級店になると、これと干し貝柱などの戻した汁などを合わせると言う。

 時代はラーメン専門店が増加している頃で、とにかくスープの塩分と糖分が増えてこってりとした濃い口に向かっており、客の中には「コクがない」とか「物足らない」という人もけっこういたがチーフはそんなのおかまいなし。「清湯スープでないと北京料理でなくなるから」と、このとき初めてチーフは単なるドスケベなだけでなく、ちゃんとポリシーがあったことを知る。そうか、チーフってやっぱり職人だったんだ、などと当たり前のことに今さらながら気付かされる次第。

 が、基本的にはやぱりチーフはチーフなのであった。ある日、こんなどうでもいい話で盛り上がる。

「カワムラ君にええこと教えといたろう。あのな、鶏屋のおっさんって、鶏にそっくりなんやで。これは不思議なことなんやけど、ほんまの話や。わしは昔から気付いとったんや。そりゃたまたま似てる、ということもあるかもしれへん。けども配達に来るあのおっさんも会うたびに鶏に似てきとる。実はその前の配達人も鶏にそっくりやった。これ、豚も同じやで。豚屋で働く人間は豚に似てくる。牛肉屋は牛や。最初から似てる人もいるやろうけど段々と似てくるんや。不思議やで。ほんま笑かしよる」

「そういえばチーフも鶏にそっくりですやん。それって徐々にそうなっていったんですか? 毎日こうして鶏をいじくってるから呪いがかかってくるんですかね」

「おいおいカワムラ君、なかなか言うやないか。実はよう言われる。わし、やっぱり鶏に似てるか。不思議やなぁ。魚屋のおっさんは魚みたいな顔になってくるし、八百屋のおっさんはなんや優しい顔になっていくし。そうか、わしはやっぱり鶏か」

「ふむ、呪いですわ。殺生して生きてるから、いずれバチがあたるかもしれませんね」

「それもまんざらやない。わしの兄弟弟子の梅さんおるやろ? 彼はそりゃもう昔はオタマで人をしばくような負けん気の強い性格やってんけど、年に一度だけ、供養や言うてスタッフ全員連れて神社へお祓いに行きよるねん。生き物をたくさん料理してるから言うてな。えらいやつや、ほんま」

「へぇ、意外な話ですね。そんなこと本気で思ったことないですわ」

「いやいや、わしらはぎょうさんの動物でメシ食っとる。特に中華はなんでも料理してしまう。これらはみんな生き物やいうことをわかっとかなあかん」

「やっぱり生き物には魂があるんですかね?」

「さぁ~よう知らんけど、顔が似てくるのはほんまやな。ほら、飼ってるペットが飼い主に似てくる言うやろ? あれ、飼い主もペットに似ていくんやで。生き物の謎や」

このような無駄話こそ面白いし、後になってみると記憶に残っているものである。

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