第三幕 男になれるか 2.三年経って変わったところ

 三年も経つと『新大蓮』もそれなりに変化がある。まず、田上君の姿がない。なにやら一度辞めてまた戻り、でもその後また辞めて、しばらく消息を絶ったかと思うと、どこかのヤバい組に入ってしまったと言う。最後に挨拶にやってきて、それ以来二度と顔を見せていないらしい。そうか、闇の道を選んだか。相変わらず重たい裏町である。最近は従業員もパートも不在で、昼夜ともに社長が手伝いに来ているらしい。

 ふたつめは椅子とテーブルが入れ替わっていること。テーブルは前の朱色から焦げ茶色になっていて、椅子はパイプではなく木製だ。はっきり言ってダサい。理由は「解体業者の客が居酒屋のお下がりをくれた」とのこと。

「それにしてもこのテーブルは演歌丸出しですね。中華料理屋の気配がまったくない」

「ちゃうちゃうカワムラ君、いまはBGMも進化してて歌謡曲専門のチャンネルができたんや。今はそれをつけてる。前のテーブルは隅っこが剥がれてきてたからちょうどよかったんや。これで綺麗になってせいせいしたで」とチーフは得意気だ。

 なんであれ、居酒屋のテーブルと椅子で、当時のアイドル中森明菜や少年隊などを聞きながら、酢豚や餃子を食べるというのはちょっとズレている気がするのだが。

 みっつめが電話である。前は黒電話だったのだが会社の事務所にあるようなプッシュフォンになっている。なんと子機つきで、本体は厨房側の山椒塩などが並ぶ棚に、子機はレジ横に置いてあった。確かに通路は狭くてアクロバティックな店だから便利だとは思う。でも、なんというか、ハイテク電話がこれほど似合わない所もない。そもそもこんなにたくさんのボタンを使う必要もないし、おそらくチーフはどのボタンのことも理解していない。黒電話が似合ってたんじゃないのかな。

 喜ばしい変革もいくつかあった。ひとつは前にも述べたが、店で一番の欠陥スポットであるトイレをついにリニューアルしたことだ。錆び錆びのブリキ小屋から綺麗なプラスティック製のボックスになっている。そしてピストルタイプの水洗機と、便が落ちる穴に蓋がついた。殆どが水洗になっていた一九八〇年代半においてまだ汲み取りのままだが、これだけでも近代文明の仲間入りを果たせた感じがあった。

 さらに、中古とはいえ出前用のスクーターが買い換えられていたこともグッドニュース。前のパッソルの進化型で、名をパッソーラという。以前はエンジンを始動させるのにキックペダルしかなかったが、今回はセルモーターも付いている。これでエンジンがかかりにくい朝や冬も怖くない。

 そして、もっともめでたいのが赤提灯が新調されていることだ。前のものは排気ガスで真っ黒に煤呆けていて所々裂けかけていた。鮮やかな朱色に大きく太い文字で『新大蓮』と書かれてあり、威風堂々としていて実に気持ちがいい。

 このようにいろいろな変化があった中で、ひとつだけシャレにならない気がかりなことがあった。それは二階に人が住みだしたことである。あのような部屋でよくもまぁ住む人がいるものだ。きっとただならぬ者に違いない。

「そんなことないでぇ。まぁごく普通のおっさんや。松田さんと言うてな、空本くんのお母さんの、ほら、これやわ」とチーフは親指を立てた。空本というのは本稿2話目で話した、『新大連』と出会うきっかけとなった僕の親愛なる同級生である。

「ええっ、うそでしょ!? 空本のおかん、気は確かですか? あいつん家はすぐそこなんですよっ。タイレンの二階に自分の男を住まわせるなんて正気とは思えない!」

空本のおかんとチーフは古くからの知り合いで、その縁があるから空本はここに勤めることができたし僕もチーフと知り合えたわけだが、僕がバイトしていた三年前まで空本のおかんは殆ど顔を見せたことがなかった。たぶん僕と顔を合わせづらかったのだと思う。

「そやねん、最近またちょくちょく店にきてやるよ。で、ある時にこの人を上に住まわせてやって、って頼まれたんや。まぁスジの人やないし、かまへんかなと思ってな」

「そんなっ、ダメでしょう? ほんまに大丈夫ですか? 最近は見た目は普通でも頭の中がぐちゃぐちゃなヤツがぎょうさんいるし。というか、よくもまぁあんなボロボロの危ない部屋に住みよるな~、あ、すんません…」

「ちょっとクセのあるおっさんやけど悪い人やないやろうし、空本くんのお母さんが言うことやから」

 空本のおかんはいわゆる保険レディーだが、見た目はウルトラ怪獣のピグモンと瓜二つ。それなのに、その松田のおっさんとやらも、もしかしたらチーフもそのまんま言いなりになってしまうのはなぜだ? 

 僕は今まで、チーフが誰かの連帯保証人となって逃げられるなど、その優しさが仇となるシーンを何度も目撃してきた。今回もまたなにか起こらなければいいが。な~んか嫌な予感がする。

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