第二幕 店 2.将来を決断するときがやってきた


 夏休みが終わって二学期からはちゃんと一時間目から授業に出席した。それまでの僕は、学校ではなく行きつけの喫茶店を軸に一日を展開してきた。しかし『スナック・マラカス』で約束したとおり、学校へいって留年することなく、何がなんでも卒業せねばならない。

そして、いよいよ就職先も決めなければ。早い者はすでに1学期から準備しているようだったが僕は何にもしていない。就職相談室なるものが用意されていて、そこで教師に相談して決めるという流れである。ある日、遅れに遅れて相談室を訪ねた。すると教師は一応褒めちぎってから自分の思い込みで話を進めようとする。

「お前が来るのを待ってたんや。ようやく働く気になってくれたか。さて、どんな仕事をしたい? どんなことでも応援する用意があるから安心しなさい」

 その教師は普段は化学の専門で、顔を合わせたことはあるが個人的に話したことは殆どない。働く気がないなどと一言も言ってないのに。なんだか事務的な感じがしたが、まずはバカ正直に自分の気持ちをぶつけてみる。

「バイクレーサーになりたいと思ってるんやけど、どうしたらいいですか?」

 するとその先生はとたんに眉間にしわを寄せて「おまえ本気か? そんな夢物語は無理に決まってるやないか」と言い放つ。

「なんで? いま、俺の将来のためならどこまでも応援するって言ったやん」

「そりゃ言うたけどもバイクレーサーと言われてもな…。そんな就職先聞いたことがない。いい加減なことばかり言わんと真面目に考えろ」

「いい加減なことばかり言ってるのはそっちや。どんな用意もある言うたやん。大したことないな、あんたも」

 今思うと、実にうざいガキである。就職担当のその先生は顔を真っ赤にして激昂した。

「お前がおかしなことばかり言うから困ってるんじゃあ! こっちにはこの通り、無数の企業から案内がきてる。その中からなぜ選ばない!?」

「それはそっちの都合や。面倒くさいからその中から選ぶことしか頭にないやろ? そんなことなら俺でもできるで。いかにも自分が揃え集めたみたいに言うな。何がお前のためや」

 この一言で僕は退室。こういうやり取りになることは目に見えていた。しかし留年だけはしたくない。一刻も早く学校を去りたかった。なんとか就職先を決めて卒業しなければチーフの顔を潰すことになるし、なによりお袋に申し訳がたたない。

 どうしたものかと考えあぐねていると数日後、一年のときの担任から呼び出された。内容はもちろん、ちゃんと就職を考えろということだが、就職担当者の顔を見るのも嫌だと言うと、「私もあの先生のことはあまり好きではない。でもあの先生はご病気持ちで体調が悪いのに毎日一生懸命頑張っているんだよ」とまさかの反応。この先生の一言で、僕は我慢して再度相談室へ行くことにした。

 こうして最終的に薦められたのがなんとあの大企業、日産自動車であった。こちらで営業と整備の各部門の募集があり、その教師は整備のほうを勧め、簡単に入社試験の申込をしてしまったのである。

 後日、高校の同級生である武田と就職について話す。武田というのは、僕と出た中学は違うのだが、当時はお互いがそれぞれの学校で水泳部に所属しており、なぜか毎回のように地区の水泳大会で同じレースにエントリーしているという、不思議な縁でつながれた男だった。

 彼は僕を介して、中学時代の同級生である空本や浅賀とも仲良くなっていた。先述の五人組の一人である。彼には素敵なお父さんがいるのだが、高校二年くらいのときにお母さんが亡くなってしまい、その後お父さんに新たな彼女ができたのはよかったが、思春期を迎えていた妹がどうしても懐けない。そんなだから妹を引っ張り出してはバイクに乗せてうろうろする、という日々を送っていた。近所の人からは不良兄弟と思われていたが、武田は妹思いの心やさしいやつだったのだ。

 彼はこの先どうするつもりか? 尋ねてみるとなんと日産自動車を受けるというではないか。

「おおっ、そうか! 俺は営業や。それにしてもお前とはほんまに腐れ縁やのぅ。一緒に働こうぜ。これからも俺らはずっと一緒や!」

 不安でいっぱいだったが、武田の一言でなんだかやる気が出てきた。

 このことをお袋に話したらとても喜んでくれた。そしてチーフにも話す。

「ほほぅ、カワムラ君と武田君はほんまに縁があるな。ええ道やと思うで」

「でもひとつ気がかりなのがレースが出来るかどうか。就職担当の教師は整備士を選べばレースくらいできるんじゃないか、みたいな惚けたことを言ってごまかすんよ」

「それはいい加減な話やな。しかしカワムラ君、バイクレースなんぞどこへいってもやってないぞ、たぶん。そりゃ静岡か三重か知らんけど、そのあたりのバイクのメーカーにでも就職したらあるかもしれんけど。まぁ若いんやし、趣味でええのとちゃうか」

「そんなチーフまで。僕がバイクレーサーになりたくて頑張ってるの知ってるでしょ? 現にこの世にバイクレーサーが存在してるんやから絶対に何か道があると思うんですよ」

「ええかカワムラ君、この際言うとくけど君には料理の世界があっとると思うんや。いや、それが料理人か経営者かはわからん。しかし、あの包丁使いや手先の器用さは間違いなく料理のセンスをもっとる。普通の人はあの包丁は扱えんぞ。餃子も簡単やと思ってるやろ? でも3年修業してもできへんやつはできん。それをカワムラ君は見よう見真似で高校一年の時にできてしもた」

「料理? 嘘でしょ?」

「嘘やないって。味覚も鋭いし神経が繊細や。リズム感もある。でもまぁ、この辺でやめとこう。わしが余計なことを言うと混乱してしまうやろ。せっかく高校へ行ったんやからそれを無駄にしたらアカン。整備士もきっと向いてるはず。武田君とがんばり!」

 しばらくしてから就職試験の時期になった。内容は面接と筆記試験だ。会社は家から片道一時間もかかる大阪市の福島区にあった。武田と二人で出かけ、帰りも同じ。電車の中で二人して試験にうまく対応できなかったことを嘆いた。

 後日、日産自動車から試験結果の連絡が来る。結果は武田だけが受かった。僕は武田の家庭環境をよく知っていたので、これでようやく独立して平和に暮らすことが出来ると思うとすごく嬉しかった。が、自分のことを思うと情けなく、悔しくもあった。

 結果が出てから再び学校の相談室へ行き次の就職先を案内してもらう。

「おおっ、カワムラにぴったりのがあったぞ! これいいんじゃないか。今度はマツダや。立派な会社やぞ~・・・・・・」

「で、バイクレースはできそう?」

「もうお前もしつこいな~。ちょっと聞いてみるから明日まで待ちなさい」

 翌日、あらためて状況を伺うと、なにやら以前はレースチームがあったらしいがそれは四輪だけらしく、今は活動していないとのことだった。また、その会社はマツダをメインとしている民間の自動車修理工場であってメーカーではないことも判明。とりあえず隣町の高槻市という近さを理由に試験を受けることにした。と言ってもこちらは面接だけで簡単に内定を得ることができた。

 前者とは比較にならない規模だが一応就職先が決まったことで、武田とは酒を交わし、お袋も一安心してくれた。チーフにもその旨を報告し一応は喜んでくれた。

だが正直、僕は将来に何の希望も感じられず、ただただ不安で一杯だった。

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