第二幕 店 1.唯一無二の店のカタチ(半分は汚い話でごめんやす!)

 『新大蓮』を語るにあたってこれだけは伝えておかねばならないことがある。まず店の立ち方だ。イナイチとの間に幅一.五mほどの歩道があるのだが、店はこの歩道よりも二、三センチ埋もれるような格好で立っている。おまけに電柱が入口に立ちはだかるよにあるので、今時の目だってなんぼの俺様系とはまったく逆で、影でしょんぼりと立っている感じである。

 入口はアルミサッシの引く戸タイプで、年々すべりが悪くなって客が開けるのをてこずることが増えている。周囲の人々は建物が傾いているのだと言うがチーフに言わせると「地面が歪んでる」らしい。店を開業したのは一九七〇年代の後半。その頃に歩道の工事があったらしく、以来ちょびっとだけ低く埋もれたのだと。この時代にゲリラ豪雨なんてものがあったなら確実に浸水するパターンである。店が入る建物は大阪万博(1970年)よりも古い、とのことだがチーフも詳細をわかっていない。俯瞰して見ると、左側の喫茶店が先細っていて、右側の『新大蓮』が一回り広い台形をしている。

 イナイチ側から向かって見ると、店の右側は舗装をしていない砂利地で、軽自動車の頭だけなら二台おけなくもない駐車場。その右端に塗料が剥げ落ち、錆が回った鉄柱が一本立っていて、この上に「北京料理」と書かれた看板が掛かかる。

 店内へ入ると、右手がカウンターで赤いビニールを貼った場末のスナック的な椅子が六、七席。殆どは擦り切れていて、腰を掛けて、腰をひねるとキーキーとうるさい。左はテーブルが六〇~七〇センチほどの間隔で二つ置かれ、ひとつのテーブルにパイプ椅子を六つずつ配置しているが、当然テーブル間が狭すぎて実際には十二人座ることなんて出来ない。これをチーフは宴会の相談を受ける際に、平気で「詰めたら二〇人は入れまっせ」と言ってのけるからやっぱり適当マックスだ。

 左手の壁は微妙に波打つ合板で、美しい筆文字で書かれたメニューの紙札がずらりと並ぶ。これはちゃんと文字屋の職人に頼んで書いてもらったものらしい。文字を書くプロフェッショナルがいることをこのとき初めて知った。

 カウンターの向こう側は厨房だが、奥行きは二メートルほどしかなく、その隙間に三つの釜(ガスの火口)やスープ、餃子の鉄板、台下冷蔵庫がみっちりと横に並び、壁際に食器や素材を載せる棚がくっついている。その下にラードやごま油、醤油などの入った一斗缶が並び、同じく壁側の勝手口横に奥行き四五センチ幅九〇センチの二層シンクがおかれている。宴会用の大皿や三升の炊飯釜などを洗うときはホースを引っ張って床か勝手口の外て洗う。ちなみに床はセメントだが傾斜がついていてグリース・トラップがあるので上にスノコが敷いてある。

 客席の突き当たり左側にコカコーラのロゴが入った赤い巨大な冷蔵庫がどかんと置かれ、向かいには卵が入ったダンボール、冷水機、壊れたままのレジ、黒電話、サランラップがぎっしりと置かれ、壁には出前などのメモがテープで貼られている。

 と、これくらいならその辺の都市の片隅に今でも残ってそう。これより先が比類なき『新大蓮』ならではの、あなたの知らない世界である。

 まず、トイレがショッキング。何というか、客を選ぶと言うべきか。万が一、綺麗なスーツ姿のおねーさんなんかが来てしまうともう大変。そういう女性ってなぜか一度は「トイレはどこですか?」と聞いてくるもので、そのたびにチーフも僕も「あの、それはつまり…」なんて口ごもってしまうのだ。一〇人中九人は、行きはよいが帰りは顔面蒼白の無言となるもんだから。酷い時は入るのをやめて引き返してくる人もいる。

 そのトイレは建物から少し離れた位置にあった。ガタガタのブリキ製の小屋で、鍵の調子が万年悪い。何度も付け替えているのだが、ブリキ自体がガタガタに歪んでいるものだから使用する際に鍵がうまくかからず、お客が無理して掛けているうちに壊れてしまうのである。ドアを開けたら誰かのお尻とご対面なんてことはしょっちゅうだ。

 ボットン式であるからして当然和式。トイレだけは一番に綺麗に掃除しておかなければならないからこそ、毎度ホースで散水しながらブラシでしっかりと磨いているのだが、そのせいでどうしても水溜りが出来てしまい、見る人によってはそれが汚水に感じてしまうという最悪のスパイラル。電球は四〇ワットではすぐに切れてしまうので二〇ワットとかなり暗い。換気扇はなく、小さな窓がひとつついているだけだ。

 トイレまでの道のりもなかなか険しい。客席からコーラの冷蔵庫の前へ行き、その突き当りの右に真っ暗な細い通路が三メートルほどある。ここに僕やチーフの私有物や餃子の木製のバット、米、テイクアウト用の各種の折り箱、おまけに店用の古いエロ漫画などが零れんばかりに積まれている。わずか四〇~五〇センチのその隙間を抜け、暖簾をくぐると今度は割れた鏡と直径二〇センチくらいの丸い手洗いがでてくる。その正面にある開きっぱなしのブリキ製の扉の向こうがトイレとなっているわけだ。

 このような状況だからさすがにチーフもトイレにだけは神経質になっていて、聞かれるたびに緊張が走る。綺麗なお姉さんは絶対に入ってはならないし、知っている人はできるだけ行かないようにしていた。

 そして、このトイレを越えるさらなる魔境が存在した。それが二階だ。ここには常連客でも入った者は数えるほどしかいないし、リピートもありえない。かつては店の中から行けたらしいのだが、なぜかコーラの冷蔵庫で塞いでしまっている不思議。だから一度外へ出て、裏の月極駐車場から入っていくことになる。ブロック塀の隙間に朽ち果てかけのボロボロの木の扉があり、これをこじ開けると五〇センチ先にもう入口ドアがでてくる。

 これが鍵を解除しても、建物が歪んでいるせいかなかなか開かない。ゴリゴリと何度もノブを回したりひっぱたりして酷い時は数分間も格闘する。が、ようやく開けることができても、今度は梯子のような急階段が目の前に立ちはだかる。わずかに靴をおくスペースがあるのだが、縦には置けない。横に1足ずつ置いたらもう一杯というありえない狭さなのだ。だから靴は二階で脱ぐことになっていた。

 間取りは四畳半と三畳の二間あり、襖は外したままである。壁に張り付くようにして流しとガスコンロがあり、一応一畳分ほどの押し入れと狭苦しい和式のトイレがひとつある。で、こちらのトイレも外のプレハブに負けず劣らず鼻が捻じ曲がるほどに臭い。

 実はチーフと社長は最初この部屋で暮らしていたというからあまり酷いことは言えないがそれでもやっぱり。子供が出来たと同時に近くの綺麗なマンションに越し、店の借金も予定よりはるかに早いスピードで完済したというのだから、僕らには想像もつかないような苦労を乗り越えているのだろうと思われる。

 窓がイナイチ側にひとつあるが、これまた容易には開かない。その上、たまに仲間たちと麻雀に使わせてもらうのだが、トラックが通るたびにガタガタと揺れて気持ちが悪い。

このように、時代錯誤も甚だしい、まるでインドの田舎の家のような造りであったが、それでもチーフはお客から問合せをもらうと「二階に宴会場があるので使ってもらってええよ」とあたかも快適な個室があるように自慢げに言い放つのであった。

 カタチとして唯一、時代を超越して格好良かったのは暖簾と提灯。暖簾は白地に赤い文字で『北京料理 新大蓮』。提灯は赤地に黒色で『シンタイレン』とカタカナで書かれていた。風に揺られながらも常に輝いて見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます