外伝トレスト7 目覚め気付く心

 岩と土が目立つ荒涼とした山岳地、膝丈より低い枯れた色合いの草が密集しながら生え、その間を乾いた土を踏み締めた道が続く。そんな景色の中で深呼吸をすれば乾いた空気に喉の奥がひりついてしまう。

「なかなか目当てのモンスターが見つからないわね」

 カカリアは日射し除けの青いターバンを軽く直しつつ辺りを見回した。藍に染められた美しい扇をゆっくりと動かすと、風下のトレストがほんわかした顔で乙女の香りに目を細めている。

 そしてケイレブが着ているのは、いつもの外套フードだ。

「ああ、なんて暑さだ。これだけ日射しが強いと、動かないでも汗がでてしまう。体力を消費して動けなくなりそうだよ」

「あなたの外套は生地が厚すぎなのよ。そんなのを使ってるから暑いのよ」

「うるさいな、僕はこれが気に入っているのさ」

「大事にすることは良い事ね」

「そうさ、やはり気に入った品を丁寧大切に使うことは素晴らしいのさ」

 得意げなケイレブに、しかしトレストは軽く鼻をならした。多少、構って貰えず拗ねた犬のような気配がある。

「ふん、それはただ単に無駄遣いをして装備が買えないだけだろう。昨日も青空市で買い物していたと聞いたぞ」

「なんで知ってる? どこから話が出回ってるんだ」

「忘れたか。俺は警備隊の一族だぞ」

「そうだった。やれやれ、これでは迂闊に買い物も出来やしない」

「お前が買った露天商は近々手を入れる予定でな、警備隊でも監視しているという話だ。だから間違いなく変なものを買ってしまったな、ご愁傷様」

「君は失礼な奴だね。これを見ても、そんな事をいえるのかな」

 トレストの憐れみに、ケイレブは外套の中から一振りの剣を取り出す。目の前にかざして見せたそれは一振りの剣だ。湾曲した鞘の装飾は異国風で、宝石が散りばめられ各所に黄金の飾りが付けられている。抜き放った三日月状の剣身は日射しを受けギラギラと輝いた。

「どうだ、これは掘り出し物だぞ。凄い値打ちの品を特別価格で手に入れたのさ」

「おおっ! これは凄いな、もしかすると伝説の剣か」

「きっとそうに違いない。これでも変なものと言えるのかい?」

「うむ、すまなかった」

 トレストは感嘆の声をあげるが、しかしカカリアは呆れたように息を吐いた。

「あのね、それはどう見てもね……ちょっと貸してみなさい」

「構わないよ。高価な品だが気にせず、遠慮なく見てくれたまえ」

「高価な品ね……」

 カカリアは微かに苦笑すると、その高価そうな剣を受け取り仔細に眺めた。興味津々のトレストも顔を近づけ覗き込んでおり、ケイレブは得意そうな様子だ。

 しかし、そんな得意顔も直ぐに消えてしまう。


「やっぱりね、まず鞘の宝石はイミテーション。ガラスとしてなら、まあまあの細工かもしれないわ。でも黄金はダメね、これは金色絵と言って薄い金を表面に焼き付けたものよ。手荒に使うと徐々に剥げてしまうわよ」

「いやいや、そんなはずはない。それは黄金製だと店の主が――」

「見ただけでわかるほど金色に深みがないわね。でも中身の剣と比べれば、これだってまだマシ。だって使われているのは粗悪な金属、ほら見てなさい」

 言ってカカリアは、傍らの岩に軽く斬りつけた。

 甲高く響いた音と同時に、ケイレブの悲鳴のような声が響く。

「んなーっ! なんてことをぉ!」

「ほら、この程度で刃が潰れたでしょう。これは安くて加工しやすい金属が使われているのよ。これは剣でなくって、ただの棒ね。いいえ棒以下かしら」

「え? そんな馬鹿な……伝説の神剣か魔剣かもしれないと店主は言ったのだよ」

「あのね、子供でもそんな言葉は信じないわよ。これ幾らで買ったのよ」

「黙秘するが、今日の夕食をどうするか困ってはいるね」

「呆れた、かなりの金額なのね。でも戦闘に使う前に気付いて良かったわね、こんなので戦ってたら死んでたわよ」

 鞘に入れ直された剣を放り投げるように渡され、ケイレブは必死になって受け止めた。いくら騙された品とは言えど、本人にとっては大枚をはたいた品なのだ。

 トレストは自分の事でないため楽しげにさえ笑っている。

「カカリアは凄いな、そんな鑑識眼があるのか」

「こういった品は見慣れているもの、それなりにはね。もちろん本物の方よ」

「そうか凄いな」

「別に大したことないから」

 トレストに感心されたカカリアは、はにかみ照れた様子をみせる。しかも妙に意識している様子で、トレストの手が触れただけで過剰に反応しているぐらいだ。その様はまさに初心い恋する乙女で、もしケイレブが騙されたショックを受けていなければ、茶々の一つも入れたところだろう。

「するとカカリアの生まれは推察するに……」

「えっ」

「武器屋の生まれだな。うむ、詮索する気はないので安心してくれ。俺は将来警備隊の隊長になるのでな。こうした洞察力を養わねばならんのだ」

「もっと精進なさい」

「うむ!」

 楽しげにトレストは歩きだすと、何故か物思わしそうなカカリアが隣に並ぶ。

 後ろに意気消沈したケイレブがとぼとぼ続くのだが、騙されたショックで血の気が引いて汗も引っ込んでいた。


◆◆◆


「こいつめっ! スキル骨肉斬!」

 ケイレブが普段から使用する剣は名剣ではないが、頑丈で重厚さがある。あらゆる鬱憤と憤りを込めた攻撃は、スケレトスの盾に激突。それを支える骨の腕を折る。さらにバランスを崩した骨の身体は斜面を転がり落ちていった。

「あいつ随分と荒れているな」

「それはそうでしょ。だってケイレブ君は、ここで稼がないと明日の夕食も危ないって話だもの。必死にもなるわよ」

「うむ、哀れだな。騙されたあげく食事にも困るとは」

「自業自得じゃないかしら」

「そうかもしれん。仕方が無い、友として夕食ぐらいは食べさせてやるか」

「本人のためにも甘やかしてはダメよ。ああいうタイプは一度思い知っておかないと、いつまでも騙され続けるのよ」

「なるほど。将来も延々と騙される可能性はあるな」

 後方で見守るだけの二人に、ケイレブは振り返らないまま叫んだ。一人で突っ込みすぎ、複数のスケレトスに囲まれ、そろそろ危ない状況になっている。

「君ら! 喋ってないで手伝ってくれないか! いっぱいいっぱいなんだぞ」

「お前がいつもと違う動きをするせいで、援護に入れないのだがな」

「いいから早くしてくれ!」

「よし、分かった」

 大剣を左の脇に構え、トレストが突進。ケイレブを囲む一体へと猛然と斬りかかった。錆の浮いた剣と激突し、耳に痛い金属音と火花が散る。刃を合わせ押し合えば、骨の顔の剥き出しとなった歯が苦しげにカタカタと鳴った。

 トレストは巧みに力を抜き横にいなし、よろけたスケレトスの足を蹴り払って転倒させる。そこにカカリアの三節棍が叩き込まれ、とどめをさした。

「おう、よいところ持って行かれてしまった」

「息の合ったコンビネーションと言って欲しいわね」

「なるほど、その通りだな」

「さあ片付けるわよ」

「仰せのままに」

 そんな戦いの中にあってトレストは、背後にカカリアがいる安心を感じていた。仲間で親友のケイレブに対するそれとは、また違った感覚だ。心と体の中から力が湧いてくる不思議な気分であった。

 その奮い立つ心のままに敵を蹴散らした。


◆◆◆


「うぅむ、とても不思議だ」

 アルストルの広場にて、遠ざかっていくカカリアを見ながらトレストは唸った。

「どうしてだろうか、カカリアを見ていると心がざわつく」

「僕は剣を見ていると心がざつくよ。あの店主め、絶対に見つけ出して代金を取り戻してやる。必ずだ」

「ざわつくと言うか、心がうきうきすると言うか。これは実に不思議な気分だ」

「そうかい。この沈みきった僕の気分も察して欲しいのだがね」

「いい加減に切り替えたらどうだ。そして俺の相談にのってくれ」

「バカらしい。君は答えの出ているような事に、何を助言しろと言うんだい?」

 ケイレブはふて腐れたように言った。

 しかしトレストは気にした様子もなく、遠くで振り返って手を振るカカリアに気付き、大急ぎで大きく手を振り返している。

 広場の向こうから少年と言ってよい二人が駆けて来た。

 ビーグスとウェージという警備隊の下働きをしている少年たちだ。それなりに装備を身に付けているが、まだまだ装備に着られているような初々しい雰囲気がある。

「兄ちゃんたち、お疲れでやんす」

「あーりゃりゃ。カカリアの姉ちゃんは帰った後か……」

 二人はこの辺りの担当として彷徨いている――警備隊長であるトレストの父の思惑もある――ため、トレストたちがフィールドから戻ると様子を見にやってくるのだ。

「おお、お前たち。どうだ警備隊の仕事は慣れてきたか?」

「ばっちし。兄ちゃんが隊長に就任したら、しっかりサポートしてやりやすぜ」

「それは頼もしいが、その言葉使いはどうした?」

「俺も警備隊の一員でやんすから、大人っぽく立派な話し方をしようと思ったとこなんです。それで皆に教わって、少しずつ直してるとこなんでい」

「なるほど心がけは立派だが……」

 トレストは父親の元で働く警備隊の面々のことを思い浮かべた。気のいい連中だが、ときどき面白がって悪ふざけのような事をする。その皆からすれば、このビーグスとウェージは良い玩具。変な言葉使いを教え込んでいるのは間違いない。

 注意しておくべきか迷う所だが、その機会はケイレブのひと言で失われた。

「ちょうどいい、君の悩みはこの二人に相談するといい」

「むっ、俺の相談を年下二人にしろと言うのか?」

「安心しろ。朴念仁の君より遙かにマシだ。的確なアドバイスをくれるだろう。ああ二人とも聞いてくれ、このバカときたら自分の感情も分からないらしくてね――」

 ケイレブが肩を竦めつつ語り出せば、トレストがちんまり待機しながら控えている。まるでそれは、躾の良い大型犬が次の言葉を待っている風情だ。

「恋だね」

「間違いないでやんす」

 ビーグスとウェージは断言した。

 その途端にトレストは大きく目を見開き、初めて気付いたといった様子で静かに一度頷いた。その後は世界は素晴らしいとばかりに両手を大きく挙げだす。

「なるほど、これが恋か! そうか俺は恋をしているのかっ!」

 辺りを行き交う冒険者たちが、ちらりと胡乱な目を向ける。だが直ぐ気にせず通り過ぎていくのは、所詮は他人事という理由もあるが、やはり奇行をする人とみて関わりを避けるからだろう。

「なあ、二人とも僕の苦労が分かったかい? まったくこの有り様なんだ」

 ケイレブは肩を竦めぼやいた。そしてビーグスとウェージを誘い、今日の夕食のためトレストの自宅へと向かうのであった。

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