六、アツ子の進

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ホットコーヒーを会社に持ち込むために、タンブラーを買った。保温効果を期待できる優れものタンブラーで、会社がお休みの時にはタンブラーを自室に持ち込み愛用する。いつも一緒にいる相棒として入社してからずっと愛着が湧くアイテムとなっていた。


今日も、午前中の家事が一通り終わってから自室に持っていくためにコーヒーを淹れる。


スマートフォンを確認すると、ユウちゃんとヨッシーさんから着信が入っていた。ユウちゃんに電話をしようと思ったが、まずは仕事の関係から片付けようとヨッシーさんに電話をかける。



「もしもし。すみませんお電話をいただいていたみたいで」

「もしもし~お疲れ様!今日は体調どお?」

「おかげさまで、あの後ぐっすり寝ることができました。あの時みたいに夜鳴りやまないってことはなくなりましたけど、ちょこちょことフォロワーが増えているんですよね」

「そうね、たぶんそうなるかなって思ってたわ」

「?」



ヨッシーさんは、先日のバズった出来事に対して恰も口ぶりで話し続けた。



「敦子が今回書いた記事があるでしょ?」

「あ、コラム記事のことですか?」

「そう。そのコラム記事が予想以上の大盛況でね、たった一記事なのに「あの○○の事情というコラムはいつ書籍化するんですか?」って問い合わせが殺到してたのよ」

「へえ~、…へ?」

「っんもう!イケずな反応する子ねえ。これ凄いことなのよ。それで、今回コラム記事にライター名を表記していたのよ。もちろん、今までの記事も表記していたけど、たぶんバズっていた原因というのはその名前の横にSNSの情報を提示したことかしら」

「アッ!そういえば…」



コラムの企画案が通り、いざコラム記事を提出したときにヨッシーさんから「せっかくだから」と、宣伝以外あまり使っていないSNSのIDアカウントを表示することになっていたんだ…。



「だから…」

「たぶん、というかそういうことね。それほどあなたの記事に共感した人が多いってことよ」

「なるほど…」

「ただし、気を付けてね」

「?」

「共感する人が多い分、こういった注目を集めているときって必ず“アンチ”的な動きは出てくるもの。そういったエゴサーチは絶対せず、何か言われても“はいはい”で通しておきなさい」

「は…はい」



ヨッシーさんに心配をされつつ電話を切った。



私は思った。



「エゴサーチって…何?」



まずはそこから調べることを始めた。


そしてまた一人、私のフォロワーが増えた着信音が轟いた。


とりあえず、自分が思っている以上に大変になっていることはよくわかった。ただの三十過ぎの女のアカウントにどうしてこんなことが起きてしまったのかとにわかに信じがたかったが



「誰かに共感してもらえたんだ…」



コラム記事を書き始めた当初は「女性の働き方」についてコラムにしようと息巻いて書いていた。だが、一度読み手の気持ちになりたいと、出来上がったコラム記事を読みなおしたとき、何一つ共感を得るような文章を書くことができていなかった。


パソコンのキーボードを打ち込んで、また文字を消していくことを繰り返した。何度も何度も書き直しても共感を抱かないものばかりだった。



「何かが…足りない気がする」



原因がわかっていても、解決策が見いだせないことに歯がゆさを感じていた。何かが足りないと感じても、それを補うヒントが見当たらない。腕を組み、椅子の背もたれに限界までもたれかかり、天井を見て考えて悩んでいたことを思い出した。


すると、このコラム記事を書こうと思い立ったスーパーの出来事を思い出したのである。その時感じたのは「一個人の女性に対する意見」ではなく



「女性が働くことで何を求めているか」



そこを重要視した記事を書かなければ、読み手からの共有力を引き出すことができない。コラムは一つの議題に一個人としての評価・考察を述べるもの。そこに、「すべての働く女性が思うこと」を加えることで、何かが見えてくると考えた。


そして、ようやく納得のいく記事が完成…したものの



「なんか、エッセイみたいになった」



と、まるで自叙伝に近いものが完成してしまう。でも、この記事を世に…というか雑誌に掲載したいと願い、神頼みでヨッシーさんに送った。


それが「○○の事情」の第一記事。


少しでも働く女性にひびいてくれたんだと、手のひらを見て今の幸せをひしひしとかみしめた。






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