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「それじゃあ帰るわね」
「おじゃましました」
「ありがとう!また遊びにいらっしゃいな」
「ありがとうございました」
「私も久しぶりにアッちゃんと会えてよかったわ~。もし仕事見つからなかったらうちに来てもいいからね~」
「ありがとうございます!」
玄関を開け、「じゃあね~」と帰る悦子おばさんと優紀君を見送った。
「人生いろいろねえ」
「そうだね」
「楽しかった?」
「うん」
久しぶりの再会に緊張していたのもすっかりなくなり、暴露大会の後は他愛のない話で盛り上がって終わった。たまにはこうして人と交流するのも悪くないと、心の底から思えた。
「あっ!」
「?」
「約束って聞いた?」
「……あっ!」
あれほど悩んでいた肝心の問題を解くことができなかったことをすっかり忘れ、今更ながら思い出してしまった。あー、忘れた。というか、忘れていても聞き出せるタイミングはどこにあっただろうか。
「と、思って」
母がポケットから紙切れを取り出した。
「さっきアツがトイレに行っている間にね、ユウちゃんが連絡先を渡してほしいって頼んできたのよ」
道理でトイレから戻ってきたら、貴婦人が手を口に当てて「ふふふふふ」と笑っていたわけである。理由を聞いても教えてもらえなかったため、私の椅子に悪戯でもされているのかと目視で椅子の周りなどを見渡し警戒したほどだ。
「あ…ありがとう」
「緊張してる~う」
肩をツンツンと指で刺してくる母。こういう時の母は少し面倒である。
とりあえず、今日のお礼とかを送ろうかな。
「とりあえず連絡してくるね」
「わかった~」
母は笑顔が絶えない、というか顔のにやけが止まらない。
そんな母を後目に階段を登り、自室に向かった。メモを見ると、電話番号とメッセージアプリのIDが記載されていた。とりあえず登録をして、そこから連絡をしよう。
部屋のドアノブに手をかける。
「……」
「……」
「ついてこなくていい」
「ちっちっちー!つまんなあい」
自室まで一緒に入ってきそうな勢いの母に階段を一階に降りさせて、姿が見えなくなるのを確認した後にドアを閉め、ベッドに座りながらメモ書き通りのIDを登録した。ヒットしたユーザーが一人いて、アイコンが背中姿であったものの優紀君だということを確認し、登録をかけた。
そしてメッセージを考える。久しぶりの人とのやりとりに文面の内容を何度も消しては打ってを繰り返し、ようやく送ることができた。
「やっほー!今日はありがとう。
母から連絡先聞きました。敦子です。
これからもよろしくー!」
という、懸命に考えた当たり障りのない文章を送る。
するとすぐに着信音が鳴った。
「こっちこそありがとう。紅茶、うまかった。
あと、母さんうるさくてごめん。
んで、元気もらえた。サンキュー」
メールをすぐもらえたことがうれしかった。ドキッとした。
久しぶりに人とやり取りをして、こんな温かいメッセージをもらえたことに喜びをかみしめる。ふいに視界が濁り、涙を流す。
急いで返信しようと文面を考えていると、もう一通メッセージが届く。
「よかったら、今度飯いかない?」
無意識に、右手を握りしめガッツポーズをした……あれ?
と、自分の行動に疑問を持ちながらも、握りこぶしをじっと見つめた。
母は、タイミングの良い人間だ。
「あらまあ」
「……いつから」
「アツがベッドに座ったぐらい」
ドアの隙間から、一連の様子をすべて見ていたのだった。
「実家暮らし楽しい?」
「うん。優紀君は?」
「まあ落ち着くかな。店の手伝いは大変だけどね。朝は早いし、マジで律おばさんはすごいよ。仕事早いもん」
「そうなんだ、意外」
「そうなの?」
メッセージのやり取りを(「どうしても見たい!」と言ったので仕方がなく母も横に座っている状態で)しながら、金曜日の夜に待ち合わせて晩御飯を食べに行く約束になった。
金曜日になるまで待ち遠しかったのは嘘ではなく、毎日寝て起きては
「金曜日にならないかなって顔してるわよ」
と、母に言われるほど、表情が穏やかで嬉しそうだったという。
場所は近所の焼肉屋さん。お店を決めるときに優紀君が「肉!」とリクエストをしてくれたため、幼少期によく通っていた近所の焼肉屋さんに行くこととなった。
「いや~久しぶりだなここ」
「優紀君も来たことあったの?」
「あるよ。俺もよく連れてきてもらってたからさ」
「そうなんだ!ここのタンが私すきなの」
「あっ!俺も!」
昔と少し違うのは、改装して店内がきれいになっていたこと。しかし、久しぶりに来店しても、客足途絶えることなくにぎわう店内に、大人になってもおいしいと味わえる肉のランナップは全く変わっていない雰囲気を醸し出していた。
優紀君と会えることもうれしいと思える反面、「仕事が終わってからになる」というメッセージのやり取りが、心のどこかで引っ掛かっていた。私は無職。でも優紀君は仕事をしている。
もちろん、会えることや食事を楽しむことは純粋にうれしかった。食事がとてもおいしい。でも無職である“後ろめたさ”があった。
「あのさ」
「何?」
「唐突に聞いて悪いんだけど」
近所のため、お互い徒歩で待ち合わせをしていたこともあり、今日はビールを注文している。優紀君はビールを三分の一ほど流し込んだ。
「どうして仕事辞めたの?」
「あっ…それは…」
「あっ!答えにくかったらいい!ただ何となく理由がただ事ではなさそうな感じがしたから…。」
両手でこちらに手のひらを見せ、止める仕草をする。
「ただ、この前紅谷の言葉ですっげえ救われてさ。本当は離婚するの結構大変で、半年経ってもなかなか前向けなかったんだよね。だから、紅谷がちょっとでも元気になればと思ってつい」
「…倒れちゃったの」
「え…マジで?」
私も注文したビールを一気に半分ほど飲み干した。突然の暴露に唖然としていたのか、それともビールを豪快に飲み干して「生一つ!」と注文した私を見て唖然としていたのかはわからないが、新しいビールが届いたあたりで仕事に就いてからの話、問題になったこと、そして職場の人間と連絡を取らないようにしたことをすべて話した。
話している間も私はビールを飲み続けた。優紀君は、静かに話に耳を傾けながら、トングでタンを焼きづづけ、取り皿においてくれていた。
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