第38話・電離
ガス状天体の、大質量による凝縮がはじまった。
表層に飛び込んだヨウシくんとデンシちゃんの水素原子は、周辺の密度が急速に高まっていくのを感じている。
ニュートリノたちが大量に発生し、天体の奥深くからエネルギーをかかえては、宇宙に向けて飛び去っていく。
早くも中心付近では、水素原子核による核融合が行われているらしい。
思っていたよりも、展開が急だ。
前回は、もっとゆったりと、悠久・・・と思えるほどに、のんびりと事が進んだはずだ。
この天体は、図体がでかいわりに、せっかちなようだ。
ヨウシくんは、これまでの経験からさまざまなことを学び、少しかしこくなっている。
そこで彼は、次のように推測した。
仲間たちの数と、仲間たちの仕事っぷりには、なにかかんれんがあるはずだ・・・と。
それは以前に、自分が天体内のおしくらまんじゅうで揉まれるうちに、身をもって理解したことだ。
つまり、小さな仲間たちがたくさん集まれば集まるほど、みんなの暴れ方は激しくなり、ぶつかり合い、くっつき合い、全体が縮んでいく勢いもすごくなるんだ。
簡単に言えば、天体は、大きなものほど、逆に小さくなろうとするんだ。
この超巨大なかたまりの「縮み力」は、考えていたよりもかなり強烈だ。
なつかしくも熱苦しいあの居心地を、辺境部のこのあたりにまで急激につくりだしている。
そのせいで、仲間たちは追い立てられ、あわただしく作業に駆り出されていく。
ほら、こうしている間にも、天体はますます縮み、密度を増し、発熱し、みなぎっていく。
それらを考え合わせると、図体の大きな天体ほど、せっせと生き急ぐ、ってけつろんになるぞ。
・・・とまあ、なかなかさえているヨウシくんなんだった。
同時に、ヨウシくんは身構えた。
デンシちゃんもまた、覚悟した。
凝集する力が強すぎる。
仲間たちがどんどん、天体の中心に向かって飲み込まれていく。
それらを深部に丸め込み、ギュッと押し詰めてしまう、天体の手際のよさ。
その猛烈な勢いときたら、前回の比じゃない。
ヨウシくんとデンシちゃんがいるこの辺境部も、たちまち切迫度を増しはじめた。
そしてついに、プラズマ状態が発生する。
高温高圧という過酷な環境により、原子が原子の形でいられなくなる一線がある。
そこを越えた原子たちは、原子核と電子とがバラバラにほどかれてしまう。
クーロン力の拘束から解放された電子は、自由を得たとばかりに、やみくもに飛びまわる。
一方で、はだかになった原子核は、じきにケンカ祭をおっぱじめる。
ヨウシくんの中に、あのどんちゃん騒ぎの記憶がよみがえってきた。
こうなっては、黙っちゃいられない。
心がわき立つ。
祭好きの血が騒ぐ。
ヨウシくんは、決意した。
デンシちゃん、ここで待ってて・・・
プラズマ状態の中で、ヨウシくんは、握りしめていたデンシちゃんの手を離した。
デンシちゃんが分離する。
愛しいあの子を、いっとき置き去りにし、ヨウシくんは天体の芯に向かって突っ込んでいく。
デンシちゃんとて、覚悟を決めている。
ヨウシくん、気をつけてね!
わたし、待ってる。
そのかわり、大きな実を・・・立派な原子核を、きっと実らせてきてね・・・
ヨウシくんは振り返り、強くうなずく。
うん、まかせといて、デンシちゃん。
仕事を終えたら、必ずむかえにくるから・・・
きっとよ、ヨウシくん・・・!
ああ、約束だよ、デンシちゃん・・・!
ふたりは誓い合った。
なのに、デンシちゃんはなぜだか、小さな胸騒ぎを覚えている。
デンシちゃんが見守る中、ヨウシくんはケンカ祭に飛び込んでいった。
デンシちゃんは、後ろ姿を見つめる。
が、ヨウシくんのまなざしは、すでにまっすぐに未来を向いている。
その背中は、誇り高い使命感に満ちている。
新しい世界をつくるんだ・・・という。
デンシちゃんは、信じた。
ヨウシくん、きっとむかえにきてね・・・
そして、見送った。
きっと、きっとよ、ヨウシくん・・・
が、しかし、デンシちゃんの不安は、現実のものとなる。
約束は果たされなかった。
ヨウシくんが、デンシちゃんの元に戻ってくることはなかったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます