第36話・新宇宙

宇宙空間に出たヨウシくんとデンシちゃんは、目をまるまると見開いた。

まるで、「旅のしおり」なしに観光地をそぞろ歩きするおのぼりさんのように。

だけど、ふたりがあぜんとするのも無理はない。

この広い宇宙でただひとつ、と思い込んでいた輝く天体が、あちこちに出現していたんだから。

水素たちが集まってコミューンを築き、やがて密度を上げ、その中でエネルギーを生産しながら新種の元素を生み出す、という作業は、宇宙中のいたるところで行われているようなんだ。

ぐるりと視線をめぐらせるだけで、一目瞭然だ。

見渡すかぎりに、数限りなく、といっていいほどのきらめきが散りばめられている。

あれら全部が、自分たちのつくった愛しいファースト・スターのような天体なのか?

ヨウシくんは、思い出にひたる。

ほよほよと綿ぼこりのように漂う原子たちの集まりは、これから天体を練りあげようとしているのだろう。

強くまばゆく輝く星の中心部では、原子核たちが活発にエネルギーをつくっているにちがいない。

赤く鈍く光る肥満ぎみの星は、もうすぐ一生を終えようとしているものだ。

どれもこれも、自分たちが経験してきた過程だ。

そんな仕事のひとつひとつが、宇宙空間をまばゆいまでに彩っている。

ヨウシくんは信じられない気分だ。

そして、なんとなく悔しくなる。

ぼくらだけがあの尊い仕事をしてると思ってたのに・・・と。

なのに、仲間の水素原子ときたら、宇宙中のあちこちでいっせいにその作業にいそしんでいたなんて・・・

みんな、考えることはおんなじだったんだ。

ヨウシくんはしょげ返り、肩を落としてクーロン力を脱力する。

凱旋したヒーロー気分が、一転して、しょぼくれた心地だ。

しかしそんなヨウシくんをよそに、デンシちゃんはくるんくるんと回転速度を上げる。

好奇心に満ちた瞳をきらきらと輝かせながら。

ねえ、ねえ、落ち込んでるひまなんてないわ。

もう一度、わたしたちも星をつくりましょうよ。

新しい世界のために、もっともっと働くのよ・・・

デンシちゃんは、わくわく顔だ。

もう一度星をつくる、だって・・・?

ヨウシくんはびっくりした。

あれは、とてつもなく永い歳月と、身を焼き尽くすほどの献身が必要な行為だ。

休む間もなく、またそれをやろうというのだから、まったく女の子ときたら。

しかし、ヨリを戻したよめはんに、もうひとり欲しいわ、みたいに耳元でささやかれると、いやとは言えないヨウシくんだ。

顔を上げ、クーロン力を再びみなぎらせる。

ようし、もう一度やってみるか。

あれ以上のでっかい仕事を。

もっともっとこの世界を豊かなものにするために・・・!

気がつくと、ヨウシくんの胸には、強い意欲が芽生えていた。

デンシちゃんの言葉は、ヨウシくんの心を揺り動かしたようだ。

折りもよろしく、ふたりのゆく手に、まだ新しく集まりはじめたばかりのガスのかたまりがひろがっている。

ヨウシくんとデンシちゃんは、うなずき合う。

そして手をたずさえ、ためらうことなく、その原子たちのコミューンに向かった。

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